表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/138

第二十五話 バルカ王国

 東より悪しき龍が攻め来るとき、西の海より戦の女神『ヘルヴォル』が来るだろう。


 戦女神は神のチャリオットに乗り、バルカの大地に現れる。そして、我らバルカの民に杖を授けるだろう。


 龍を打ち倒すための神の杖だ。


 バルカの民よ。


 女神を讃え女神と共に前進せよ、女神を敬い女神と共に戦え。


 さすれば、いかなる巨悪も払うことができるだろう。


 ……バルカ王国に古くから伝わる歌『戦女神ヘルヴォル』より抜粋。






 バルカ王国は、東方大陸西部のバルカ半島に存在する脳筋国家だ。


 東を『大天モルロ帝国』に接する以外、周囲はすべて海。


 一応、バルカ半島の南にあるバルカ海の向こうにビーストバニア獣人国が存在しているが、獣人国家と人間国家と言う関係上これと言った国交もなく、ほとんど無関係を貫いている。


 国家体制は、貴族階級などに目を向ければ基本的にはごく普通の王政。


 だがしかし、そこに住まう国民に目を向けてみれば、総人口の一割からなるバルカ市民と、九割の非バルカ市民、通称“被抑圧民”からなるちょっと変わったスパルタ的国家だ。


 彼らが、こんな国家体制になっているのには理由がある。


 言うまでもない蛮族国家『大天モルロ帝国』の影響だ。


 象ほどの大きさを持つ巨大オオトカゲを操るこの蛮族はとにかく強かった。


 オオトカゲの鋼鉄のような鱗の前には生半可な魔法攻撃では通用しない。 


 対抗できる手段は、鋼鉄すら撃ち抜く英雄レベルの魔法使いによる攻撃か、もしくは屈強な筋肉を用い破城槌で殴りつけること。




 この世界の魔法使いとは、ごく限られたエリートしかなることができない希少な存在だ。


 百人に一人が魔法使いになることができるかどうか、そんな存在だ。


 ただでさえ希少な魔法使い。さらにオオトカゲを焼き殺すことができるような強力な魔法使いはその中のごく一部。


 国に一人いるかどうか、そう言ったレベルの存在なのだ。


 そんな極めて希少な存在を、押し寄せてくるトカゲの大軍に対抗できるほどの数、用意できる国など存在しない。


 魔法によって対抗できないのであれば、科学技術による手段を選ぶしかないが、この世界の科学力はいまだに『火薬』すら存在しないレベルだ。


 火薬のない時代の武器と言えば、剣や槍、良くてバリスタだ。


 そんなもので軽装甲車並の防御能力を持つモルロオオトカゲに対抗できるはずがない。




 結果として、モルロ帝国に抵抗できたのは『人生の全てを筋肉に捧げる』とまで謳われたマッスル民族バルカ人だけ。


 襲い来るオオトカゲに、破城槌と筋肉による物量作戦で対抗することに成功した彼ら以外の国は次々に蛮族モルロ人の軍門に下ることになってしまったのだ。


 モルロ帝国に接している人間国家の中で唯一生き残ったバルカ王国。


 彼らは、モルロ帝国に滅ぼされた国々からの難民やバルカ半島に存在していたその他の小国などを「蛮族モルロ人から守る」と言う名目で吸収、下層市民として受け入れたのだ。


 そうして出来上がったのが、この国家体制。


