第二十八話 タイガーバニアの戦い 前編
朝の陽ざしが、タイガーバニアの平原を照らす。
その朝日に、ビーストバニア国王ライカン二世は槍先を掲げ獣のごとき雄叫びを上げる。
それは戦いの始まりを告げる狼煙だ。
周囲の兵士たちも、国王と同じように槍や剣を天高く掲げ、歓声を上げる。戦の前に士気高揚を図っているのだ。
そして……。
後にタイガーバニアの戦いと言われるこの戦いは、ビーストバニア軍の突撃から始まった。
「グルァァッ! 貧弱な人間軍を踏みつぶせ!」
国王ライカン二世の号令の下、先陣を切るのはウサギ族、キツネ族、タイガー族の兵士約2万。
本陣のある丘の上から駆け下りるように、全速力で大和帝国の塹壕陣地に向かっていく。
そして、彼らに続きその他の部族も、それぞれの武器の矛先を大和帝国軍に向け吶喊し始めた。
武器も防具も部族によって……いや、部族内でも結構違う統一感の存在しない軍隊ビーストバニア軍。
剣を持つもの、槍を持つもの、斧を持つもの。
プレートアーマー、鎖帷子、レザーアーマー、あるいは上半身裸。
その突撃は、どちらかと言えば軍隊と言うより蛮族の群れだ。
そんな蛮族に対抗するのは大和帝国軍。
規模が小さければ夜盗の群れにしか見えないビーストバニア軍と異なり、こちらは皆軍服を身に纏い、装備も統一。
近代的な軍隊と言うにふさわしい陣容だ。
「ん、動き出しましたか。では、こちらも応戦してください」
「了解、射撃開始。繰り返す、射撃開始」
タイガーバニアの城門の上。
そこにティーテーブルを設置し、メイドと一緒に優雅に紅茶を飲みながら、平原に広がる前線を視察していたエリュテイア。
彼女はビーストバニア軍の攻撃開始を確認すると、即座に攻撃命令を下し、さらに、副官メイドのアヤメがその命令をそれぞれの将兵に伝達する。
命令は、有線もしくは無線の通信機を用いて素早く全軍に行き渡る。
そして、速やかに攻撃を開始するのだ
「目標、敵戦列中央、撃て」
最初に火を噴いたのは、塹壕陣地の後方に配置された師団砲兵。二個師団にそれぞれ一個ずつ配備された砲兵連隊が軽榴弾砲や野砲、数十門の一斉射を放つ。
不気味な風切り音とともに、飛翔する砲弾。
「一体何なんだ……」
数キロ離れたビーストバニア軍の元まで届く砲声、そして、砲弾の飛翔音。
目視では確認できないが、何かが飛んできていることを認識したビーストバニア軍の諸兵は空を見上げる。
そんな彼らの目の前で、それは炸裂した。
野砲の用いる榴散弾か、もしくは、榴弾の曳火射撃か。空中にて炸裂した砲弾は、無数の金属片をまき散らし、ビーストバニア軍の戦列を襲う。
「な、なんだこの攻撃! 攻撃魔法の一種か? 毛無し猿は魔法をここまで強化していたのか!?」
「お、俺たちは圧倒的多数で勝ち戦のはずだったのに! ――ぐはっ!」
砲撃を受けたことのないウサギ族やキツネ族の兵は何が何だかわからないうちに次々に倒れ、悲鳴を上げる。
しかも、砲撃は一度や二度だけではない。止むことのない鋼鉄の雨だ。
「そ、そんな! こんなの聞いてないぞ! おい、僕たちはどうすればいいんだ? 前進か、後退か!? ――んっぴゃぁっ!」
ウサギ族族長は、砲撃にあたふたしている間に吹き飛ばされ……。
「これは……勝ち目はないですねぇ。ふむ、あの偉そうなライオンもここまでですね。キツネ族軍、即座に後退。逃げますよ」
キツネ族の族長に至っては数度目の射撃を受けると、即座に敗北を悟り、逃走を開始する有様だ。
砲撃と言うのは彼ら獣人にとっては未知の攻撃だ。
獣人、人間、あるいはエルフ。
これらの『人類』と呼ばれる知的生命体は「訳の分からない攻撃で仲間が死んでいく」と言う状況に極めて弱い。
もし、これが火砲による攻撃であること言うことを理解し、そして、その対処法を知っていればある程度指揮系統を保てただろう。
特に、異種族との戦いと言うことで元々の士気の高いビーストバニア軍ではなおのことだ。
だが、彼らはどう対処すればいいかを知らないどころか、何がどういう原理で攻撃してきているのかも知らないのだ。
この恐怖を例えるなら、何も見えない暗闇の荒野の中、仲間が何者かに殺されていく感覚に近いだろう。
何も理解できないまま、抵抗もできず、さくりさくりと死んでいく。
そんな恐怖に耐えられるだろうか?
