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第四十三話 聖女とネコミミ娘

 ネコミミ娘のミケは大いに焦っていた。


 何故焦っていたか。


 それは、とんでもない場面に出くわしてしまったからだ。


「き、キス、してたよね!? あの二人がそう言う関係なのは知っていたけど……完全にメスの顔だったわよね!」


 ノックを忘れる。そんな、自分の悪い癖を大いに後悔しながらミケは総統官邸の廊下を駆け抜ける。


 普段からエリュテイアとアヤメがイチャイチャしているのは、ミケも知っていたし、そういう場面を目撃したことは何度もあった。


 しかし、そういう場合の多くはアヤメが一方的に攻めて、エリュテイアが受けに回る場面が多く、互いが攻め合うような本格的な場面を目撃することはなかったのだ。


 だが、さっきのはなんだ?


 アヤメがメス顔をしているのは珍しくないが、エリュテイアまで完全にメス顔でキスをしていた。


 発情した顔ではない。完全に恋する乙女の表情をしていたのだ。


 二人の関係が一歩先に進んだのか、それとも、また別の理由か。


 とにかく、見てはいけない場面を見てしまったのは確かなのだ。




 そして、見てはいけないものを見てしまったネコミミ娘は総統官邸から脱出、近所の“セレスティアル王国大使館”に駆け込んだ。


 そして……。


「ロシャーナ! ロシャーナいる!?」


「はい、ここにいますが……。どうかされましたか、ノックもせずに私の寝室に参られるとは」


「大変なのよ! あんた出遅れたわよ、また!」


 はい……? と寝室のベッドの上で、眠たそうに首をかしげるのは聖女ロシャーナ。スケベそうな顔をした巨乳美人である。


「だから、あのメイドが総統閣下を完全に落としたかもしれないの」


「つまり?」


「メス顔してたのよ! エリュテイアがっ!」


 要領を得ないミケの言葉。


 とはいえ、ロシャーナはなんとかその意図をくみ取ろうとする。


 ロシャーナとミケ。


 一人は人間国家の聖女で、もう一人は半獣人の元奴隷。


 立場は全く違う二人だが、大和帝国に助けられたという共通点から、友人、とまでは言えないかもしれないが親しい仲になっていた。


 だから、この「メス顔」という訳の分からない単語の事を、ロシャーナは頑張って理解しようとしたのだ。


「……とりあえず、状況を整理しましょう。ミケ、あなたは何を見たのですか?」


「だから、キスよ! 総統閣下とあのメイドが寝室でキスしていたの! それで……」


「――ちょっと待ってください。まさか、あなたノックもせずにエリュテイア総統の寝室に入ったとか言いませんよね?」


「うぐっ……」


 あれほどノックをしなさいと注意したのに、と深いため息を漏らすロシャーナ。


「そ、そんなことより、あなた言ってたじゃない。総統閣下を攻略するって」


「ええ、言っていましたけど……」


 ロシャーナの祖国セレスティアル王国。


 今はエルフによって支配されている西方大陸の国家。その国を救うためには、大和帝国の協力は必要不可欠。


 ただ、現在のところ大和帝国は東方大陸での生存圏拡張に忙しく、西方大陸のセレスティアル王国どころではない。


 この状況、祖国解放を望むロシャーナにとっては好ましくない。


 だからこその要人攻略。


 大和帝国の中枢となる人物にハニートラップを仕掛け、攻略する。そして、セレスティアル解放を声高に主張させるのだ。


「このままじゃ、あのメイドに何もかももっていかれるわよ? ロシャーナも痛感しているでしょ? この国は、太もも絶対主義の貧乳至上主義。あなたの体じゃ男は落とせない」


 大和帝国において総統エリュテイアは絶対だ。


 彼女のアイデンティティーである貧乳は、この国における美の象徴であり、それに反する巨乳は反国家的思想なのだ。


 故に、この国にロシャーナのような巨乳を好む者はいない。むしろ、巨乳は悪魔の象徴のように扱われる。


 ……そして、その唯一の例外が総統であるエリュテイア本人なのだ。


「わかっていますよ、ミケ。私が、祖国を救うにはエリュテイア総統を攻略するしかないってことくらい」


「なら、早く動かないと。私は見たのよ」


「メス顔を?」


「そうそう、メス顔」


 うーん、と悩むロシャーナ。


 彼女は腐っても聖女。顔はたれ目でスケベそうであるが、心は初心なのだ。ハニートラップの経験なんてほとんどなく、どうすればいいのか試行錯誤を繰り返している最中なのだ。


