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第三十話 タイガーバニアの戦い 後編

 輝く朝日に照らされていた緑あふれる美しい平原。


 その平原は、たった一時間程度の会戦ですっかり薄汚れてしまった。血によって大地は赤く染まり、空は砲撃の黒煙に閉ざされたのだ。


 国王たちが逃げ去った後も、ビーストバニア軍は必死の抵抗を続けた。いや、抵抗を続ける以外の策がなかった。


 それは死守命令が下されたからだけではない。単に、命令そのものが完全に断絶し、軍全体が大規模な混乱状態に陥っていたからだ。


 逃げるにしても、戦うにしてもどうすればいいのかわからない。


 だから、目の前の敵にとりあえず攻撃を仕掛ける。そんな状況だ。




 そして、そんな混乱の中、抵抗を続けるものの中には……。


「レオン王子! もはや、ここまでにございます!」


「マー老将軍、諦めるな!」


 まだ幼さの残るビーストバニアの王子レオンの姿があった。


 年齢は14ほどだろうか? たてがみも生えていないまだ若きライオン型の獣人の王子だ。


 彼は教育係を務める老将軍マー・ライオンと共に、戦場にやって来ていた。そんな中、他の兵士同様ライカン二世に取り残される形になってしまったのだ。




 彼のいる本陣にまで迫りくる大和帝国の戦車……。


「……王子、お逃げ下さい! このマーが時間を稼ぎます!」


「それは出来ぬ! お前を、いや、兵を捨てて逃げられるか!」


 老将軍の必死の説得。それをレオンは拒絶する。そして、剣を抜き放ち、最後の覚悟を決める。


 勝つときは兵とともに勝ち、死ぬときは兵と共に死ぬ。


 レオンは、そう言う男なのだ。


 そんな王子を見てマー老将軍は思う。


 この若き王子を失っていいのかと。仲間を見捨てることができない優しき王子を失ってもいいのかと。


 きっと、この戦争は負ける。この一戦だけで、隔絶した技術差があることをマーは理解した。

何度、軍を集めて再戦しても結果は同じになるだろう。


 勝ち目のない戦争だ。大きな犠牲を払ってでも、プライドを投げ捨てでも早急に終わらせるべき戦争だ。


 だが、あのプライドの高いライカン二世ではこの戦争を終わらせるすべを知るまい。


 しかし、この王子なら……。


「王子よ、この戦争、どう終わると思われますかな?」


「どうって、それは……」


「声を大にしては言えませぬが、我が獣人の敗北は避けられませぬ。それも、完全な、完璧な敗北です」


 マーは諭すように言った。そして、こう続けた「しかし、案ずることなかれ、彼らの目的は我々の絶滅ではありませぬ」と。


「このマー、賢くはないですが、阿呆でもありませぬ。これまでの人間軍の動きを見れば彼らの望みもおおよそ理解できるというものです」


「……どういうことだ、マー」


「おかしいとは思いませぬか、王子。彼らはいつでも思うように軍を動かせたのに、我らが軍を集結させるまでこの街で待ち続けたのです。無防備な我らを攻撃出来たのにも関わらず」


 はっと息を呑む、レオン。


 ビーストバニア軍が集結するまでの数か月間、その気になれば大和帝国軍はタイガーバニアから出撃し、付近の街を攻撃することができた。

 

 だが、それをしなかった。


 その理由は……。


「この戦いに、獣人の総力をかけたこの決戦にこそ意味があると彼らは考えているというのか?」


「そうでございます、王子。そして、これほどまでの圧倒的な力量差……」


「圧倒的な実力を見せつけ我らに負けを認めよ、と彼らは伝えているのか」


「元々、あの人間国家は我らとの国交を求めておりました。戦は望むところではないのかもしれませぬ」


 黙り込むレオン。 


 獣人たちは、大和帝国の事を「急に攻めてきた海の向こうの人間の蛮族」くらいにしか思っていない。


 自分たちは攻撃された被害者で、人間は誰が何と言おうと侵略者。そう考えていた。


 それはある種、仕方のないこと。無限に近く様々な種族が殺し合うこの世界。他種族は、即ち敵であると言っても過言ではない。


 だが……確かに大和帝国は最初に国交樹立のための使者を送ってきた。


「もし彼らがこの戦争を本当に望んでいないのであれば……この戦争は、この無数の屍の山は……」


「お考えなさるな。今は未来を考える時です。これ以上無意味な血を流す必要などないのです」


「講和を望めば、彼らも答えてくれる、と?」


 マーは力強くうなずく。


 それこそが、この国を救う唯一の手段なのだ。


 だが、しかし……。


「それでも、僕は逃げることは出来ない。兵を見捨てる王族に信頼を寄せる民などいない!」


 レオンは、剣を構え一歩大きく踏み出す。今戦場には数万の兵士が取り残され、大和帝国の猛攻にさらされている。


 これを無視して逃げることなど王族としてできない。


 父親であるライカン二世とは真逆の思想だ。


「……なんと大きくなられたか、レオン王子よ。しかし――御免ッ!」


 だからこそ生き残ってもらわなくては困る。


 ビーストバニア獣人国を救うことができるのは、この少年しかいない。マーは素早くレオンの後ろに回り込むと、トンっと手刀で気絶させた。


「おい、そこの若い騎士よ」


「は、はひっ!」


「……王子を頼む。この老いぼれが時間を稼ぐ間に王子を王都まで連れて帰るのだ」


 そして、気を失ったレオンを近くにいたライオン族の騎士に預け、マーは剣を引き抜く。


 王子を抱え逃げ去っていく騎士、マーは振り返りはしない。


 何故なら、もう大和帝国の戦車が目の前まで迫ってきているからだ。金属を軋めかせながら、突き進んでくる戦車。

 妨害しようと何人もの兵士が立ち向かっていくが、剣や槍で斬りかかったところで戦車に勝てるはずがない。


 砲撃、銃撃により一瞬で打ち倒されてしまう。


「……これは、無用か」


 マーは剣を捨てた。


 時間稼ぎと言う任務をあきらめたわけではない。ただ、剣を使うという手段ではそれを達成でいないと悟ったからだ。


 そして、近くに転がっていた白地に金のライオンが描かれた王太子旗を拾う。


 次の瞬間、彼は立ちふさがった。


 旗を掲げ、武器も持たず戦車の前に堂々と。


 それはこの場合数少ない正解。

 

