第三十一話 総統閣下とお風呂
結論から言えば、王様は捕まえられませんでした。
親衛隊による調査によるとライカン二世は軍を置いて一足先に逃げ出してしまったようです。
さらに、騎兵部隊の追撃をとんでもない逃げ足で逃げ切ってしまったらしく……。流石は獣、逃げ足だけは早いですね。
まあ、それを除けば戦果は上々。
タイガーバニアの戦いにて、ボクたちは完全な勝利を得ることができました。
我が軍の死傷者は事故によるものが少々。
一方のビーストバニア軍は、10万の軍勢の大部分を失い敗走していきました。
機甲部隊による追撃も合わさると、7万以上の敵を討ち取ることに成功したと思います。死体の集計は終わってないですけど。
……まあ、元々火力はこちらが圧倒していましたし、さらに半包囲もしていたのでこの結果も納得ですね。
この戦いの結果により、ビーストバニア軍の戦闘能力はほとんど失われたと判断していいはずです。
獣人たちはボクたちの強さをよく理解してくれたと思います。作戦目標のほとんどは達成できたと言っていいでしょう。
……まあ、それに、王様を逃がしたからと言ってそれほど大きな問題になるわけではないですしね。
元々、ライカン二世を捕まえられない可能性は最初から計画に入っていました。
野戦において敵の総大将を捕らえられる可能性はかなり低いですし。
そう言うわけで、作戦を次の段階に移すべくボクは総統専用艦『富嶽』に乗って新たな目標に移動中なのですか……。
「エリュさん、ここは垢が溜まりやすいのでしっかり洗わないといけないんですよ?」
「ひゃっ! ちょっ、アヤメさん! だ、だめです!」
その『富嶽』のお風呂でちょっと大変なことになっています。まあ、アヤメさんと一緒に入浴中ってことですね。
あ、変なことを想像してませんか?
大丈夫です、別に、そういうことはしてませんよ? 単に耳の裏を洗ってもらっているだけです。
はい、そう言うことです。そう言うことなんです。そう言うことにしておいてください。
「んっ、くぅ……やめっ……」
「っと、綺麗になりましたね。ほら、エリュさん、湯船につかりますよー」
……ふう、くすぐったかったです。
けど、その、もう少しだったのに……。
一応、単に体を洗っているということになっていますけど……その、たまに変なところに手が伸びますからね、アヤメさん。
どこに手が伸びてきているのかは、あえて明言しませんが。
そのたびに阻止していたら、これはもう重労働ですよ。
疲れて、くたーっとしていると、アヤメさんは抱きかかええて湯船に入れてくれました。
……疲れてるだけですよ? 別に気持ちよくなんかなってません。
あ、入浴姿勢は後ろからアヤメさんに抱きかかえられる形です。
この体勢はボクの希望によるものですね。結局、これが一番落ち着きます。お風呂に入るときはいつもこの体勢ですね。
ほら、アヤメさんって変態ですけど美少女なので、流石に裸で向かい合うと恥ずかしいっていうか……。
そりゃ、ある程度はアヤメさんにも慣れてはきましたけど……。
それで、照れて視線を逸らしたりしたら、あの子「おや、エリュさん、私の体で興奮してます?」とか言って発情しますし。
アヤメさん、一度発情したらボクが気を失うまで、あんなことやこんなことを……って、ここから先は言いませんけど。
とにかく、後ろからお人形さんみたいに無心で抱きかかえられつつ、アヤメさんが満足するのを待つのが最も合理的なんです。
「あっ……んくぅ……で、『衝撃と畏怖』、その第三段階ですが……出来そうですか? アヤメさん」
「完璧ですよ、エリュさん。半獣人情報部を使ってすでに情報を流していますから」
んっ……ならおっけーです。
って、話している時ぐらいやめてください。ボクの頭の匂いを嗅ぎながら「ああ、良い匂いですねぇ」とか。
その右手とか。どこ触っているんですかねぇ……。
てか、ボクとアヤメさんは同じシャンプー使っているんだから、頭の匂いは変わらないでしょうに。
……さて、そろそろ、アヤメさんにも満足してもらわないと困ります。奥の手を使いましょうか。このままでは話が進みそうにないですし。
「……あやめさん?」
「はい、どうかしましたか、エリュさん?」
「頭撫でてください」
振り向いて上目遣いでそう要求します。
はい、これが奥の手です。
こういうと、アヤメさんは「おっ、デレましたね! やりましたよ!」とか、大喜びでボクの頭をなでなでしてくれますから、変なところを触られることは無くなるわけですね。
ちなみにもう一つの手段として「手を繋いで」もあります。こっちも同様の効果ですね。
最終手段として「やめて」と言う選択肢もあるんですが、これをするとアヤメさんが悲しそうな顔をするので罪悪感が……。
さてさて、話は対ビーストバニア戦略“衝撃と畏怖”に戻ります。
その第三段階は海軍による敵王都ライカンバニア襲撃です。もちろん、それは単に都市を焼き払うだけというものではありません。
てか、むしろ、そっちはブラフです。
実際には敵の王都なんて砲撃しなくてもいいんです。
「主目的は敵艦隊との艦隊決戦……そのために、情報を漏らしたんですから」
「王都が艦隊によって攻撃されると知ったらなけなしの艦隊兵力を差し向けてくるはずですからね。エリュさんもちゃんと考えているですね」
「ボクはいつもちゃんと考えていますよ?」
情報部を使って、我が軍の王都攻撃の情報を漏らし敵艦隊に迎撃させる。
ここまではほぼ確実にうまくいくと思います。てか、どんなに戦力的に劣勢であっても、自国の首都に敵国の手が伸びれば必死に抵抗しますよ。
では、その敵艦隊の司令官は一体誰になるでしょうか?