 一割のバルカ人とその他大勢。


 バルカ人はその鍛え抜かれた肉体で東の蛮族と戦い、一方その他大勢はバルカ人が思う存分戦えるように生産階級として働く。


 こうして、いびつながらも協力関係が作られ今のバルカ王国が完成したのだ。






 大和歴304年7月14日。


 バルカ王国の王都『ミュスクル』。


 小さな湾、ラコス湾を囲うように作られたこの街では、国王、貴族、バルカ市民、被抑圧民が集まり出迎えの準備を進めていた。


 海の向こうの大国『大和帝国』を率いる総統閣下がこの街にやってくるからだ。


「よし、糞尿は片付いているな……。街は綺麗に保てよ、海の向こうから国賓が来るんだ。港に泊まっているでかい鉄の船の国だ」


「あの船は見ただろう、相手は大国だぞ! そんな国に我が国を『汚い国』なんて思われたくはない」


 街の清掃や飾りつけ、筋肉の最終調整。


 バルカ王国を除き、付近の人間国家の全てが死滅し、最近全く行われていなかったこの世界。


 久方ぶりの他国からの国賓の出迎えというイベントを不慣れながらも国民総出で成し遂げようとしていたのだ。




 そんな王都『ミュスクル』に隣接する浜辺。


 そこでは二人の男が、まるで自身の鍛え抜かれた筋肉を見せびらかすように仁王立ちをしていた。


「王よ、大和帝国とはなかなかの強国らしいですな」


「うむ、そうだな、筋肉将軍。巨大な鉄の船といい高い国力を持っていることに違いはない。……筋肉は足りんようだがな」


 そう言いながら、ミュスクルの港に停泊する一隻の船をバルカ王国国王バアル・バルカは見つめる。

 大和帝国の大使館として機能している排水量3000トン程度の中型客船『武蔵丸』だ。


 排水量3000トンは大和帝国的には小型、もしくは中型に分類される大きさだが、技術の未発達なこの世界では十分大型船になる。


 しかも、その巨大な船が全て鉄でできているのだ。


 製鉄技術が未発達のこの世界ではまだまだ鉄は高価な存在だ。そんな高価な鉄をふんだんに使った船を持つ国なのだから、大和帝国は間違いなく優れた国力を持つに違いない。


 バアル・バルカ。


 24歳独身。趣味レスリング。


 脳筋国家の国王とはいえ、考えるべきことはちゃんと考えているのだ。


「しかし、妙ですな。上陸地点の指定が港ではなく、この“マッスルビーチ”とは」


 国王の隣に立つマッスルオス将軍は、自慢の顎ヒゲを撫でながら隣に立つ国王にそう問いかけた。

 ちなみに階級は“筋肉将軍”。この国の将軍職の中では最高位になる。




 そんな彼が言う“マッスルビーチ”――それは今彼らがいる砂浜の名前だ。『ミュスクル』に接している砂浜で、バルカでも有数の観光名所としてなかなかの評判だ。


 今の季節は夏。


 普段であれば今頃、砂浜を埋め尽くすほどのマッスルが集まり、筋トレをしたり、体を焼いたりしているだろう。


 しかし、今はそんなマッスルたちの影はない。


 ここに大和帝国総統が上陸してくるからだ。


 普通の国であれば港に上陸してくるだろう。港とは物資や人を上陸させる役割を持つ場所なのだから。


 だがしかし、あえて何の整備もされていないビーチに上陸してくる理由とは? 


