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第四十八話 総統閣下と舞踏会

 日が暮れて、時刻は夜になりました。


 総統官邸の廊下の一角で、ボクとアヤメさんは扉の前にて待機します。


 この扉の先は総統官邸で最も豪華な部屋の一つ――『百合の間』です。


 玉座の間とでも表現するのが一番近いでしょうか? ……玉座っぽい椅子も置いてありますし。とにかく豪華で広くて……。


 普段は使わない部屋ですね。あそこまで広いと、元貧乏人には居心地が悪いんですよ。


 そんな百合の間に向かう理由。


 そんなの一つしかないですよね、今回の舞踏会の会場になっている場所なんです。




 さてさて。


 古今東西いかなる場所でも、こういうお約束は存在します。


 ――主役は遅れて登場するもの。


 そうですね、遅刻です。扉の向こうからは、音楽隊が奏でるメロディーが響いています。楽しげに話す声も聞こえて……。すでに舞踏会は始まってしまっているようです。


 今回の主役は主催者である、大和帝国。


 そして、そのトップは総統であるこのボクですから遅れるのはちゃんとした演出と言うわけです。


 ……まあ、本当のところは、ちょっとドレスを着るのに手間取っただけですけど。


 アヤメさんがあんなことをしなかったら、もっと早く来ることができたのに。


「それは無理な相談です。着飾ったエリュさんに一切手を出さないなんて……」


「だからと言ってドレスを一着駄目にすることはないと思うんですけど……国民が泣きますよ、血税を無駄にされたって」


 わかります?

 

 なにをしたのか、具体的には言いませんけど、せっかくのドレスをぐちゃぐちゃにして……。

おかげで舞踏会にも遅れてしまいましたし。


「安心してください、そのドレス代は私の私費です。心置きなく汚していいですよ?」


 あ、そうですか、なら、安心……って。


 なると思いますか? そう言う問題じゃないんです。


「……今度からはしないでくださいね? ボクもいい加減、怒りますよ?」


「わかりました……むう、誘ってきたのはエリュさんの方なのに」


「誘ってません、鏡の前でくるっと回って「どうです? 似合ってますか」って聞いただけじゃないですか。そうしたら、アヤメさんが急に……」


「だって、パンツ見えそうでしたし……くるっと回った時にドレスがふわりと」


 うぐっ。


 それは、気が付きませんでした。パンツを見られるのは恥ずかしいので以後、気を付けましょう

 けど、その……はぁ、もういいです。


 きっぱり断らなかったボクも悪いですし。


「こほんっ。エリュさん、準備はいいですか?」


「……ん、大丈夫です。扉を開けてください」


 百合の間への入り口は、大きな観音扉。


 その扉の左右にはメイド親衛隊が待機して扉を開けてくれるようになっています。


 ……どうしたんですか、メイドさん。顔が真っ赤ですよ。


 可愛いですね。


「エリュさん?」


「大丈夫です、浮気違います」


 


 ……っと。


 そう言うわけで扉が開いて。


 豪華な室内が、目に飛び込んできます。


 天井を見上げれば、これまでの帝国の歴史を描く荘厳な絵画。


 釣り下がる煌めく無数のシャンデリア。


 内装は、白と金を基調としたロココ調。


 壁には無数の鏡があしらわれていて、シャンデリアの光を反射し幻想的な雰囲気を醸し出しています。


 舞踏会を楽しむ人々は、みんなどこかの王侯貴族。現代日本では考えられないほど、貴族っぽいドレスを着て、上品に楽しんでいます。


 なんだか、全てがキラキラ光っていて、ファンタジーの世界に迷い込んだ感じですね。


 ……まあ、実際に国ごとファンタジー世界に迷い込んで割と笑えないんですけどね。




 それで、アヤメさんにエスコートされながら室内に一歩前進。


 すると……。


 急に会場が凍り付きました。


 本当に。


 皆がしゃべらなくなりましたし、踊らなくなりました。テーブルの上の食事に手を伸ばしていた人々も動きを止めて……。


 みんな揃ってボクの方を見ているんです。


 ……あの、遅刻したこと責めてます?