十分も砲撃すれば、前線を進むウサギ族やキツネ族の指揮系統は崩壊し烏合の衆となる。
「こ、これは、以前と同じ魔法攻撃!」
「盾だ、盾で防げっ!」
だが、“砲撃”を経験したことがある存在も、ビーストバニアには存在している。
砲撃により街を奪われたタイガー族だ。……一応イエネコ族も砲撃を受けたことはあるが、部族が絶滅寸前でこの戦場にはやって来ていない。
あの日の砲撃で街から追われた者は、剣を持ち、槍を構え、故郷の奪還のために。
もしくは、街を奪われた汚名返上のために必死になってビーストバニア軍の最前線を進んでいたのだ。
雨あられと降り注ぐ砲撃に臆することもなく、真っ直ぐ故郷タイガーバニアに突撃する。
元々、5000を数えたタイガー族軍。
度重なる砲撃で屍の山を築き、その数を半分以下にまで減らしながら砲撃戦を突破。大和帝国の塹壕陣地数百メートルまで到達する。
「よし、魔法攻撃を突破したぞ! いまだ!」
突破口が見えた!
そう、思った瞬間、彼らの進撃はここで終わる。
戦いは非情なのだ。
「飛んで火にいるなんとやら……ってな」
「おい、真面目にやれよ、総統閣下が後方にいるんだ。一人でも突破させたら……親衛隊に捕まるぞ」
「わかってらぁ」
大和帝国軍の第一塹壕線。
そこでは重機関銃を構えた機関銃大隊が今か今かと、獣人軍の突撃を待ち構えていたのだ。
布ベルト給弾式の最新重機関銃から毎分500発の発射速度で撃ち出される7,7mm弾は次々にタイガー族兵士を討ち取っていく。
さらに6,5mm弾を用いる小銃や軽機関銃も全力射撃。
それらの猛攻は突撃破砕射撃となり、タイガー族の突撃を容易く粉砕する。
「ああ……我らの故郷、タイガーバニアの街が……そこに……」
死線を飛び越え、進み続けたタイガー族。
彼らは、第一塹壕線に触れることもなく、みな弾丸の雨の中で死んでいった。奪われた故郷を目の前にして。
「うぉんっ! これは、一体どういうことだ、ベアー卿!」
「わ、分からないクマ……陛下! 撤退を命じるべきでは!?」
「ひ、退けるわけなかろう! この俺が、ライオン族族長にて、ビーストバニア獣人国国王のライカン二世が敗北を認めるだと!? ありえん!」
先陣のタイガー族、ウサギ族の兵士は、圧倒的鉄量の前に粉砕されていった。
キツネ族に至ってはすでに戦場から離脱しつつある。
時間にして敵の砲撃開始から僅か一時間。
あっという間に2万の兵を失い、冷や汗を流すベアー卿。そして、半分発狂しそうなライカン二世。
彼らが効果的な命令を下せない間にも、大和帝国の攻撃は後衛部隊に向けられ、ビーストバニア軍に大打撃を与え続けている。
10万の大軍だからこそ耐えられているが……。
「ぐ、グルァァッ! ……撤退は無しだ! 攻撃戦だ! 獣人の意地を見せろ!」
「へ、陛下、それは無理があるクマよ!」
「毛無し猿風情に、獣人が負けるなどありえん! 無敵の獣人精神をもって突破するのだ!」
そして王は命令を下す「後退するものは我らライオン族の軍をもって殺す」と。事実上の督戦隊だ。
彼らに残っているのは意地だけだ。負けを認めるわけにはいかない。何が何でも勝たなくてはならない。
一方的な砲撃にさらされつつ、一歩も引かないビーストバニア軍。
「……なかなか耐えますね、では親衛隊出撃準備。近代戦というものを彼らの脳髄に叩き込んであげましょう」
気が付けば、城門の上から降り、親衛隊機甲大隊の三式軽戦車に乗り込んでいた総統閣下。
彼女は命じる「全戦車、前に」と。