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第二十四話 反撃の獣人とバルカ

 ビーストバニア獣人国第二の都市『タイガーバニア』陥落。


 そのニュースは、稲妻のように……とは言わないが、中世レベルの情報伝達能力しか持たないビーストバニア獣人国の割には素早く国内に知れ渡った。


 日本でいえば、突如大阪にエイリアンが攻めてきた並のニュース。彼らなりに必死になって情報を伝達したのだ。




 タイガーバニア陥落から、一週間後には直線距離で200km離れた王都ライカンバニアに情報が届き、そして……。


「グルルァッ! なんということだ! 我らの都市を醜い毛無し猿風情に奪われるとは!」


「こ、国王陛下! お、お許しを!」


「許さんッ!」


 ライカンバニアの王城。


 その玉座の間では、タイガーバニア陥落の知らせを受けた国王ライカン二世が、情報を伝えに来たトラ型獣人を殴りつけ、怒りの咆哮を上げていた。


「おい、伝令! 貴様の族長、タイガー族長は何をしていたのだ! こうも簡単に街を奪われるとは!」


 首を振り「国王陛下、それが私にも何が何やら」と呟く伝令。


「っち、役に立たん! おい、ベアー卿、何か聞いていないのか!」


 そんな伝令に腹を立てつつ、傍らの家臣、ビーストバニア軍務大臣、ヒグマの獣人ベアー卿に問いかけるライカン二世。


 その彼に対する返答は「……『強力な魔法攻撃にさらされた』らしいクマ」、という何とも内容の薄いもの。


「ふんっ、何が魔法攻撃だ! 惰弱なクソ虎め! 半年だけでも籠城してくれれば救援軍を送れたものを!」


 ぐるるぅ、と唸り「情けない連中め!」と、毒づくライカン二世。


 彼の常識では、都市がたった一日で陥落することなどありえないのだ。


 この世界には攻城砲なんて存在しない。


 そのため都市攻撃に使用できる遠距離兵器と言えば、精々人一人を倒すのが精いっぱいな魔法や弓矢くらいのものだ。

 いずれも有用な攻城兵器とは言い難い。


 基本的にこの世界の都市は、モンスター対策で城壁を持っている。


 城壁を持つ都市の防御力は極めて堅固で、どんな攻撃だって半年や一年持ちこたえることができる。


 それがこの世界の常識なのだ。


 ド級戦艦の31センチ砲にぼこぼこにされ、さらに毒ガス弾まで撃ち込まれるなど、この世界からすればありえないこと。


 それを知らないライカン二世は、都市を容易に奪われた不甲斐ないタイガー族に怒りを募らせるのだった。




「……それで、族長どもはいつになったら集まるのだ! 今すぐにでも、諸侯の軍を集め、卑劣な人間どもを皆殺しにしなければならないのだ!」


「お待ちください陛下。先ほど招集をかけるように、伝令を走らせたところクマ」


「っち」


 ライカン二世は、不機嫌そうに舌打ちをする。


 伝令を走らせ、国内に国王の命令が行き渡るまでに一か月、そこから、族長たちがそれぞれの軍を編成し王都ライカンバニアに集結するのに二か月。


 不浄な人間が神聖なビーストバニアの国土にいることなど許せるはずもない。


 今すぐにでも、タイガーバニア奪還に向かいたいのに、軍が集まるのは早く見積もっても三か月……。


 その事実が、どうしようもなくライカン二世をいらだたせるのだった。


「陛下、落ち着いてください。諸侯の軍がすべて集まれば10万の大軍を編成することも可能クマ。これは、ビーストバニアの歴史に名を残す大軍クマ」


「歴史に名を残せる大軍か。確か、50年前の黒エルフどもとの戦いでは我が軍の兵力は5万だったな……」


「そうですクマ。その時が過去最大の兵力ですから、その二倍クマ」


 50年前。


 まだライカン二世が生まれる前、彼の祖父に当たるライカン一世が国王だった時代。


 東のエルフとの国境紛争で行われた大規模動員。ビーストバニア史上最大級の大軍と呼ばれる5万の大軍。


 これは補給などの限界から動員できる最大の兵力だった。


「今回の敵の居場所はタイガーバニア、我が国の中枢クマ。ここなら補給も万全、国境付近での戦いに比べ遥かに多い数の軍を集めることができるクマ」


「つまり、この俺がビーストバニア史に名を残す大軍を率いて、卑劣な毛無し猿を打ち倒す……ふん、悪くないな」


 ライカン二世は妄想する。


 10万の大軍を率い、上陸してきた人間を皆殺しにする自分の姿を。


 この戦いに勝てば、自分はビーストバニアを救った英雄になれる。歴史上で最も優秀な国王の一人になるだろう。

 さらに彼が率いるのは歴史に名を残すであろう10万の大軍、そう負けることはない。


 先ほどでの不機嫌さは一変、むしろ、上機嫌になる。


 クソ虎め、あっさり街を捨ておって。だが、許してやろう。この俺様ライカン二世が活躍する場面を作れたんだからな……と言う風に。


 それが、大和帝国の思惑通りとも知らずに。






