第四話 総統閣下と現状把握
オンライン戦略シミュレーションゲーム『ラストバタリオン・オンライン』のサービス終了時、寝落ちしてしまっていたボクは、気が付いたらゲーム内のアバター“エリュテイア”になっていた。
はい、状況説明終わり。
原理は不明ですけど、言葉にすれば単純明快、何の捻りもない現状。
けど、現実として受け入れるとなると結構複雑で危ないんじゃないかなぁ、とボクは思うわけですよ。
だって、今のボクは“エリュテイア”、大和帝国総統ですよ?
そこらの一般人じゃないんですよ?
これがどういう状況なのか、わからないほど馬鹿ではないつもりです。
確かにボクは、エリュテイアと言うキャラクターを操作するプレイヤーでした。けど、エリュテイア本人ではないんです。
ただ、モニターの前に座ってぽちぽちゲームをしていた一般人なんです。
そんなボクが急にエリュテイアになってしまって……国家元首としての役割を遂行できるのか、不安にならないわけがないんです。
それに、ボクがボクであること、ボクがゲーム好きの一般男子高校生でエリュテイアという人物ではないことがばれてしまうと、何をされるか分かったものではないですからね。
そりゃ、こんなことになったことは全く持って意図したモノではないですよ?
けど、一般男子高校生が国のトップの総統であるエリュテイアになっていたなんてことを知ったらこの国の人はどう思うでしょうか?
たぶん、怒りますよね? 日本で考えれば、突然総理大臣に異世界の高校生が憑依したようなものですよ?
誰なんだお前って絶対なりますよね?
ばれたところで、一応体はエリュテイアのモノですし、吊し上げて殺されるみたいなことはないと思いますが……それでも、何をされるか分かったものではありません。
ボクをエリュテイアの体から追い出すために、人体実験とか拷問くらいならされるかもしれません。
そうでなくても、怪しい人物として監獄の中にぶち込まれるかもしれません。
ボクは痛いのは嫌いです。監獄の中で過ごすのも嫌です。
だから、いかなる手段を用いても、この事実は隠し通さなくてはならないのです。
無能を晒すわけにはいかないのです。
そう覚悟を決めつつ、お風呂上がりで一層つやつやした自称副官NPCのアヤメさんに案内され、宮殿みたいな場所の廊下を歩きます。
……ここはたぶん、総統官邸ですね。
ラスバタは、あくまで戦略ゲー。マップ上に描写される最小単位は街で、そこに存在するそれぞれの建物の詳しいグラフィックなんてものはありませんでした。
ですから、ここが総統官邸だと断言はできませんが……まあ、総統であるボクが住んでいる場所なので総統官邸で間違いはないと思います。
ゲーム内にそう言う設定があったような気がします。
驚くほど立派な建物ですよ。そこらじゅうがキラキラして、もうファンタジーです。ベルサイユ宮殿とかがこんな感じですよね。
今歩いている長い廊下の面積だけで、前世のボクの家より広いですし。
そんな立派な宮殿を歩く道すがら「そう言えば、緊急事態って何があったんですか?」とアヤメさんに問いかけます。
ほら、気になるじゃないですか、緊急事態。
あと、無能を晒さないためにも会議とやらの前に情報を少しでも仕入れておきたいですし。
そのボクの問いにアヤメさんは信じないだろうなぁ、といった表情で「そうですね、エリュさんは異世界って信じます?」と言いました。
ああ、異世界ですか。
「はい、信じますよ」
もちろん、即答です。
まあ、普通の人間だったら異世界なんて信じないと思います。非科学的ですし。
けど、ボクはすでにゲームのアバターになって、ゲームの世界にいる、というこれ以上ないほど非科学的な現象に直面しているんです。
そんなボクにとっては、今さら異世界なんてそれほど驚くことではないのです。
「あ、なら話は早いですね。どうやら、我が国は異世界に転移してしまったみたいなんですよ」
……なるほど、そういうことですか。いえ、そういうことですよね、と言っておきましょうか。
このタイミングで異世界について話す理由なんて「我が国が異世界転移した」くらいしかないですよね。
これは……困りましたね。
なんてことはない平時でも国家のトップであることは難しいでしょうに、異世界転移なんてよくわからない状況下で、無能を晒さずに生き残ることはできるんでしょうか?
