第四十話 総統閣下と異世界における陸軍
さてさて、次は陸軍さんです。
海軍省の向かい側にあるコンクリ製の武骨な建物が、陸軍省になります。あんまり、お洒落じゃないですね。
「……エリュさんは、妙に建築物にこだわっていますよね」
「駄目ですか、アヤメさん?」
「いえいえ、そんなことは」
建物をじーっと見上げていたら、なんだか不満そうにするアヤメさん。
いいじゃないですか、独裁者なんだから素敵な建築物を鑑賞することくらい。
まあ、それはそうとして……。
帝国の中央省庁はこういった感じで、総統官邸の近くに密集しています。移動距離が短くて大変結構ですよね。
して、その陸軍省の中ですが……。
海軍省をはるかに超えるほど、落ち着かない空間になっています。
どういうことなのかと言いますと……。
「おお、総統閣下! 貧乳万歳!」
「ようこそ陸軍省へ! ちっぱい万歳!」
なんて。
陸軍省の外観と同様の実用一辺倒な派手さのない長い廊下。
そこで、すれ違う軍人さんたちがみんな万歳するんですよ。ボクのおっぱいを見ながら。
あんまり見られるのは、ボクの乙女心……じゃなかった、ボクは男の子なので乙女心はないので、その、あれです。
大和魂的におっぱいを見られるのは恥ずかしくて嫌なのです。
なので、アヤメさんにぴったりくっついて歩きます。こうすれば、アヤメさんで隠せて見られませんからね。
「陸軍軍人は、代々貧乳過激派が多いですからね」
とは、アヤメさんの言葉。
太ももじろじろ見てくる海軍軍人のあれはあれで気持ち悪いですが、堂々とおっぱい万歳してくる陸軍軍人は、もっとキモイです。
「そう邪険にしないでください、エリュさん。エリュさんの前で気分が高揚しているからあんなことをしているだけで、普段は真面目な軍人です」
「そうなんですか」
と、問いかけると自信なさげにアヤメさんは、首を縦に振りました。……うん、やっぱり、変態ではない確信は持てないんですね。
さてさて。
陸軍省の応接室。
一応、客人が来るための部屋だからか、最低限お洒落してますよーみたいな内装をしていますね。その辺の中小企業の応接室みたいな感じです。
王侯貴族の大宮殿みたいな総統官邸や、シックで大人の雰囲気がある海軍省と比べれば、しょぼいです。
陸軍は予算がないからですかね?
そんな応接室のソファーに座ったボクですが……。
「……閣下、その体勢にはどういう意味が?」
と、首をかしげるハゲ眼鏡さん。そんな、彼にボクは「そういう気分だったので」とだけ答えます。
どういう状況かと言えば……。
ソファーに座るアヤメさんのお膝の上にボクが座っているわけですよ。それで、アヤメさんに後ろから抱き着いてもらっています。
このハゲ眼鏡のおっぱい見つめる目線がいやらしかったので、嫌だなー、と思っていたらアヤメさんが、後ろから抱き着く形でボクのおっぱいを隠してくれたわけです。
心遣いは嬉しいですが……揉まないでくださいね? アヤメさん。
独裁者エリュテイアが、こんなことして権威を保てるのかな、とは思いますけど「この通りエリュさんは甘えん坊で……」アヤメさんもうれしそうですし。
ハゲ眼鏡さんも「これは眼福ですな、はっはっは」とにやけていますし。
大丈夫でしょう。
はぁ、ボクも毒されてきていますね。変態に。
……てか、やっぱりアヤメさんっていい匂いしますよね。あんまりクンクン嗅いだら「おっ、エリュさん、私の匂いが気になりますか!」とか発情するのでしませんけど。
それで。
「陸軍さんはどうなっていますか? ちゃんと機械化できてます?」
「はっ、『電撃戦ドクトリン』の下、国内の自動車産業と合同で輸送車両の増産に励んでいるところであります。閣下の命令により、軍の規模が縮小したことで自動車化は容易であります!」
流石は閣下、慧眼であります! だとか、我が精鋭陸軍に不可能はないのであります! なんて、イキってますね。陸軍さんは。
なんでしょうか、陸軍の軍人って辻さんもそうでしたけど自己主張激しくないですか? 騒がしいというかなんというか。
こういう男性は正直だめです。暑苦しいのはちょっと……。
「ん、結構です」
まあ、ボクの好みはどうでもよくて。
この世界のインフラは完全に終わっています。
蒸気機関がないから当たり前の話ですが、この世界には鉄道が存在しないんですよね。
これでは、大規模な軍隊を支えることはできません。
実際、先のビーストバニア戦争では、沿岸からの補給が受けられるエリアでしか軍を行動させていませんしね。
この問題を解決するためには、鉄道の敷設が最も効果的なのですが……。
今後、戦っていく、エルフ国家や蛮族国家にあらかじめ鉄道を敷設できるはずないですよね。
ですから、苦し紛れの自動車化でお茶を濁すわけです。自動車は自動車で補給に負担をかける重たい部隊ですけど、馬車に比べればずっと補給能力に優れます。
現在の帝国陸軍の定数は20万、これくらいの兵力なら自動車化するのも難しくはないはず……。
無理なら自転車ですね。自転車電撃戦です。
して。
「陸軍開発の新兵器は?」
「異世界事情、及び、新ドクトリンに従い小銃と戦車、航空機が主なものに。閣下、ご覧ください、こちらの新小銃は新開発の7,7mm弾を……」
試作品でしょうか?
