第四十一話 帝国の航空開発
事の発端は大和帝国がこの世界に転移してきてから一か月頃まで遡る。
この時、大和帝国は初めてこの世界の人間と接触した。その人物とは、セレスティアル王国の聖女ロシャーナである。
そして、帝国は彼女から異種族『エルフ』というものについて教えられた。
彼らが扱うモンスターというものについても……。
モンスター。
それは、帝国にとってあまり恐るべき存在ではなかった。
大和帝国は腐っても、塹壕戦ドクトリンに十分対応した近代国家なのだ。
この世界に存在するモンスターで数が多いものと言えばゴブリンやオーク。いずれも、剣や槍で武装した成人男性に毛が生えたくらいの戦闘能力しかない。
大和帝国が用いる小口径低威力の主力小銃弾6,5mm弾でも十分効果的だ。
より大柄なオーガなどと戦うことを考慮すれば、より大口径の7,7mm弾が欲しいこともあるが……6,5mm弾が通じないわけではないし、数人で囲んで撃てば余裕で倒せてしまう。
オーガ以上の化け物が現れたって、敵防御陣地を吹き飛ばすことを想定した砲撃をお見舞いすれば容易く吹き飛ぶだろう。
大和帝国にとってモンスターとはこの程度の存在なのだ。
煩わしいが、倒せないことはない。組織だった抵抗もしないし、ゲリラよりかは戦いやすい。
実際、満州大陸では猟師まで大動員することで、次々にモンスターを駆除、支配地域を急速に広げていっていた。
モンスターはそれほど恐れる存在ではない。これは、大和帝国内ですでに常識になりつつあった。
だが、しかし。そんな中でも唯一危険視される存在があった。
それこそが、「空を飛ぶモンスター」である。
例えば、翼幅10メートルを超える巨大な怪鳥『マンイーター』。ファンタジー世界ではお約束の存在『ドラゴン』。
そして、ドラゴンとの違いがいまいちよくわからない『ワイバーン』。
大和帝国はこれまで「空からの脅威」というものを感じたことがなかった。
それは『ラストバタリオン・オンライン』において、実装するのが面倒くさいという運営の理由により、航空戦力が最後まで実装されなかったからだ。
ラスバタ内に航空戦力が存在しない。
故に、ラスバタ内国家の大和帝国は、空中を飛翔する物体に対する対抗策を一切持たなかった。
だが、それが変わるべき時がやって来ていたのだ。
これら空中戦を行うモンスターを敵性存在であるエルフが運用している以上。それに対抗するためにこちらも航空兵力を用意しなくてはならない。
と、言うわけで、総統閣下主導の下、大和帝国では航空機開発が行われるようになったのだ。
この時、主に参加したのは三つの組織。
一つは、世界に誇る帝国海軍。
当初、海軍は航空機開発に積極的ではなかった。帝国海軍の主任務は世界の海の制圧である、それを行う海戦の主役は戦艦。
航空機など不要。
まあ、総統閣下が張り切っているし、既存の戦艦のペラペラ甲板を航空爆弾なんかでぶち抜かれたら困るからエルフとの戦いまでには作るけど……と言った感じだった。
だが、ビーストバニア戦争を経験してこの考えが一変する。
そう、敵海軍があまりに貧弱で活躍の場がほとんどなかったのだ。
大蔵省からは「戦艦など不要。巡洋艦、いや、機関砲だけの巡視船でも十分制海権を握れるのでは?」などと、言われる始末だ。
いや、艦砲射撃をしましたよ。と、言い返してみても「それ戦艦が必要ですか? 巡洋艦で十分では?」と返されてしまう。
これに海軍は焦った。
割と大蔵省の言い分が正しかったからだ。総統閣下が戦艦好きなので最低限の予算は降りるが限界はある。
この時、海軍は大真面目に航空兵力に目を向け始める。航空機なら艦砲より長い距離を攻撃することができる。
つまり、洋上から敵国内陸部に打撃を与えることができるのだ。
制空権も取れるし、敵国への打撃力も向上する。
それに空母は大型艦であり、予算も海軍内のポストも確保できる。
なにより、総統閣下も空母を基軸にした機動艦隊とかいう訳の分からないものを作りたがっているし損はない。
