第三十八話 総統閣下と戦後会議
大和歴304年12月12日。
ビーストバニアとの戦争を終えて数週間、和平会議は思ったよりうまくいきました。
どういうわけか、ビーストバニアの王子様レオン君、でしたっけ?
彼が思いのほか従順で……てか、顔を呆けさせてボクの言うことを結構聞いてくれたんですよ。
それにこちらも、それほどきつい条件を課した訳ではなかったので、話し合いは順調そのもの。
友好国とは言えませんがビーストバニア獣人国も交易相手の一国としては扱えそうです。
……まあ、レオン君がやたらボクの太ももを凝視してきたのは気になりますけど。まさかボクの国の連中と同じでド変態とかいうのはないですよね?
さて。
本土に帰ってからこの数日間は、いろいろ忙しかったです。
帰国すれば早々、大規模な戦勝パレード。活躍した陸軍師団と海兵師団が歓声の中、帝都を堂々の行進です。
夜になれば総統官邸で舞踏会。政治家さんやら資本家さんやら軍人さんやらが集まって、お祭り騒ぎです。
それからも、ちょっと街を出歩けば、国民がプラカードまで持ち出して、「総統閣下万歳! 麗しき太ももに勝利を!」なんて、ボクの太ももを必死になって讃えますし……。
なんていうか、ボクの太ももを讃える専門の職業がいるのかな、と思うくらいです。
そんな日々を過ごしつつ……。
ちょっと落ち着いてきたので戦後のあれこれを決めるための御前会議のお時間です。
場所はいつもの総統官邸会議室。
各大臣やら軍人やらを集めて、代わり映えのないいつもの会議です。人数は……20人くらいですかね?
厳ついおっさんを前に会議するとなると、なんだか「帰ってきたんだなぁ」と言う気分になります。
あの頃から何も変わらず、このおっさん達ボクの太ももを凝視していますし。
なんだかんだで、前線は楽でした。
ご機嫌取りをして来るおっさんも少ないですし、太ももを舐めまわすように見られることも少なかったですし、それどころか、仕事自体あんまりすることないですし。
戦闘はほとんど軍人任せでした、必要な時に戦車に乗って暴れるくらいしかしなかったような。
しかし、そんな日々とは暫しおさらば。
本土に帰ってきたということは、しっかり“エリュテイア”をしなくてはいけません。
会議にも真面目に出席して、おじさんたちと交流して、ついでにアヤメさんのご機嫌取りをしないといけません。
そう言うわけで、最初にすることは……。
「まず、皆さん。戦争終結をお祝いしましょう」
戦勝祝いですね。
……と言うわけで、「ばんざーい」と言っておくと、皆さま立ち上がって「総統閣下万歳」「太もも万歳」と万歳三唱。
必死な顔で手をぶんぶん振り上げています。
もうこの辺には触れません。いまだに「何が太もも万歳だよ、変態だなぁ」と思うことは結構ありますけど、みんな楽しそうですし。
して。
「この数か月間で、この世界における我が帝国の市場は一層広がりましたね」
「はっ、閣下のおっしゃる通りです。現在の我が帝国の生存圏は、帝国本土、満州大陸、バルカ王国、ビーストバニア獣人国となっております」
と、答えてくれた総理ですけど……なんかハゲてません? あれ? こんな人でしたっけ?
「エリュさん、同じ人ですよ」
「けど、もっと前見たときは髪が……」
「ストレスでハゲ散らかしたんですよ」
あれれ? と首をかしげていると、アヤメさんが耳元で解説してくれました。……人の顔を覚えるのは苦手です。
何か問題が? みたいな顔でこっちを見ている総理に「いえいえ、問題ないですよー」と笑顔で対処しておきます。
……今度、かつらを用意してあげましょう。
して、この世界に転移してきてから、半年以上。
だいぶ生存圏も広がってきましたね。しかし、それでも屈服させることに成功した国はビーストバニアだけ……。
「総理、アルバトロス連合王国を忘れておりますぞ」
っと、言ったのは……誰ですか?
「外務大臣ですよ、エリュさん」
ああ、外務大臣の人ですか? ふーん、前にもあったような気が……しないようなするような……。
「おっと、失礼。閣下、実は新しく接触することに成功した国家がおりまして詳しい情報はお手元の資料に」
ん、そうですか。
目の前に広げられた資料にちらりと目を通します。
えっと、なになに? アルバトロス連合王国。
これまで、黒エルフ皇国の向こうにあったのでなかなか接触できなかった国ですか。
ビーストバニア戦争で東方大陸に拠点「イエネコ島」を確保できたので、艦艇の捜索範囲が向上、やっと接触できたわけですね。
人口は……驚異の1億人!