 ……

 …………

 ………………






 舞踏会を記録するため参加したフレートの画家モルネは後にこう言い残した。


「この世に美しきものは数多く存在する。そのすべての順位を決めるのは困難だろう。だが、頂点だけは決まっている。――大和帝国総統エリュテイアだ」


 誰しもが、彼女を見つめずにはいられなかった。


 黒衣のドレスを身に纏う銀髪の少女。これまた美しきメイドを従え、扉から入ってきた彼女は、あまりに美しかったのだ。


「なんだいこりゃ、女神の降臨かい?」


 と、ルシーヤ王国のディアナ女王は思わず呟いてしまった。


 無理はない。


 それほどまでに彼女は美しく、神々しかったのだ。




 賓客たちはこの時点で極度の興奮状態にあった。


 まず、前提として彼らは大和帝国と言う『異世界』に連れてこられていたことが挙げられる。


 巨大戦艦を始めとした驚異のテクノロジー、中世レベルとは一線を画す近代国家がその総力をかけて作り上げた豪華絢爛な宮殿『総統官邸』。


 それは、彼らの常識を超えた輝かしくも恐るべき空間であり、完全な『非日常』。


 まるで有名なアトラクションパークにでも連れてこられたような得も言えぬ興奮を彼らに与えていた。


 そして、そこに登場したエリュテイア。


 文字通り「外見だけなら欠点一つない美少女」だ。……元々ゲームのアバターだから、完璧に仕上がっているだけともいえるが、とにかく美しいのだ。




 人間と言う生き物の美には限界がある。


 どんな人間だって、完璧な美しさを体現することは困難。生まれついての美人ですら、数多の化粧で誤魔化し、より一層美しくあろうとしているのだ。


 だが、エリュテイアにそれはない。


 最初から完璧になるようにアバターとして作られているから。


 その美しさは、この世界の人々にとってある種の『神聖さ』にすら思えた。


 彼女が『世界最強クラスの大国を治める身』であることもそれを一層後押ししただろう。


 舞踏会の雰囲気も相まって、彼らの目には、本当に女神の降臨にでも見えたはずだ。


 一気に場を凍りつかせることに何の不思議があるだろうか。






 だが、その硬直は極短い時間。


 次の瞬間、彼らは現実に舞い戻る。なぜなら、今後の彼らの行く末を決める戦いが始まったからだ。


 ここは大和帝国主催の舞踏会。

 

 エリュテイアは、人間国家議会を始める前の国家間の親善を深めるためのパーティー程度に考えているが、実際には違う。


 この瞬間に、すでに戦いは始まっているのだ。


 いや、むしろこの舞踏会こそ主戦場。


 ファンタジー世界に、戦艦率いて突如現れた近代超大国『大和帝国』。


 その国に取り入るための争い。それは、絶対に避けられない。


「エリュテイア総統は、今宵も美しく……」


「……ちょっと、後が仕えておりましてよ? 早くしてくださいませんこと?」


「そうだ! そこの変なひげのおっさん! 話が長いぞ!」


 硬直が解けた人々は我先にと動き出す。


 エリュテイアの周りに集まる人、人、人。


 誰が先か、どうやって自分を印象付けるか。その競争が始まったのだ。


 この場に参加していないのは、先んじて大和帝国と友好関係を結んで余裕あるバルカくらいだ。


「っちょ、アヤメさん! 助けて!」


「親衛隊前進! エリュさんの周りを固めるのです!」


 どこからともなく集まる親衛隊。


 ビビってアヤメに必死にしがみ付くエリュテイア。


 役得だとこっそり鼻の下を伸ばすアヤメ。


 急ぎ統制が図られるが……興奮した民衆はそう簡単には収まらない。


「フレートが先に決まっていますわ! ダサいのはヒゲだけにしてくださいまし」


 とか。


「何を言うかこのアマ! ドルチェリが優先されるに決まっておろうが! あと、このカイゼル髭はドルチェリの伝統だ」


 とか、下品にもめる王族が出てくる始末だ。


 冷静なのは先ほども言ったバルカ国王や、齢90を超え競争に参加する体力がないロンデリア王国のエリザベート女王くらいだ。


 いや、むしろ彼女は「いい加減にしなさい、あなたたち。アルバトロスの恥になりに来たのかしら?」と興奮する王族に注意を促している分、ポイント高めだろう。




 その後……。


 騒ぎは親衛隊により強制的に鎮圧され、厳正な話し合いの結果、「エリュテイアはそれぞれの代表の下にくじ引きでランダムに決まった順に面談する」と言うことに決定した。


 この醜い争いは『百合の間の動乱』として、王族すら惑わせる総統の美しさを自慢する逸話として大和帝国で長く語り継がれることになる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女神を快楽に染めるアヤメさんは、もはや彼氏。 魔法で生やせるとかなったら、子作りするような・・・しないような両方ありそうな性格に見える。 空飛ぶ魔物が低空しか飛べないなら、昔あった複数の気…
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