第三十六話 総統閣下とアヤメさん
総統専用艦『富嶽』のやたら豪華な廊下。
そこをボクとアヤメさんは、二人並んで歩きます。……ちょっと前まで、緊縛プレイで縛られていたのでちょっと手首とか痛いですね。
それで……。
「アヤメさん、一人でライカンバニアに向かったって本当ですか」
「おや、聞いちゃいました? エリュさんが心配したら嫌なので口止めはしておいたんですが……」
「ロシャーナさんが、話してくれましたよ。一人で街に向かってドンパチしたとか」
詳しいことは知りません。
だって、ボクは突如緊縛プレイに目覚めたアヤメさんの手によって『富嶽』の寝室のベッドにロープで縛られて動けませんでしたから。
けど、後からロシャーナさんに聞いた話によると、ボクを縛った後アヤメさんは単身王都ライカンバニアに乗り込んで暴れたそうです。
王様の監視役がなんとかで、王様が逃げようとしたとかうんぬん……そして、気が付いたら王子様が降伏してきたそうです。
訳が分かりません。
まあ、なんていえばいいんですか、戦争が終わるのはいいんですが、その……。
「あんまり危ないことしないでくださいね? アヤメさん」
「大丈夫ですよ、エリュさん。メイドである以上、主を守るために武芸は極めています」
そう言ってアヤメさんは、自分の持つ技術を指折り数え始めます。
拳銃射撃、ライフル射撃、砲術、ナイフ格闘、剣術、近接格闘、さらに……。
「鋼線術――細いワイヤーをつかって敵を引き裂く術ですね。メイドと執事のたしなみです」
ひゅんっ、とアヤメさんが手を振ればスパッと近くの花瓶が真っ二つになります。
漫画やアニメでよくある紐使いのあれです。……どういう原理なんですかね、それ。
それに……と、アヤメさんは続けます。
「あの場合は私一人で十分、むしろ特殊部隊を送り込むより私一人で制圧した方が、近代兵器の鹵獲などの危険性を考慮すれば効率的です」
むう……。
確かに、そんな鋼線術とやらを使える人間を送り込んだほうが、銃の鹵獲の危険性を考えれば効率的なのかもしれませんが。
駄目です。
「兵器鹵獲よりアヤメさんが死んじゃうことの方が大きなデメリットです。アヤメさんは女の子なんですから、危ないことはしちゃだめです。勝手にどこかに行ったら許しません」
「それは……ずっと、一緒にいて欲しいということですね? つまり、お風呂の時も、トイレの時も、寝るときも? エリュさんが望まれるなら喜んで一緒にいますけど……」
ん、聞き分けが良くて結構です。
まあ、元々、お風呂の時も、トイレの時も、寝るときも、24時間ほとんど一緒にいますけど。
てか、トイレの時だけはどうにかなりませんかね? 個室にまで侵入してきてその……流石に嫌っていうか。
まあ、アヤメさんに関しては後々解決していくとして……って、本当に解決できるんですかね、この問題。
「エリュさんと私が結婚すればすべて解決では?」
「……心を読まないでください。あと、それでは何の解決にもなりませんよ」
どうせ結婚してもボクのプライバシーは守られないんですから。
それに、結婚とかそう言うのはちょっと……。
別にアヤメさんの事は嫌いじゃないですし、そう言う感情もないわけではないんですが、その、まだ早いかなって。
して……。
ボクはアヤメさんに問いかけます。なぜ、一人でライカンバニアに向かったのかと。
「アヤメさんはわかっていたんですか、ライカン二世が逃げようとすること、そして……」
「レオン王子が王を刺殺すること、ですか? ええ、ある程度は分かっていましたよ」
あの王様では命の危機を感じ続けない限り、降伏はしない。そして、少しでも逃げる機会を見つければ逃走を開始する。
アヤメさんは、自分の考えをボクに聞かせてくれました。
「エリュさんが王印を取りに行かせた時点で、彼が逃げることほぼ確定。あとは、レオン王子が刺殺するかどうか、ですが……」