「閣下、一億の人口を持つと言っても連合王国の名の通り、複数の国家の集合体。一つ一つの国家はそれほど大きくはありません」
「説明ご苦労様です、総理」
……EUみたいな国家の集まりですか? 国土面積も西ヨーロッパくらいの大きさみたいですね。
まあその辺は後々。
この国家も含めれば、帝国の生存圏は三億人くらいになりますね。
未だに、市場不足は解決できていませんが……。
「これで食糧に関しては……って、石破さん痩せました?」
「農商省の石沢であります、閣下。ええ、おかげさまでダイエットに成功しましてですね」
あ、失礼。名前を間違えてしまいました……。
って、本当に石橋さんは痩せましたね。転移直後の会議では丸々太っていたのにしばらく見ないうちにシュッとしたダンディなおじさんに……。
こんなに痩せてしまうということは、帝国の食糧事情はあまりよろしくないみたいですね。
「こほんっ、それで、食糧問題に関してはどうなんですか?」
「それに関しては、国民が飢えない、という観点からすればほぼ解決かと。あくまで飢えないだけですが」
ぎりぎり何とか、って感じですね。まったく余裕はないということですね。
友好関係を結べたと言っても相変わらずバルカ王国は、モルロ帝国の脅威にさらされていますし、ビーストバニアからは戦後賠償でむしり取るとしても元々が貧しい国ですし。
満州大陸もまだ開発が始まったばかりで、そんなに多くの食糧が得られるわけではないですし。
「そういえば、エリュさん」
「はいはい、なんですかアヤメさん」
「満州で、親衛隊管轄下の『謎肉製造工場』が正式稼働し始めましたよ」
「……謎肉、ですか?」
聞きなれない言葉ですね。まあ、親衛隊が関わっているということはろくでもないものなんでしょうけど。
「簡単に説明すれば、満州大陸でとれるモンスターの肉を加工したものですよ。缶詰にしてですね」
ゴブリンとか、オークとか、と説明してくれるアヤメさん。
……モンスターのお肉。
そうですよね、満州大陸にはモンスターがいて、本土から陸軍部隊や猟師さんが出撃して狩猟の真っ最中。
そのモンスターの死体は、当然お肉ですから食べることができると。
うん、頭では理解できますけど。
「食べたくないですけど、モンスターとか」
気持ち悪いですし。
「安心してください、主にビーストバニアに向けた輸出用です。これで、かの国から食料をむしり取っても大丈夫かと」
つまり、まともな食料を買い上げて、その代わりにモンスターの肉を押し付けると? 酷い話もあったものです。
「さすがは親衛隊長官のアヤメ殿ですな、貴重な資源を漏らさず活用するとは素晴らしい」
なんて、政治家たちはアヤメさんにおべっかしていますけど。
うん、まあいいや。モンスターのお肉がどんな味かは知りませんけど、直ちに健康に被害はないと思いますし。
とはいえ、いつまでもモンスター肉の輸出で食糧事情をごまかせるわけもなく……。
「今後も考えれば、黒エルフ皇国、大天モルロ帝国の市場も開放してもらいたいところです」
「お任せください閣下、我が精鋭陸軍がいずれの国家も粉砕してご覧に入れましょう!」
ボクの言葉に、ガタンと立ち上がって、力強く胸を叩くのは陸軍のハゲ眼鏡。
ん、相変わらず陸軍さんは威勢がいいですね、元気そうで何よりです。相変わらずハゲ眼鏡ですし、この人の顔はなかなか覚えやすい気がします。
「海軍としても同感である。すでに帝国海軍はイエネコ島に第二艦隊を配備、東方でのさらなる勢力圏拡大の準備を整えております」
なんて、海軍の角刈りさん……確か、軍令部総長さんでしたっけ? 名前も覚えていないのに役職まで覚えるのは無理ですよ。
っと、そういえば『イエネコ島』は正式に大和帝国の管理下に置かれることになります。所謂割譲ですね。
……てか、ビーストバニア中央はこの島の存在に気づいていなかったみたいですね。
まともな地図もないような中世レベルの国家の事ですし、辺境の小島の扱いは凄く雑だったみたいです。
イエネコ島の戦後を話し合う段階になっても「どこだ、そこ?」みたいな感じで……。
あっさり、割譲と言うことになりました。この機会に名前も変えて『トラック島』とでも呼びましょうか?
海軍の拠点ですし。
まあ、それは後々……。
さて、この後は陸海軍とそれぞれお話をしましょうか?
結局のところ、すでに友好国と交戦中の『黒エルフ皇国』や『大天モルロ帝国』とのお話し合いは避けることができない道です。
軍部との調整は不可欠でしょう。
それに、新兵器について、いろいろ話したいこともありますし。
……問題は陸海軍のどちらと先にお話しするかです。この辺はいろいろ面倒くさくて。
個人的には海軍優先にしたいんですけど、いつも海軍ばかり優遇していると陸軍さんが拗ねますし。
あ、でもやっぱり海軍かなぁ。