 大和歴304年7月15日。


 戦禍の後の残るタイガーバニア。その港に停泊する『富嶽』。その食堂ではボクとアヤメさんが向かい合ってご飯を食べています。


「はい、あーんしてください、エリュさん」


「ちょっ、一人で食べれますから大丈夫です!」


「嫌です、ほら、あーん」


 一緒に食べているのは海軍伝統のカレーライス。なぜか、あーんしようと必死のアヤメさん。


 ずいっとスプーンを突き付けられて……もう仕方ないですね。


「わかりました。ほら、食べさせてください」


 どうせ、成功するまで永遠にちょっかい掛けてくるんですよね、アヤメさん。


 それはそれで面倒くさいので、口を開けてひな鳥みたいに待機します。ほら、早く。


「おや、素直になりましたね! じゃあ、さっそく……」


 あーん……っと。


 アヤメさんがすっごく顔を見つめてくるので食べにくいですが、普通の美味しいカレーです。


「どうです? 美味しいですか?」


「……美味しいですよ」


「それは良かった。じゃあ、次は口移しですね!」


「それは嫌です。……ほら、あーんしてください。ボクが食べさせてあげますから」


 ほら、アヤメさん、食べさせ合いっこしましょう。


 発情して口移しされるよりかはマシです。


 そんなボクたちの隣では、黙々と無心でカレーを食べるロシャーナさん。「あー、甘ったるい」とか言ってます。


 カレーなのに? 


 まあ、この船のカレーは特別に甘口カレーですけど。ボクが辛いの無理なので。


 けど、甘ったるいというほどでは……。




「もしもーし! 総統閣下はおられますか!」


「ん、ここにいますよ、ミケさん。どうしたんですか?」


 なんて、やっていると食堂にミケさんがやってきました。ほらここですよー、と手を振って答えます。


 扱いのめんどくさそうな半獣人は全部外務省に丸投げしていたんですけど、今は、アヤメさん管轄の怪しい組織……。


「親衛隊半獣人情報部です。怪しい組織ではないですよ、エリュさん」


 ……に加入しているそうです。


 ビーストバニア獣人国には、通常の人間では諜報戦を仕掛けられないので、将来の独立を保障して半獣人さんたちに手伝ってもらっているわけですね。


 てか、心を読まないでください。むふー! って、得意げな顔になっちゃって……ほら、あーんしてください。


「相変わらず、ラブラブね。あなたもこんな中、よくご飯なんて食べれるね。……ロシャーナだっけ?」


「そう言うあなたは……ミケ、でしたよね? 美味しいですから、この国の料理は」


 ロシャーナさんと向かい合う席に腰を下ろしたミケさん。


「それで、何の要件でしたっけ?」


「あっ、えっと、情報が集まったので報告に」


「ん、ご苦労様です」


 資料の束を振って見せるミケさん。彼女から、資料を受け取って……。


 なになに、ビーストバニア獣人国が動いたと。予測通りですね、まあ、国内第二の都市を奪われて何もしないはずがないですよね。


 それで、軍の集結までに……三か月!?


「三か月って、流石に遅くないですか?」


「そんなものですよ、セレスティアル王国でもそのくらいでしたし……」


 さりげなくメイドさんから、カレーのおかわりを受けとりつつ、ロシャーナさんは言います。


 そんなものですか……。うん、この世界の人間がそう言うならそうなんでしょうけど……。


「じゃあ、エリュさん、その間に観光にでも行きませんか?」


「観光ですか?」


「バルカに置いた大使館より通信があったんです。せっかく、バルカ王国の近くまで来たので寄ってもらえないかと……」


 んー、悪くないですね。


 ここからバルカ王国までは、バルカ海を渡ってすぐです。船なら数日で着く距離です。


 あの国は筋肉バカらしいですけど、今発見されている唯一のまともな人間国家ですし……。

仲良くしておきたいです。


「返答はイエスです。バルカに向かいましょう」


「了解です。あとで、あの艦長に伝えておきましょう」


 ん、そうしてください。時間つぶしにも最適そうですし。


 しかし、バルカ王国ですか……。


 聞いた話では、古代ギリシアっぽくてなかなかお洒落な街並みなのだとか。


 何故でしょうね……エリュテイアになってからというもの妙に建築物に興味がわいてきまして。

 頭の隅に常に「帝都大改造計画!」みたいな計画が渦巻いているんです。 


 ついでに、急に絵を描きたくなってきて……。


 いい建物があったら、キャンバスに描くのもいいですねぇ。


「あっ、それでエリュさん口移しは……」


「はい、あーんしてください」


 まったく、仕方のない変態です。……けど、そういうところが可愛かったり。

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