そう言うわけで、海軍はお友達の大企業『四菱重工』と仲良く航空機開発を本格的にスタートさせ……やっと空冷星形エンジンを完成させて現在に至っていると言ったところだ。
二つ目の組織は陸軍だ。
……まあ、彼らについては語ることは多くない。異世界の劣悪なインフラに対応するために、輜重部隊の自動車化を始め、部隊そのものも同じく自動車化。
ついでに、使い勝手がいまいちよくなかった三式軽戦車の改良型も作り……となれば、予算不足になってしまう。
陸軍として海軍に負けられない! と、少ない予算を絞り出して航空機開発をおこなっているが……まあ、金が無ければ兵器も作れぬ。
それっぽいモックアップを作ってみたりしているが、実機の完成はまだ先だ。
そして、三つめ。
これこそが本命の組織。親衛隊傘下の企業『帝国飛行機』だ。
エリュテイアが航空機開発を命じた際、陸海軍があまり熱心ではなかったのを見たアヤメが親衛隊予算を使って設立した新企業だ。
曰く「ここで私が飛行機を開発すれば好感度アップでは?」とのこと。
各企業から優秀な技術者を集め設立されたこの企業にはそれこそ莫大な予算がかけられた。
……そして。
「ついに完成しましたな。我が国初の航空機『試一号航空機』――通称『雲雀』」
帝都近郊につい最近完成した飛行場。
その格納庫の中には、数名の技術者が集まっていた。
彼らが見つめる先には、真新しい木製布張りの複葉機。
その外観を最も的確に例えるなら、第一次世界大戦時に活躍したドイツの複葉戦闘機『フォッカーD,VII』となるだろう。
てか、ほとんどそのものである。
このような外見になったのには理由がある。
それは……。
「いや、流石は総統閣下だ。総統閣下が描かれた絵画を参考に開発すれば、これほど高性能の機体を開発できるとは」
「石器を使ってウホウホしていた我々を300年でこの高みまで導いてくださった慧眼はいまだ揺るぎないと言ったところだな。太もも万歳」
そう、エリュテイアが暇つぶしに描いていた絵を参考に設計したのである。まあ、開発が始まった時点で大和帝国内に技術蓄積は完全にゼロ。
飛行機ってなに? どんな形をしたものなの?
と、言ったレベルだ。
「うーん、やっぱり鳥の動く真似して、翼を羽ばたかせるべきなのでは?」
とか。
「それは無理がある。けど、やっぱり鳥の翼の形状は最も航空力学的に優れているに違いない」
とか、タウベ機っぽい鳥型飛行機が開発されそうになるくらいだったのだ。
そんな状況では素人の描いた絵でも、「あっ、こんな形にすれば飛ぶのね」くらいの参考にはなったのだ。
ちなみにエリュテイアはそこそこ絵が上手い。世界でもっとも有名なちょび髭の美大落ちと同じくらいは上手だ。
……ただし、パソコンでお絵かきするのは嫌らしい。
筆と絵具で描くのが楽しいのだとか。
「エンジンは、高級スポーツカー用に開発されていた水冷直列6気筒160馬力を改造……」
「予定では最高速度160km。人食い鳥『マンイーター』の時速100kmを超える」
……あくまで予定では。
飛ぶかどうかはわからないが。
だが、こうして飛行機械そのものの『概念実証機』が完成したのは事実。
「さて、後は初飛行だが……記念すべきこの行事は総統閣下の前で行うべきだろう」
「一理ある。だが、万が一失敗した時のことを考えれば、極秘裏にテストフライトは行うべきだ」
「……飛行する物体だ。隠し通すのは不可能だろう、近隣住民に目撃される。まずはアヤメ殿に知らせよう。総統閣下に仕える祭司であるあの方なら正しい判断を下せるだろう」
と、なんだかんだで、その初飛行の判断はアヤメに託されることになる。
……なお「あっ、完成したんですか? じゃあ、今週末にエリュさん連れて見に行きますね」と雑に返答されてしまう模様。
いや、準備とかあるからさ? そんな急に来られても困る。そう言う技術者心、分からないかなぁ。
そう思いつつ、我らが総統閣下が来て下さるなら文句も言えず……。
技術者たちは困ったなぁ、と頭を抱えるのであった。
海軍機に液冷エンジンは無粋っ……! 空冷っ! 空冷こそ正義!
ただし、彗星だけは別です。高速艦爆にはロマンが詰まっていますからね。