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第四十四話 異世界建艦競争

 変態メイドが総統を攻略したり、聖女様が惚れ薬を作ろうとしたり……。


 大和帝国とビーストバニアとの戦争が終わって、世界がちょっぴり平和になったそんなある日。


 期待に胸を膨らませ大和帝国に上陸してくるマッチョ集団が存在した。




 大和帝国の港町『横須賀』。


 帝都に最も近いこの港町は古くから海軍港として栄え、今でも本土防衛の要となっている帝国海軍の本拠地だ。


 そんな横須賀に入港してくる一隻の客船、その名は『あすか丸』。


 総トン数3万トンを誇り、最大速力26ノットを発揮可能な帝国でも随一の高速豪華客船だ。

 イメージとしては、かの有名なタイタニック号などが近いだろう。


 して、この『あすか丸』。


 この船は、この時非常に重要な任務を帯びていた。


 その任務とは……。


「なんと大きな街だ……見よ、筋肉将軍」


「我が国の王都『ミュスクル』より、大きいですな」


「これでもこの国の王都……いや、彼ら曰く帝都ではないのだから驚きだな」


 そう、バルカ王国国王バアル・バルカと筋肉将軍マッスルオスの輸送任務である。友好国バルカのトップを大和帝国本土に招くため、この豪華で巨大な船は使われることになったのだ。


 二人は、船上から赤レンガがお洒落な横須賀の街並みを見下ろし感嘆の声を上げる。


 ちなみに横須賀の人口は軽く100万人を超えている。


 どこまでも続く建物の群れ。中世レベルの異世界人にとっては、未曽有の大都市に感じられるだろう。


 さらに……。


「おお、見てください。あれは軍艦ですな」


「以前も我が国に来訪した富士型戦艦だな。何度見ても巨大だ。我が国もあんな船を購入できればいいのだが」


「無理ですな。一隻運用するだけで予算オーバーです」


 港に停泊するのは大和帝国が誇る最高戦力、帝国海軍第一艦隊。


 戦艦富士を筆頭に、ド級戦艦や装甲巡洋艦が並ぶその姿はまさしく海の支配者。この地にやって来た人々を驚嘆させるに十分な姿だ。




 して、この国王と将軍がなぜ大和帝国にやって来たのかと言うと……。


「国王陛下。見えました、我が国が購入した新型フリゲート『ムスケル』です。その隣には二番艦の『ミュース』も」


「おお、あれが!」


 戦艦、巡洋艦が並ぶ横須賀の港の隅っこに、ちんまりと停泊する二隻の帆船。


 それは大和帝国がバルカ王国向けに建造した輸出用の艦艇『ムスケル級38門フリゲート』だ。


 輸出向けと言うだけあって、『蒸気機関』を始めとした輸出禁止の技術を排除され建造され、その排水量は約600トン。


 最高速度は、帆船であるため風にもよるがおよそ12ノット。


 名前の通り大航海時代にでも使われていそうな前装式の火砲を38門搭載した小型の軍艦だ。


 この船を受け取るために彼は、この国にやって来たのだ。




 あすか丸が、港に着岸し、バルカ国王の大和来訪を記念する式典が終わると……。


 早速彼らは、建造されたばかりの新型艦の下に向かった。


「こちらです、バルカの方々」


「おお、助かりますな。大和の兵士殿。……陛下、ご覧ください。船体は全て鋼で作られております。既存の艦艇と比べればその性能は雲泥の差」


「ふむ、軍艦など筋肉に欠けると思っていたが……こうやって近くで見れば案外悪くないものだな」


 帝国海軍の軍人の案内で、桟橋から一番艦『ムスケル』を見上げる二人のマッチョ。


 語るまでもなく上半身は裸で、国王は王冠を将軍はスパルタ風の兜をかぶっている。


 近代国家派ではありえないコスプレっぽい見た目に、近くを通る善良な横須賀市民からは「なんだあの変態は?」みたいな目線を向けられるが……二人のマッチョは意に介していないらしい。