 すぐに行動せよ。


 そう言われても、どうすればいいのか……。


 決めかねるロシャーナ。


 業を煮やしたミケは、ドスドスと足音を立てて彼女のクローゼットに近づくとその扉を開放した。

そして、引き出しの中から一枚の下着を取り出す。


 それは、俗にいう――紐パンである。


「見なさい、ロシャーナ。この紐パンを! 私は覚えているわ、あなたに頼まれて恥を忍んでこのパンツを買いに行った日のことを!」


「う、それは……」


「そして、このメイド服! これも協力を要請してきたあなたに頼まれて、親衛隊本部からもらってきたものよ」


 紐パン。


 初心な聖女様が「総統閣下攻略のために、勝負下着が欲しい」とミケに相談したことで、「じゃあ、仕方ない」とミケが近くのデパートで購入してきたものだ。


 親衛隊の制服であるメイド服。


 入手は容易ではなかったが、元々親衛隊半獣人情報部に所属していたミケなら入手できないものではなかった。


「私ね、あなたに感銘を受けていたの。祖国を救うために、努力するあなたの姿に」


 ロシャーナも、ミケも。


 同じだ。祖国を失った、あるいは、元々祖国を持たなかった。


 どちらにせよ、国無き者なのだ。そう言った境遇からミケは、ロシャーナに同情し可能な限りの協力を行っていた。


 しかし、結果はどうだ?


「……ひ、紐パンは履いて行きましたよ?」


「見せなかったら意味がないのよ。それに、あなたはこのメイド服を着たことなんてないし」


「それは……」


 意外に奥手なロシャーナは、なかなか行動できずにいる。


 すでにアヤメの魔の手が総統に伸び、今まさに総統エリュテイアは攻略されそうになっている。


 時間がないのだ。


「今すぐ、このメイド服を着て紐パンを履いて出撃しなさい。今ならまだ間に合うわ」


「け、けど……あのメイドが」


 渋るロシャーナ。


 エリュテイア攻略を目論むロシャーナにとって最大の脅威は、副官兼メイドのアヤメ。


 彼女を突破しなければ、エリュテイアにたどり着くことさえできない。


「そこは、得意の魔法で、ほら……」


「私、召喚術とか回復魔法しか使えません。それに、仮に戦闘用の魔法を使えてもあのメイドに通用するかどうか……」


「怪しいところね。あのメイド、妙に戦闘力高いし……」


 自他ともに認める最強メイド。総統の盾であるアヤメの戦闘能力はファンタジー世界のこの中でも、上位に君臨する。


 そんなものを非戦闘員の聖女様がどうこうできるはずがない。


「こうなれば、最終手段ですね」


「最終手段? なに、裸で総統官邸に突っ込むの? 総統閣下抱いてっ! なんて」


「そんなことしませんよ、ミケ。“惚れ薬”ですよ。東方大陸の魔法技術の調査と言う名目で、アルバトロス連合王国に向かいます。かの地なら、惚れ薬の材料もあるでしょう」


 腐ってもこの世界はファンタジー世界。そう言った特殊用途向けのお薬も発達している。


 そして、近年新しく見つかったアルバトロス連合王国は、ちゃんと真っ当にファンタジーしている国家。


 そういう薬の材料だって存在するはずだ。


 慣れないハニートラップを仕掛けるより、ファンタジー世界の住人らしく魔法薬で攻略した方が早い。ロシャーナは、そう判断するのだった。




 ……

 …………

 ………………




「なるほど、惚れ薬ですか……阻止するべきか、あるいは泳がせるべきか」


「あやめさん? どうしたんですか、急にヘッドフォンなんてつけて。構ってくれないと嫌ですよ?」


 なお、聖女とネコミミ娘の会話は、親衛隊が設置した盗聴器によってアヤメに筒抜けであった。


 これが、後にどうなるか。


 それは、変態メイドしか知らない。

読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 惚れ薬なんて飲ませたのがバレたら、即処刑ですな
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