第三十九話 総統閣下と異世界における海軍
さて、会議も終わって。
ところ変わりまして海軍省。
先に陸軍省に向かうことも考えたんですが、やっぱり海軍なんですよね。
我が帝国の海軍省は、総統官邸から車で数分の場所にある赤煉瓦のお洒落な建物。
明治期の和風建築と西洋建築の交じり合った感じが出て、個人的にはお気に入りの建物です。
季節が季節なら、キャンバスに描きたいくらいですけど……今の季節は冬です。
南方の暖かなビーストバニア半島にいた頃は、そうでもなかったですけど、本土は雪降る季節です。
道路にも雪が積もって、真っ白です。
こんなに寒いとあまり外にはいたくないですね。
「閣下、お待ちしておりました。さあ、建物の中へ」
「ん、出迎えご苦労様です、角刈り君」
海軍省の前に停車、そこから角刈り君にドアを開けてもらって降ります。
やっぱりお外は寒いです。息は白くなりますし、むき出しの太ももはスースーと冷えます。なんとか、太ももを温められないかなぁ、と考えていると……。
「……駄目ですからね、エリュさん。太もも隠すのは」
と、アヤメさんに注意されてしまいました。
「タイツくらい履かせてくれてもいいんじゃないですか?」
と文句を漏らしますが……アヤメさんは首を横に振ります。駄目みたいですね、こだわりがあるようです。
そう言うわけで、寒さからは早く逃れたいものです。せかせかと急ぎながら、海軍省の中に向かいます。
暖房がボクを待っているのです。
「そんなに急いで、滑って転ばないでくださいね」
なんて、アヤメさんは心配していますが、流石のボクでもそんなに運動音痴では……って。
「あぶっ」
「だから言ったのに、大丈夫ですか」
……滑ってないですよ、転んでないですよ?
ギリギリのところでアヤメさんが支えてくれたので。……アヤメさんの警告は真面目に聞いておくことにしましょう。
……その、転ぶのが怖いわけじゃないですけど、アヤメさん、手を繋いでください。
アヤメさんと手をつないで海軍省に入り、歩くこと数分。角刈り君に案内されて応接室的な場所に到着。
……この部屋微妙に落ち着きません。
理由はわかっているんですよ?
「アヤメさん、なんでこんなところに飾ってあるんですか?」
「エリュさんの絵が、ですか?」
うんうん、そうです。
最近、趣味でいろいろ描いていた絵画。特に軍艦を描いたものが、この海軍省のあらゆるところに飾ってあって……特にこの応接室には、何枚も。
「エリュさんの絵は国宝ですから、飾られるのは至極当然のお話では」
「そんなに上手じゃないですよ? ボクの絵」
「いえいえ、『美大落ち』にしては十分かと」
……そもそも、美大に落ちてない。てか、そのあだ名国内にも知れ渡っていたんですか?
なんだか、納得できないような感情に包まれていますが……うん。
アヤメさんと並んで、ソファーに座ります。
すると、角刈り君はどこからかひざ掛けを用意して「どうぞ閣下、ひざ掛けでも」なんて……。
じーんとなんか来ますね。寒そうにしているから、そう言うのをすぐに用意してくれるとか、紳士的じゃないですか。
そう言うの好きです。
「ありがとうございます」
「すべては総統閣下のために」
なんて……。
あ、アヤメさんが嫉妬してますね。えっ、体で温めてあげる? ……それは帰ってからお願いします。
「それで、海軍の今後についてです。新規建造計画は……」
「閣下が考案された『機動艦隊ドクトリン』に基づいた、異マル1計画がこちらに」
ささっと、資料を用意して目の前のテーブルに並べてくれる角刈り君。ふむ、海軍大学出身のエリートは仕事ができますね。
ちなみに異マル1計画と言うのは、異世界における一番目の建造計画と言う意味ですね。
えっと、それで、建造予定の艦は……。
「巡洋戦艦4隻、正規空母4隻、試験空母1隻、その他艦艇……ですか」
「はっ、これらの艦を三年以内に建造する予定となっております」
ん、結構です。これだけの艦があれば、空母機動艦隊を編成することも十分に可能でしょう。
てか、自分で航空兵力の増強を言っておいてなんですけど。
「結構空母にも乗り気なんですね。海軍さんは」
「航空機開発は閣下の肝いりの計画です、海軍としても最大限尽力する所存であります。また、今後の戦略的能力を考えれば、航空機による内陸部への打撃能力は必要かと」
なるほど、ちゃんと真面目に物事考えているんですね、ボクの海軍は。
大艦巨砲主義、ロマン一辺倒かと思っていました。
どこぞの艦隊決戦大好きな海軍みたいに。
言うまでもなく航空機開発は現在の陸海軍の最重要事項です。
現実的な脅威が西方大陸のエルフの使う飛行系モンスターくらいしかいないので、それに対する対応策には重点的に予算が割り振られるというかなんというか……。
「しかし、この空母大量建造の分、主力艦は幾分予算を削減されました」
それは……仕方ないですね。予算は無限にあるわけではないですから。
「当初の予定では、この新型巡洋戦艦は新開発の36センチ砲を搭載する予定でした。が、予算削減による影響を受け、小型化31センチ砲搭載の艦に」
総統閣下が描かれた大型巡洋艦の武装配置を基に巡洋戦艦として再設計しました、と角刈りさんは続けました。
ボクが描いた大型巡洋艦――あれですね、アラスカ級ですね。あの絵は、海軍省の廊下のどこかに飾ってあったはずです。
基準排水量は1万9000トン、主砲は31センチ連装砲を前部に二基、後部に一基の合計三基。
高角砲はアラスカ級と同じ配置……。
「……まあ、許容範囲ですね。この高角砲は?」
「現在開発中の12,7センチ両用砲を搭載予定です。この両用砲は新型の6000トン級巡洋艦の主砲としても採用を予定しています」
6000トン級巡洋艦。
アメリカ海軍のアトランタ級巡洋艦みたいな艦ですね。
空母艦隊の防空の要になる巡洋艦です。
もちろん、防空戦闘だけに特化した訳ではありません。
この世界で一般的な木造船が相手なら対空砲兼用の両用砲で威力は十分、むしろ速射性などを考慮すれば大口径の砲を積むより効果的なんじゃないでしょうか?