 バルカ王は暫し考えるが、海の向こうの国の考えなんてわかるはずがない。




「……あちらにも何か考えがあるのだろう。ようやく我が方の準備も整ったようだな」


 思考をやめ、バルカ王が振り返ると街の方からマッスルたちが現れ始めた。


 国内有数の貴族、各大臣、戦女神ヘルヴォルに仕える神官、国王自慢の儀仗筋肉部隊『三百人隊』。

 誰も彼も脳筋国家らしく、古代ギリシャ彫刻のような美しい筋肉を持つ男たちだ。


 国賓を出迎えるに申し分のない布陣。


 彼らは、砂浜に並び堂々と整列する。


 ちなみに全員上半身裸だ。芸術品である筋肉の上に服など無粋、必要ないのだ。




 そして……。


「来た」


 海の向こうに立ち上る石炭の煙。それを見て、バルカ王が呟く。


 どんどんと大きくなる船影。一隻や二隻ではない。


 総統専用艦『富嶽』を中心に、ド級戦艦『富士』に率いられた大和帝国第一艦隊が見事な艦隊陣形を組みながらやって来たのだ。


「王よ、大和帝国は艦隊を率いてやってきましたな」


「うむ、しかしなんと巨大な船か……」


「あの大きさでは、我が港では喫水が足りんでしょう。ビーチを指定してきたのはその辺が原因でしょうな」


 第一艦隊旗艦、ド級戦艦『富士』の雄姿に目を奪われるバルカ人たち。


 だが、彼らの目はすぐに別のものに移り変わることになる。


「見よ、筋肉将軍。彼らは小舟を用意しているぞ。五十隻ほどか?」


「あの船で上陸してくるのでしょうな」


 王都『ミュスクル』沖に到着した大和艦隊は停止。そして、輸送船から上陸用舟艇“大発動艇”を展開。


 マッスルビーチを目指し、一斉に上陸を開始し始めた。


「おお、あの小舟を見よ、将軍。船が帆も櫂もなく進んでいるぞ。いつみても不思議よな」


「これが大和の魔術なのでしょう」


 見守るバルカ人の前で、約50隻の大発はビーチング。


 前方の扉を開き……親衛隊員と戦車を出撃させた。


 40馬力の発動機の爆音、履帯の金属音を響かせながら、横隊を組み前進を開始する『三式軽戦車』、一個大隊約50輌。


 さらに、それに追従するメイド服を身に纏った数百人の親衛隊。


 見慣れぬものにバルカ人たちは驚愕する。




 息を呑むバルカ人たち。


 戦車隊は、そんなバルカ人たちの前まで前進すると停止する。


 そして……。


 バルカ王の目の前に停止した戦車のキューポラが開き、一人の少女が顔を出す。


 長い銀髪、黒い軍服、ゲームのアバターらしい非現実的なまでに整った美しい顔立ち――大和帝国総統エリュテイアである。


「ご機嫌よう、バルカのみなさん。ボクは大和帝国総統エリュテイアです。どうぞ、よろしくお願いします」


 戦車の上から微笑みかける彼女を見たとき、バルカ人たちの脳裏に一つの単語が思い浮かぶ。


 ――『戦女神ヘルヴォル』。


 神のチャリオットに乗ってやってくるバルカの主神だ。


 戦車――キャタキャタうるさい謎の鉄の塊、バルカ人的にはよくわからない謎の乗り物。


 彼らバルカ人は、それこそ神のチャリオットだと判断した。


 そして、その神のチャリオットに乗っている、戦女神と言っても過言ではないほど美しい少女。


 しかも、それは古い歌の通り海の向こうからやって来たのだ。


 そして、今のバルカ王国は東の蛮族、モルロ人のオオトカゲ――龍に襲われている。


 もしやこれは……女神が助けにやって来たのでは?


 未だに科学的思考に染まっておらず、神を信じている中世風のこの世界の住人バルカ人。彼らなら、そう思っても仕方がない。


 バルカ人たちは、全員同じ考えに至り、そして、エリュテイアに首を垂れる。


「おお、戦女神よ。あなたをお待ちしておりました」

 

 と。


 そんな彼らに対し「マッチョな軍事国家ってことは、どうせ戦車とか好きでしょ?」とお気楽な考えで戦車に乗って上陸してきたエリュテイアは「なんだこいつら……」と困惑するのだった。

 適当な設定『モンスター制御』編


 エルフがモンスターを操る方法はテイム系の魔法、魔法で無理やり洗脳して操っています。


 一方のモルロ帝国が、オオトカゲを操る方法は物理的な家畜化です。魔法を使ってはいないので、理論上は誰でも真似できますが……オオトカゲの家畜化はなかなか難しいようです。


 トカゲの機嫌次第では飼い主が食べられちゃいますし……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