第三十四話 総統閣下と獣の王
さて、いよいよビーストバニアとの戦争も終わりを迎えます。
そう、終戦です。
長かったですよ、今年の六月くらいから戦争を初めてもうすぐ12月。下手すれば、半年くらいは戦っていましたからね。
この間に帝国本土でもいろいろありましたし、エルフの支配する西大陸の方でもちょこちょこ事件があったようですし……。
「閣下、こちらがビーストバニア国王ライカン二世です」
「ん、パーフェクトです。若林艦長」
「はっ、感謝の極み」
富嶽の前甲板。ちょうど艦橋の前に当たる場所ですね。
そこには、武装メイド親衛隊員100人ほどが銃を構え隊列を作り、厳戒態勢。
巡洋艦『和泉』の艦長さんが連れてきたムキムキマッチョのライオン獣人を取り囲んでいます。
この人がライカン二世ですか……。
見た感じは王様と言うより蛮族の長って感じですね。武闘派っぽいですし。
そんな彼は、手錠をかけられ、跪き、頭を甲板にこすりつける姿勢を取っています……なんていうか、無様な姿ですね。
ザ・負け犬って感じです。
これが、負けた者の末路ですか。……こうはなりたくないですね。
とりあえず、はじめましてなのでご挨拶しておきましょうか。
「お目にかかるのは初めてですね、ライカン二世さん。ボクは、大和帝国総統エリュテイアです」
「グルゥゥ……貴様……ぐぶはぁっ!」
顔を上げ、ボクの方を睨みつけようとするライカン二世さん。
けど、それはできませんでした。
なぜなら……。
「私のエリュさんを見るとは無礼ですね」
と、アヤメさんが頭を上げられないように後頭部を蹴りつけたからですね。
電光石火の早業ですよ。
さっきまでボクの後ろでツンとした表情でお澄まししていたのに、気が付けばライカン二世さんの目の前にいてドカンと一発です。
プロの格闘家でもあれほど素早い身のこなしはできないはずです。
「……ぐっぐはぁ! こ、殺す気か、このメイド!」
とか、顔面から血をダラダラ流して、ライカン二世も驚いているみたいですし。
「エリュさんを守るため鍛えたテクニックですよ」
とか、言いながらぱんぱんと乱れたメイド服を正しながらアヤメさんはボクの隣に戻ってきます。
その、覗きのために鍛えた技術の間違いでは?
ボクがどう抵抗しても、スルッと入ってきますし。お風呂にもトイレにも。
……こほんっ。
話が少し脱線しかけましたね、話を戻しましょう。
「えっと、あなたがビーストバニア国王ライカン二世で間違いないですよね」
「そうだ。……それで何のつもりだ、毛無し猿。この俺を捕らえて」
「んむ、説明してもいいんですが。その“毛無し猿”って呼び方は気に入りませんね。ボクにはエリュテイアって、名前があるんですか」
「ふんっ、なぜ優位種である獣人であるこの俺が貴様のような……ぐぶらっばっ!」
っと、ここまで言ったところでライカン二世さんは、再びアヤメさんの蹴りを食らってしまいました。
どうやら、再びアヤメさんの逆鱗に触れてしまったようですね。
まあ、ヤンデレさんの隣でボクの事を毛無し猿なんて呼べば……こうなりますよね?
「ぐ、ぐるぅ……。こいつ、国王である俺をよくも……礼儀と言う言葉を知らんのか?」
「あなたこそ、我が帝国を治める偉大なる総統エリュテイア様に無礼じゃあないですか。これは教育が必要ですね」
「教育だと? ……ちょっと待て、お前が手に持っているそれはなんだ?」
「牡蠣の殻ですよ。これで肉を削ぐんです。とっても、とっても、痛いですよ? 生きるのが嫌になるくらいに」
にっこり微笑みながらアヤメさんがライカン二世に牡蠣殻を突き立てます。ぐじゅっと、血が出てきて……。
「閣下、見てはいけません」
と、見ていたら急に視界が真っ暗になって……。
近くにいた夜桜さんが後ろから目隠ししてくれたみたいですね。
グロ耐性はそんなにないので助かります。
しかし……酷いことになっているみたいですね。「ぐっぐるばぁ! や、やめろ!」とか「い、いぎぃっ! ま、まて、落ち着け、メイド。そうだ、エリュテイアだな。よし、覚えた」とか。
夜桜さんが目隠しを解いてくれたら……血まみれのライカン二世さんがアヤメさんの前で必死に地面に頭をこすりつけていました。
「いいですか、クソデカ猫、ただのエリュテイアではありません。世界で一番かわいい絶世の美少女エリュテイアです」
「わかった! 覚えた、だから拷問は止めろ!」
ちなみに牡蠣の殻の拷問はとっても痛いらしいですよ。普通のナイフとは比べ物にならないそうで……まあ、ギザギザしていますからね、牡蠣の殻って。
ふう、とりあえずこれである程度呼称問題に関しては解決……こういうところから、彼らの獣人主義を粉砕しないと後々面倒ですからね。
って、アヤメさんがなんか黒いオーラを出していますね。どうしたんでしょうか?