そう考えると、巡洋戦艦なんて不要なんじゃないかなぁと思いますが……ほら、フラグシップ的なあれですよ。海軍の象徴的な船が必要なわけです。
ロマンです。
「エリュさんは『大きいモノ』が好きですからね……」
「なんですか、何か含むものがありません?」
「いえいえ、別に……」
じとー、とボクを見つめるアヤメさん。……別にボクはアヤメさんの、おっぱいが小さくても気にしませんよ?
ヤンデレられたら困るのでアヤメさんにもたれかかって上目遣いで甘えておきます。
こういうちょっとしたことの積み重ねで、アヤメさんの機嫌を保ち平和な日常を送るのです。
ほら、ちょっと甘えるだけで「甘え上手ですよね、エリュさんは」なんてちょっとご機嫌そうですし……。
っと。
「既存艦艇はどうなっていますか? 富士型の三番艦、四番艦とか」
「今年度中に就役予定です。就役後は、同型艦四隻と共に本土防衛の艦隊として運用予定」
「東方大陸には?」
「脅威度から旧式艦艇で十分として、前ド級戦艦である敷島型戦艦を主力とした第二艦隊を引き続き『イエネコ島』に配備。東方大陸においてはこれだけで制海権を確保できるかと」
まあ、ガレー船くらいしか持っていないですもんね。東方大陸の国々は。
今後は帝国が、商売のために機密情報の『蒸気機関』とか『後装式の砲』とかそう言うのを使っていない『戦列艦』的な軍艦を友好国に売りつけるはずですけど……。
旧式の前ド級とは言え、戦艦の相手ではないですよね。
「現在のところ我が海軍にとって最大の脅威は、西方大陸のエルフ。彼らが用いる航空兵力だけとなっております」
「人食い鳥、マンイーターでしたっけ。性能は?」
「大きさは現在開発中の小型航空機程度の翼幅10メートル程度。最高速度は100km、飛び道具は持ちませんが鋭い爪を持ち、接近されれば脅威となるでしょう」
「そうですか、航空爆弾なんかは持っていませんよね?」
「今のところは、そのような兵器は確認できておりません。しかし、いざ開戦となれば我が方の不発弾が敵国内に多数埋没することになるでしょう。それを掘り起こされ、使用されるだけで……」
……ちょっとした航空爆弾の代わりにはなる、ですよね。戦艦は無理でも巡洋艦程度なら沈められるかもしれませんね。
まあ、戦艦も第一次世界大戦レベル、水平防御ペラペラの“プレ”ユトランド仕様ですから、上から大きめの不発弾を落とされれば一発爆沈なんて可能性も……。
「また、そのような攻撃がなくとも、西方大陸沿岸を航行、偵察していた巡洋艦が攻撃を受け数名が負傷。装甲で守られた艦内に被害はありませんが甲板要員に怪鳥が襲い掛かり……」
まあ、その先は言わなくても分かります。
今のところ、ボクの海軍の艦艇に対空装備はないに等しいですからね。
相手が空を飛んでいるというだけで、その性能の有無に限らず一方的な攻撃を受けることになってしまいます。
ゲーム内に航空兵力が存在しなかったから当たり前と言えば当たり前の話ですけど。
爆弾とか落とされなくても、サッと近づかれてでかい鳥に攫われるだけでさようならです。
やっぱり、航空兵力に対する防御能力は必須になりますね。
「航空機の開発は……」
「もうしばらくお待ちください閣下、新型の星形レシプロエンジンが開発されたところです」
ん、そうですか。なら、なんとかなりそうですね。
海軍さんとのお話はこれくらいにして、次は陸軍省に向かいましょう。
今後の大和帝国海軍の艦艇は、『大日本帝国』風の船体に『アメリカ合衆国』風の武装配置を施したものになりそうですね。
洋上にこれと言った脅威が発見されていないので、高い防空戦闘能力を持った空母の護衛艦が求められている感じです。