小銃を取り出してくるハゲ眼鏡さん。あっ、こっちに来て渡してくれるんですね。……重いです。
「私が支えましょうか?」
落としそうになったら、アヤメさんが心配そうにそう言ってくれましたが。
「いえ、アヤメさんはそのままボクに抱き着いていてください」
それで、ボクの胸を隠しておいてくださいね。そっちの方が重要ですから。
で、その小銃は……。
「今までものと同じボルトアクション式ですか」
「この世界のモンスターには既存の6,5mm弾では効果が薄い場合があります。そのため、より大口径の7,7mm弾を使用する新小銃を開発しました」
なるほど。
今までの小銃が三八式だとしたら今回のこれは九九式小銃みたいな感じですね。
この世界にはオークとか、なんだかんだモンスターが存在しますからね。対人殺傷用の6,5mm弾では少々火力不足と。
ですが。
「却下です。てか、先の戦争のために腐るほど6,5mm弾を作ってその在庫が余っているのに新型弾をこれから作るなんて、大蔵省が許してくれませんよ」
異世界転移前の最終戦争、そこで我が陸軍は200万まで大動員していました。
動員したということは、その兵員に武器を充足させていたわけで、軍縮した今となっても腐るほど武器弾薬はあるわけです。
主力小銃の口径を変更すれば、その時製造した弾薬が無駄になってしまうわけですから……これほどもったいない話はありません。
「そこは閣下が……」
「嫌です」
確かに、ボクが大蔵省に「新型小銃が欲しい! 口径は7,7mmで……」とお願いすれば、あの連中はイエスと答えてくれると思いますよ?
甘々ですし。
ですが、ボク自身が嫌なのでしません。
それに、大口径化より……。
「……そうですね、一発当たりの火力の低さは弾幕で補いましょう。自動小銃でも作ってください」
「自動小銃でありますか?」
「そうそう」
カラシニコフみたいな小銃作った方が対人戦も考慮すれば先進的かと。自動車化すれば、ある程度補給問題も改善しますし。
「なるほど、閣下の言うことも一理ありますな! 開発部と協議しておきましょう。して、次は新型戦車であります。こちらは閣下の構想した新型戦車の設計案であります」
「ボクの構想した戦車? ……ああ、なるほど」
渡された設計案はどこからどう見ても、ソ連の『T-50軽戦車』です。
こんなの構想したっけなぁ、と思いましたけど、たぶん、いつぞやお絵かきしたんでしょうね。確かに、暇つぶしに描いた記憶があります。
「この戦車は極めて先進的なデザインをしており、流石は総統閣下の考案されたものと言うにふさわしく……」
とかなんとか、褒めちぎっていますけど……。なんだか、微妙な気持ちですね。別に僕が設計した戦車ではないです。
まあ、いいや。
「それで、運用、開発はできるんですか?」
「……五年後を目途に開発予定であります。それまでは、既存の三式軽戦車とその改良型を」
「砲塔を大型化させた新型ですね」
今までの三式軽戦車には、車長が砲手を兼任しているという欠点があるんですよ。
乗員三名、運転を担当する操縦手、車体前部の機銃を撃つ機銃手、そして、砲塔内にて砲手を兼任する車長。
三式軽戦車は、砲塔が小型で一人しか入れないので、この配置は仕方がないところもあるんですが、実戦だと想像上に車長への負担が大きかったので変更になるようです。
実際、ボクが満州やビーストバニアで三式に乗った時も砲の操作やら何やらで忙しかったですしね。
そこをちょこちょこっと改善した改良型を開発すると。
悪くはないですね。
あとは航空機ですが……。
「試作機を開発しておりますが……」
どんな感じで作っています? と、聞いてみればこんな感じで渋い顔。
陸軍さんは海軍さんより航空機開発にかける意欲が無いようです。いえ、正確には意欲ではなくて予算がないんですね。
自動車化にもお金がかかりますしね。
「エリュさん、エリュさん」
「はいはい、どうしましたアヤメさん?」
どうしようかな、と思っていたらアヤメさんが後ろから耳元にささやきました。くすぐったいです。
「一応、こんなこともあろうかと私が作った企業『帝国飛行機』に戦闘機の開発を命じていますが」
「アヤメさんが?」
また親衛隊管轄下の変な企業ですか……。大丈夫なんですかね、それ。