ボクの推察では敵国王ライカン二世自らやってくる可能性が高いと判断しています。
てか、この艦隊戦で負ければ、ビーストバニア獣人国は王都を焼け野原にされてしまいます。
下手すれば、国家存亡を賭けた決戦になるわけですよ。しかも、彼らの陸軍はほぼ壊滅していて、残っている最後の戦力が海軍なのですから。
もう国を守れる戦力は海軍しかない、そして、その海軍が負ければ王都は陥落する。
そんな重要な戦いに、国王自ら出てこないことってあります?
……まあ、タイガーバニアの戦いでこっぴどく負けたので、ビビって出てこない可能性もないわけではないですが、そこまでへたれではないでしょう。
海戦ならば船ごと拿捕してしまえば、逃げられる心配はありません。そして、我が海軍は鈍足のガレー船を逃すほどお粗末ではないのです。
てか、むしろ、最初からここまで計画通りだったり……。
なので、ボクたちの向かう先は王都ライカンバニア。
戦艦『富士』率いる第一艦隊に護衛されて富嶽で向かっているわけです。
……っと、『富士』と言えば。
再び振り返ってアヤメさんの方を見ます。ボクの頭をなでなでする手を止めてアヤメさんはどうかしましたか、と可愛らしく小首をかしげます。
「そう言えば、アヤメさん。連合艦隊司令長官の東堂さんが文句言ってましたよ。総統閣下は戦艦に乗ってくれないと」
「戦艦、乗りたいんですか?」
「……欲を言えば」
だってカッコいいじゃないですか、ド級戦艦『富士』。どことなく、黎明期のイギリスド級戦艦臭のするあのフォルム……男の子ならみんな憧れますよ。
まあ、今のボクは男の子ではないわけですが。
「だめですよ、エリュさん。だって、戦艦は男だらけじゃないですか」
……確かに、帝国海軍は女人禁制、軍艦に乗っているのはむさ苦しい男だけ。例外は、親衛隊管轄の『富嶽』くらいなものですけど……。
「それの何がダメなんですか?」
「何がダメって。いいですか、エリュさん、男は狼なんです、野獣なんです。そんなところにか弱い私のエリュさんを送り込むなんて……」
……むう。
アヤメさんの方が獣だな、って思ったとか言っちゃだめですかね?
まあ、アヤメさんなりにボクの事を思ってくれているんでしょうから無下にはできないですし……。
「そんなにしょんぼりして……そう言えば、エリュさんは戦艦大好きですよね。なんか、最近は絵も描いたりして『大和』でしたっけ? あの戦艦の絵」
「ん、そうですよ。主砲46、三基九門」
ここ数か月、暇だったから趣味のお絵描きに没頭していたんです。風景画とか、戦艦の絵とか、戦闘機の絵とか、いろいろ描いていたんです。
その中に、大日本帝国が誇る超ド級戦艦「大和」の絵もあるわけですが……。
あと、大英帝国の誇りフッドとかも描きましたね。
「ふーん……で、私と戦艦、どっちが好きですか?」
「どっち、って……そもそも好きの方向性が全く違うのでは?」
ぎゅっと、ボクを抱きしめてヤンデレ臭を漂わせてきたアヤメさん。んむっ……そこ、揉まないでください。どうせ揉んでも成長しないので。
ボクの解答に「ふむ、一理ありますね」と言ってはくれましたが……監禁とかしないですよね?
ほら「私の方が好きって言うまでここから出してあげませんよ」とか、普通にやって来そうですし。
「……エリュさん、38センチ連装砲4基で我慢はできませんか?」
「えっ、別にいいですけど……何の話ですか?」
「こっちの話です」
……?
まあ、アヤメさんが変な事を言い出すのはいつもの事なので気にしてはいけませんね。
さて、そろそろお風呂から上がりましょうか? 茹ってしまいますよ。