 この時、武器をもって立ちふさがっていれば、問答無用で吹き飛ばされていただろう。


 だが、抵抗するすべを持たない無防備な男に“天安門”するほど、大和帝国は鬼畜ではない。




 ……

 …………

 ………………




「閣下、前方に……」


「敵兵ですか?」


「そうなのですが……その、なんといえばいいのか……」


 戦車の操縦を行っている西大尉の要領を得ない返答に、何がいるのかとキューポラから顔を出してみれば……。


 なんでしょうか、旗を掲げた老ライオン獣人? 銃弾、砲弾が飛び交う戦場で、旗を掲げ微動だにせずこちらを見つめている獣人さんがいるんですよ。


 変な人です。


 普通戦車が突っ込んで来たら逃げますよね? よほどの命知らずなのでしょうか?


「エリュさん、撃ちますか?」


 と、機銃手のアヤメさんが聞いていましたが……流石に、無抵抗で無防備なおじいさんを倒すのは……ね?


「待ってください。もしかしたら、降伏するつもりかも……西大尉、止まってください」


 急ブレーキで、がっくん、と急停止する戦車。


 ちょうど旗持ちおじいさんの目の前、五メートルくらいの場所に停車しました。




 その瞬間。


「ゆえあってこれより先には行かせられぬ」


 戦場に響く鋭い声で、おじいさんはそう言いました。


 キッとボクを睨みつけながらです。


 ……怖いですね。か弱い総統閣下を、そんな目で見ないでほしいものです。


「そうですか。それは、何故ですか?」


「死なせたくない男がいる故」


「……それは、王様ですか?」


「否。私は王子レオンに命を捧げるのみ」

 

 ああ、この人王様を守っているのだ、と思って聞いてみれば……王子様ですか。


 なら割とどうでもいいですね。


 実権のない王子様を捕まえたところで、人質くらいの価値しかないですし。


 そして、そもそも、人質取っただけで降伏するなら手の込んだ『衝撃と畏怖』なんて作戦は考えなくていいわけで……。


「これより先に進みたくば、このマーの命を奪ってからにせよ」

 

 どうしようかなぁと、考えているとマーさん? ……老ライオン獣人さんが、そんなことをおっしゃりましたが……。

 

「……降伏するつもりは?」


「ない」


 即答ですか。そうでしょうね。


 うーん、そうですねぇ。


 今のボクが考えなくてはいけないことは、エリュテイアとして、帝国総統として大和帝国にとって最も有益な選択肢を取ること。


 そして……。


 この先の事を考えると、王子様には生きていてもらった方がいいかもしれません。

 

 対ビーストバニア戦略『衝撃と畏怖』は敵国家元首に降伏を迫る作戦です。


 事故か何かで、王様が死に、王子も死に……となって、王家が途絶えてしまえば、作戦の遂行に大きな支障が出ます。

 降伏を迫る対象が消えてしまうということですからね。


 そう言うわけで、王様か王子様か、あるいは、その他の王族か。


 誰かは生き残っていてほしいわけです。




 このおじいさんには王子様の護衛と言う役割を果たしてもらいましょう。話もある程度は通じそうですし、後々生き残っていてくれれば何かしらの役割を果たしてくれるかもしれません。


「……わかりました。王子に用はないので追いはしませんよ。ほら、あなたも早く王子様を追いかけたらどうですか? 落ち武者狩りとか怖いですよ?」


「……ッ! かたじけない」


 しっし、と追い払うとボクに一度大きく頭を下げてどこかに行ってしまいました。




 キューポラから頭を引っ込めて車内に戻ると、車体前方の機銃手席からアヤメさんが砲塔内のボクの方をのぞき込んできていました。


「おや、甘いですねエリュさん。逃がしてあげるんですか?」


「そちらの方が、将来的に利益が出ると思いましたので。それに、屍はこれで十分ですよ」


 この戦いで一体何人の獣人兵が死んだのでしょうか? 

 

 ボクたちがこうして敵左翼を突破して、敵軍後方の本陣に突入したことで敵軍は半包囲される形になってしまいました。


 切り開かれた突破口には陸軍の各師団が突入しつつあります。


 こうなった軍隊の末路は悲惨、殲滅される運命にあります。


 10万の敵軍の大半は死ぬんだから、ここから一人二人死体を増やしたところで意味はないでしょう。


 さて、問題は王子がどういう人物か、ですが。


 ……交渉しやすい、理性的な人物だったらいいですね。




 っと、王子様は放置していいですが、王様は話が別です。彼は実権を持っている権力者ですから。


 彼をとっ捕まえて脅さないと、この戦争を楽に終わらせることはできません。


「親衛隊は、このままボクと共に前進、敵軍の後方を遮断します。偵察騎兵は、逃げた王様を追ってください」


 まあ、最悪捕まえられなくても大丈夫ですけど。


 この戦いでこちらの実力は理解してもらえたと思いますし……。

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