「ちょっと、夜桜艦長。私のエリュさんに何してるんですか? 後ろから抱きしめて」
「総統閣下に拷問は見せられまい。だから、目隠ししてあげたのだ。何か問題が?」
「……まあ、無いですね。ただ、エリュさんは私のモノです。これはお忘れなく」
「『総統は神聖にして侵すべからず』――総統の私物化は憲法に反しますよ、親衛隊長官殿」
ふんっ、とそっぽを向くアヤメさん。相変わらずこの二人はギスギスしてますねぇ……。
っと、そんなことはどうでもいいんですよ。
大事なのは終戦交渉。
パチンと指を鳴らすと、何処からともなくアヤメさんがふかふかの椅子を用意してくれます。
それに腰かけ、跪くライカン二世を見下ろします。
「それで、ライカン二世さん。あなたを捕まえた理由なのですが……まあ、簡単に言えば降伏しろってことです」
「ふんっ、馬鹿な。獣人がそう簡単に降伏するとでも?」
「しないのであれば殺すまでです。あなた方の生殺与奪は我々が握っていることをご理解していただきたい」
もちろん嘘です。
このご時世に自ら市場を焼くなんて馬鹿げたことはしたくないです。ですが、ここで重要なのは、こちらはその気になれば彼らを皆殺しにできると相手に伝えること……。
「降伏し、こちらの指示に従えば命だけは助けてあげます。無用な殺生は嫌いですからね。ですが、帝国の敵となるのであれば……お判りですよね?」
顔を伏せ、考え込むライカン二世。
「ぐるぅ……降伏したら、この俺、ライカン二世はどうなるのだ? 処刑か? 命の保証はあるのか?」
「こちらとしては、要求に従うのであれば貴国の王が誰であろうとかまいません。もちろん、あなたであっても。分かりますよね?」
殺したりしないから、はよ降伏せんかいアホ、ってことです。
「早く降伏した方がいいですよ。降伏しなければ、あの艦であなたの国の街と言う街を焼き払うだけですから」
そう言って、富嶽のすぐ隣を航行している戦艦『富士』を指差してあげます。
「あの戦艦の威力はよく理解されていると思いますが……」
「勝ち目がないのはわかっている。……ああ、分かった、我が国は貴国に降伏しよう。で、その条件だが……」
「あのテーブルの上の書類にまとめてありますよ」
と、甲板に用意されたテーブルを指差してあげます。降伏文書に調印してもらうためのテーブルですね。
ちなみに内容はそんなに難しくありません。
一つ、大和帝国とビーストバニア獣人国は対等な友好関係を築く。
二つ、ビーストバニア獣人国は戦後賠償として金10トンを払う。これは、その他物資に変えてもよい。
三つ、ビーストバニア獣人国は帝国との通商条約を結び関税を完全撤廃する。
四つ、ビーストバニア獣人国は半獣人差別をやめ、半獣人のための独立国家建設に尽力する。
負けたんだから金払って、友好関係結んで、あとついでに半獣人のための国家作ってあげて、って感じです。
ちなみに金10トンは……21世紀の日本円で500億円くらいでしょうか?
ビーストバニアの国家予算くらいにはなりますかね。
拘束されたまま、テーブルに着き書類を確認するライカン二世。嫌そうな顔をしていますが……まあ、皆殺しにされるよりかは遥かにマシな条件を出してあげたつもりです。
こっちも戦争でお金を使っていますし、多少は回収しないといけませんし。
「問題がなければ、降伏文書に調印を。そうでなければ……あなたにはここで死んでもらいます」
「わ、分かっている。だが、じ、実はだな、“王印”は王城にあるのだ! だから、一度取りに帰らせてくれ!」
王印……王様専用の印鑑みたいなやつですね。ボクの国にも似たようなのありますよ、総統印ってやつで、総統である僕が承認しましたと証明するやつです。
けど、まあ、ないなら……。
「直筆のサインでもいいですよ?」
「い、いやそれでは駄目なのだ! これは国家の行く末を決める重要な書類だ。正当な王のモノであると国内に知らしめるためにも必要なのだ」
凄い必死にそう訴えてくるライカン二世さん。
んー、まあ、一理ありますね。
国家間の取り決めですし、適当にするわけにもいかないというのは道理です。
「……わかりました。夜桜艦長、『富嶽』の進路をライカンバニアに。この王様を送り返してあげてください」
「了解しました、閣下。しかし……」
「もし逃げたら、皆殺しにするまでです」
「はっ……」
逃げないことを祈りますよ。逃げたら……面倒ですし。
ん、アヤメさんどうしたんですか、ロープなんて持ってきて。
えっ、縛られたライカン二世を見ていたら緊縛プレイに興味が出てきた?
まさかそのロープでボクを……って、ちょ、縛らないで! なんでこの子はこんな大事なタイミングで発情するんですか!?
ほら、周りもニコニコしてないで助けてください!