「こちらです。エリュさん、準備はいいですか?」
大きな不安を抱きつつ総統官邸の中を歩くこと十分、連れてこられた先は……扉には第一会議室とか書かれていますね。
この扉の向こうに行けば御前会議とやらが始まって、本格的に無能を晒せなくなります。
……大丈夫、ボクはやればできる子。
アヤメさんの問いにコクリと頷き、重厚な扉を開けてもらいます。そして、中に入ると……。
「……わお、戦前かな?」
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん、何でもないよ。アヤメさん」
扉の向こうに広がっている光景は、まさに第二次大戦中の日本を描く戦争映画の世界です。
分厚いカーテンが閉じた薄暗い会議室の中に長机が二列にならんで、そこに整然と並んだスーツや軍服を身に纏った無数のおっさんが神妙な顔をして見つめ合っている。
もう、なんていうか、雰囲気がやばいです。
絶対零度です。
特に紺色の海軍の軍服を着たおっさんと、カーキ色の陸軍の軍服を着たおっさんの雰囲気がやばいです。思いっきり、にらみ合っています。
そして、そんな威圧感たっぷりのおっさん達がですよ、ボクが入室すると同時に立ち上がりボクに向かって「常に忠誠を、総統閣下」と一斉に頭を下げるんです。
こんなちんちくりんなちっちゃい少女相手に、まるで、恐怖の独裁者がやって来た時のような反応をするんですよ?
もうこれで、エリュテイアがどんな扱いを受けていたのか察しがつきますよ。
エリュテイアはただの国家元首なんかじゃない。完全な独裁者なんですよ。
まあ、そうですよね。ゲーム内ではプレイヤーであるボクの指示で内政も外交も海軍も陸軍も動かしていたわけですから。
国内の全ての権力を掌握した独裁者。それが、プレイヤーであるボクの半身、エリュテイアと言う人物。
中身が一般高校生だとばれたら、ボクが想像していたより大変なことになってしまいそうです。
さっきまでは、ばれてもボク個人の問題、拷問も独房入りも嫌だなぁ……くらいに考えていましたけど、違います。
エリュテイアの中身がボクであるということがばれると独裁者エリュテイアが急に消えてしまったことになります。
国家を一人で統治しているに等しい独裁者が一夜にして消滅するんですよ?
国家レベルの大混乱が起きることはまず間違いないですよね。
ボクのためにも、この国のためにも、是が非でも、この事実はボクだけの秘密にしなくてはならない、改めて覚悟を決めました。
……っと、それはそれとして、なぜかここにいるお偉いさんたち、揃いに揃ってボクの太もも――絶対領域を見つめているんでしょうか?
女の子になっちゃったからですかね? そう言う「あ、今このおっさんボクの太もも見てるなぁ」とかそう言う視線を敏感に感じ取れちゃうみたいです。
ちょっと、恥ずかしいので手で隠してみます。すると、どういうことでしょうか、おっさんたち全員が……いえ、陸軍の軍人さんを除いた全員が凄く残念そうな顔をするじゃないですか。
まさか、全員太ももフェチの変態っていうことはないですよね?
……ちょっと待ってください、そう言えばボクの国『大和帝国』って、国民特性に“変態”を付与していたような。
ラスバタ内だと特にデメリットとか無くて、技術開発速度が上昇するという便利スキルだったんですけど……もしかして、本当に国民全員が変態になってしまったとか?
まさか、そんなことないですよね?
視線とか、我が国の官僚諸君の性癖とか気になりますが、ばれないように、不自然な動きはしないように……。出来るだけ堂々と会議室を進み、ボクは玉座っぽい場所にちょこんと座ります。
そして、一同に頭を下げる閣僚たちに手で「座って良し」と命令を下します。
一糸乱れぬ動きで着席するおっさんたち。
こわっ、国を動かす閣僚たちがまるでペットの犬ですよ。これが独裁国家の末路か。
いつか本編で紹介するかもしれない設定 『大和帝国』編
主人公が『ラストバタリオン・オンライン』内で作り上げた国家。
大洋の中心に浮かぶ人口1億2000万人程度の島国。
本土として日本の総面積と同じ程度の広さを持つ島『大和島』を持つほか、他にもいくつかの小さな島を領土として持つ。
大陸から離れた大洋の真ん中にあるという立地的にはハワイ諸島に近いかもしれないが緯度は日本と同じくらい。
基本的な文化は戦前日本に酷似している。国旗は主人公がパソコンでは簡単な絵しか描けないという事情により白地に赤丸の日章旗に設定されている。
基本政体は指導者原理による独裁制。この辺は、プレイヤーが完全な独裁者として国家運営していく戦略ゲー時代の名残だったりする。
技術力は第一次世界大戦前後。ラスバタのカオスサーバー内でトップの工業力を持つ国で、第一次世界大戦前のアメリカに近い工業力を持っていたりする。
日本と違い最低限の資源は国内で自給できるが、食糧だけは国土面積の限界から国内生産不可。
国民特性
熱狂的愛国心(国民団結度、国民幸福度常時微増)
指導者崇拝(戦勝時、国民団結度、国民幸福度大幅上昇)
変態(技術開発速度上昇)
技術優越(技術開発速度上昇)
精鋭主義(軍の練度上昇速度微増)
……もしかしたら、多少の変更があるかもしれません。