 むしろ、さりげなく大胸筋をピクピクと動かし、その存在をアピールしている。


「しかし、良い船なのはよくわかるが、大きいのか小さいのかよくわからんな」


「……大和の巨艦と比べれば小さいですが。我が国標準では十分大きい船ですな」


「ふむ、あの『あすか丸』という客船に乗ってからというもの船の大きさに関する感覚が麻痺しているな」


 うーん、と唸るバルカ王。


 大和帝国の軍艦と比べれば排水量600トンのフリゲートなど小さいものだが、ガレー船くらいしか持っていなかったバルカ人からすれば、これでも十分大型艦なのだ。


 それに、18世紀の帆走フリゲートと言った見た目をしているが木造船ではなく鋼鉄船である。


 鋼鉄の大量生産が行われている大和帝国にとっては、木造船より鋼鉄船の方がはるかに安価だからだ、鋼鉄で船体が作られるのは至極当然。


 だが、そんなことを知らないバルカ人からすれば「船体のすべてを、貴重な鋼で作った高価な船」と言うことになる。


「大和帝国との関係改善のために購入したものだが……これは、買って正解だな」


「そうですな、陛下。我が国に必要なものかどうかと言うのはさておいて、国威発揚にはもってこいです」


 大和帝国的に見れば時代遅れの船だが、異世界的には「鋼鉄製」で「火砲」と搭載しているという最新鋭の軍艦。


 バルカにこんな軍艦が必要かどうかと言えば、かなり怪しい。


 かの国の周辺は、イエネコ島――改名されてトラック島とでもなるであろう島を拠点とする帝国海軍の勢力下だ。


 わざわざ、自国で軍艦を用意しなくても、大和帝国が「我こそは世界秩序!」とアメリカンウェイを歩みつつ、航路の防衛くらいはしてくれるからだ。


 海軍が無くても友好国である『大和帝国』が制海権を取ってくれる。


 唯一海軍が必要になる場面となれば、海賊狩りか、大和帝国に楯突く場合だが……その場合でもこんな船は役に立たない。


 海賊相手には過剰戦力。大和帝国相手ならド級戦艦どころか、装甲巡洋艦にもぼこぼこにされるだろう。


 全く持って不要な船。


 だが、だとしてもこういった『異世界的に』高性能な軍艦を保有できるのはナショナリズム的に嬉しいものがある。


 まるで納車されたばかりの新車を眺めるサラリーマンのように、惚れ惚れと彼らは新型艦を眺めるのだった。




 そんな時……。


 ふと、桟橋の対岸にある乾ドックに目が移る。


 なぜ、そんなところに注目したのか。それは、建造途中であるがほぼ完成した船の姿があったから。

 それも、『ムスケル級フリゲート』と同じような高いマストを持つ大型帆船が。


「……大和の兵士殿、あの船はいったい?」


「あの船ですか?」


 筋肉将軍が問いかける。

 

 大和の船には基本的に帆がない。つまり、あの船は彼らが購入したものと同じ、輸出用の艦艇だ。


「あの船でしたら、アルバトロス連合王国の構成国の一つロンデリア王国が購入されたものです」


「……我が国の『ムスケル級』より大きく見えますな」


「ええ、大きいですよ。排水量は1500トン。74門の火砲を揃えた戦列艦です。さらに……」


 ロンデリア王国からは排水量3000トンの100門級大型戦列艦の受注も承っております。


 案内役を務める兵士は、事もなくそう言う。


「3000トン、王よ、我が国でも……」


 物欲しそうな顔で、筋肉将軍が王の方に振り向く。


 この時の彼の気持ちを表現するならば「新車の軽自動車が納車されて喜んでいたら、隣の家では新車の高級セダンが納車されていた」と言う感じだろう。


 なんだか素直に喜べないような……うん、たぶんこんな感じだ。


 国家の意地的にも、他国に勝る軍艦が欲しいところである。


 だが……。


「いや、冷静になれ筋肉将軍。我が国にそれほどの巨艦は必要ない。旗艦となる船が数隻あればいいのだ。それよりかは、筋肉を鍛えモルロとの戦いに備えるべし」


「はっ……。このマッスルオス、嫉妬に負けて自分を見失うところでした。流石ですな。王よ」


 バルカ王、バアル・バルカ。


 彼は意外にできる男だった。


 物欲に身を任せず、冷静に物事を判断する。これには大和帝国もちょっと渋い顔。


 実は、わざと建造中の船が見える位置で、彼らの新型艦をお披露目したのだ。


 自分たちの新型艦より大きな船を見せられれば、それに対抗するべくより大きな船が欲しくなるものだ。


 特に、王侯貴族はプライドに生きる生き物。その傾向が強い。


 さらに言えば、これら輸出用船舶は、大和の軍艦と比べて簡素なつくりだ。


 無数の水密区画もないし、蒸気機関も搭載されていない。火砲も簡単に作れる前装式の旧式砲だ。

 艦の構造も軍艦構造と言うより、商船構造。高速輸送船を帆船にして、側面に大砲を乗せる穴をあけただけのような船だ。


 3000トン級の船でも半年あれば、就役させることができる。


 そんな船だから数は作れる。だから、どんどん売れてくれて構わない。欲しいという声が上がればあっという間に作って差し上げよう。




 バルカ王は、その大和帝国のトラップに引っかからなかった。


 彼は筋肉モリモリマッチョマンで脳筋そうな見た目をしている。


 だが、意外に賢い男だったし、何より、モルロ帝国という脅威が常に眼前に迫っていたから、冷静にものを考えなくてはならなかった。

 だから、大和帝国の甘い誘惑を振り切ることができたのだ。


 しかし、全ての国の国家元首がそううまく誘惑を乗り切れたかと言えば全くの否。


 王侯貴族のプライドを刺激するこの販売方法によって大和は、順調に軍艦を売りさばいていくことになる。


 まるで戦時下に輸送船を量産するかの如く、1000トンから3000トン級の大型戦列艦をポンポン建造していったのだ。


 それは、後に『異世界建艦競争』と謳われることになる。


 華々しい「人間」と言う種族の時代の象徴として、語られることになるのだ。






 その陰で……。


「見よ! 世界は建艦競争の真っただ中である! 我が帝国海軍も、これに遅れず、最新鋭の戦艦を大量建造するのである!」


 と、帝国海軍が主張したのは言うまでもないだろう。


 そして。


「あんな帆船が脅威になるとは思えない。数が必要だとしても巡洋艦で十分である」


 と、大蔵省に正論で論破されてしまうのだった。

 

 この話にはのちに総統閣下が参戦してきて面倒くさいことになるのだが……それはまたいずれ。

一応、ここまでが第三章と言うことになっています。ちょっとした解説話の集まりでした。

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