これはほぼ賭けですね、とアヤメさんは続けます。
「素直に敗戦を認めた方が国家のためになると考える理性的な人物もいると思いましたので……結果は御覧の通り」
「向こうから出てきてくれて、王様を始末してくれたと?」
「はい。これで、上手く講和にこぎつけることができました。『衝撃と畏怖』は、ほぼ完遂てきたと言ってもいいかと……」
ん……。
まあ、想定よりライカン二世が強情でしたが……まあ、全ビーストバニア国民を虐殺しなくて済みそうですから『衝撃と畏怖』作戦は成功したと言っていいと思います。
ただ……。
この作戦も完ぺきではなかったですね。
こちらの力を見せつけるために敵軍主力を粉砕しなければならない。その都合上、敵国の軍隊が動くまでこちらは待たなくてはいけない。
つまり、積極性に欠ける相手頼みの作戦でしかないわけです。
何より、黄金より貴重な時間を大量に消費してしまいました。
今後も似たような戦争が続くと考えれば……。
「……百点満点とは言えない結果です。まだまだ、我が軍に改善点は多いですね。本国に帰ったら改革でもしましょう」
「軍拡ですか? エリュさんが望むのならば……」
「量的には増やしません。質の向上を目指します」
大和帝国は、今のところ第一次世界大戦レベルの軍備しか持っていません。
打撃力も、突破力も、機動性も、何もかもがまだ足りない。
短期間に鮮やかな勝利を――他を圧倒するような電撃的な勝利を収めるには、まだ技術の進歩が足りていないんです。
最低限の戦車は持っていますが、まだまだ塹壕戦に特化したドクトリンを持つ軍隊なのです。
それに……。
「この世界のインフラそのものも改善しないといけませんね。……バルカ王国の方はどうなっていますか?」
「バルカですか? えっと、ちょっと待ってくださいね」
がさごそ、とどこかのポケットからメモ帳を取り出すアヤメさん。
「帝国主導で鉄道網の敷設が始まっています」
鉄道敷設……。
まあ、必須ですね。鉄道がなければ、大規模な軍隊を運用することは困難になりますから。
バルカは、今後オオトカゲを操る蛮族国家『大天モルロ帝国』と戦うための重要な拠点、インフラの整備は最優先に行わなくては……。
けど、問題が一つ。
「技術が漏れ出たりしませんよね?」
「安心してください、管理は帝国に一任されています。……それに、現地に親衛隊と秘密警察を送り込んでいます」
帝国の誇る技術の流出です。
技術と言うのは生み出すのは困難でも模倣するのは意外と簡単ですからね。……てか、秘密警察ってなんなんですかね?
行政上はそんな組織いないはずですけど。
親衛隊関係の組織ですかね?
大丈夫かなぁ……。
「何もかも、全て。問題は私と親衛隊が解決します。エリュさんは安心して、和平交渉に臨んでください」
「……頼りになりますね、アヤメさんは」
「伊達に長く生きてないですよ。ほら、もっと、甘えてもいいんですよ? ぎゅーってしてあげましょうか?」
両手を大きく広げて「おいで」としてくるアヤメさん。
ん、じゃあぎゅーってしてもらいましょうか?
……あっ、ロシャーナさんどうしたんですか?
何しているのって、ほら、ただ抱きしめ合っているだけっていうか……。廊下のど真ん中ですけど、まあ、見ている人もいませんし。
え、ロシャーナさんも混じりたい?
「駄目です、エリュさんは私のです」
……と、アヤメさんも言っていますし駄目ですね。
あっ、露骨に残念そうな顔しないでください……って、なんでロシャーナさんが混じりたがるんですかね、こんな変態行為に。
なんか、悪いこと企んでませんか?
地図とか無いですけど、どこにどんな国があるのか理解してもらえているでしょうか?
まあ、作者は絵が下手過ぎるので、欲しいと言われても地図なんて描けないんですけど……。




