第二十三話 総統閣下と衝撃と畏怖
大和歴304年7月7日。
イエネコ島攻略作戦から一か月くらい経ちましたかね?
今ボクがいる場所は、ビーストバニア半島の北。
海を挟んで北にあるバルカ半島とビーストバニア半島の間の海、バルカ海です。
二つの半島に囲まれているからか穏やかで、青い海、白い雲、輝く砂浜が美しい地中海風の海域ですね。
バルカ王国ともっと友好的になれたら将来的にここを観光地にしてもいいんじゃないかな? と思えるくらいには綺麗な海です。
季節は夏、やたらアヤメさんが水着にならないか誘ってくるくらいには綺麗な海なのです。
てか、アヤメさん、「この夏は『ビーチで総統閣下の太ももを見る会』を開こうとしたのに戦争で中止とか最悪です……」とか、気持ちの悪いことをおっしゃっているんですよ。
さらに「ビキニニーソは革新です! このお披露目は国家的行事ですよ」とか、とか、とか。
なんなんですか、太ももを見る会って。
まだ桜を見る会の方が数千倍は健全ですよ。
……って、そう言えば、今年の桜シーズンはいろいろ忙しくてあまり桜を見られませんでしたね。
目が覚めたらエリュテイア化とか、異世界転移とか、満州大陸とか。
来年は総統主催で桜を見る会でも開きましょうか。桜、好きですし。
さてさて。
今日のボクたちはそんなビキニニーソやら桜やら、平和な観光のために来たわけではありません。
ビーストバニア獣人国に引導を渡すためにやって来たのです。
ビーストバニア半島北岸、ビーストバニア獣人国第二の都市『タイガーバニア』。
王都『ライカンバニア』とほとんど同規模で、二つの都市の距離は200kmほど。
ライカンバニアが、東京だとすれば大阪くらいの重要度を持つ街です。
そのビーストバニア獣人国にとっては、重要な街のすぐ沖に、ボクは帝国海軍第一艦隊と共に布陣しているわけです。
第一艦隊の編成は、富士型戦艦2隻、出雲型装甲巡洋艦4隻、防護巡洋艦1隻、駆逐艦4隻。
第二艦隊はイエネコ島防衛のために置いてきましたが……ガレー船くらいしか持っていないビーストバニア獣人国相手には第一艦隊だけでも十分な戦力です。
そして、彼らの任務は、周囲の制海権の確保とこれから行う海兵隊による上陸作戦の支援。
まあ、イージーですよ。
「エリュさん、海軍による支援砲撃が始まります」
総統専用艦『富嶽』の会議室。
特設の揚陸指揮所になっているここで、ボクはネコミミカチューシャを付けたアヤメさんから報告を受け、海軍の攻撃を見守ります。
ちなみに部屋の中にはアヤメさんとボク、そして、数人の無線手さんしかいません。
本格的な指揮所は戦艦『富士』の中にありますからね。艦隊司令とかはそっちにおられます。
ここは、陸軍と海軍の報告を総統であるボクが聞くだけの場所です。
して。
船と言えば丸くて小さい窓が付いているイメージがありますよね。特に軍艦だとそう言うイメージだと思います。
しかし、富嶽の窓は大きくて立派です。特に会議室とか食堂とかの窓は「ご立派ぁっ!」と言いたくなるくらい大きいです。
窓枠なんかも、金箔とかで無駄に装飾されていて……。
軍艦と言うより豪華客船の窓って感じです。
そんな窓から外を見れば『富嶽』の右舷を進む、富士型戦艦『富士』『八島』の二隻の主砲が動いているところが見えます。
そして、その主砲たちは『タイガーバニア』に向けられ……次の瞬間、斉射。
窓がびりびりと震えます。
割れませんよね?
そんなこんなで、戦艦2隻、計16門の31センチ砲から発射された砲弾は、綺麗に街に吸い込まれ……建物を吹き飛ばします。
さらに追い打ちをかけるように出雲型装甲巡洋艦が20,3センチ砲を撃ちまくります。
遠目にも、街で火災が発生しているのか黒煙が空高く立ち上っています。きっと、あの街の中は地獄ですよ。
対ビーストバニア作戦『衝撃と畏怖』の始まりです。
「……砲撃にびっくりして街から逃げ出してくれればいいんですが」
さて、どこまでうまくいってくれるのか。
この作戦『衝撃と畏怖』の要は敵国民にできるだけ被害を出さず、降伏させるところにあります。
島民の九割が死亡とかいうイエネコ島の二の舞は避けたいところです。
作戦の第一段階は、重要戦略目標である『タイガーバニア』の占領。
極論してしまえば、この街さえ確保できれば、あとはどうだっていいんですよ。住人を殺す必要はありません。
逃げてくれれば、被害が最も少なくて済みます。
「エリュさん、前線にて戦果確認中の巡洋艦『和泉』より打電です。敵住民、未だ脱走せず」
「戦艦に撃たれても逃げないですか? なら、仕方ない、毒ガス弾の使用も要検討です。陸軍が持っていたと思いますが」
「上陸した海兵隊に連絡しておきます」
無線手に命令を伝えるアヤメさん。
ちなみにその無線手、一応親衛隊所属のメイド娘なのですが……ネコミミカチューシャを装備中です。
てか、アヤメさんを筆頭に親衛隊員全員がネコミミ化しています。
……ボクはそこまでネコミミが好きなわけではないんですけど。この前、ミケさんと話して以来こんな感じです。
まあいいか、アヤメさんは飽き性なので、あと三日くらいしたら飽きると思います。
アヤメさんネコミミ化事件は暫く置いておくとして……。
毒ガスと言っても目が痛くなるだけの奴です。催涙ガス、とでも言った方がいいかもしれません。
とにかく『タイガーバニア』の街から住民を追い出さないと、スムーズに街の占領ができません。
あの街の人口は約2万人。そんな場所で、市街戦なんてしたくはないですよね。
窓に張り付いて、海軍の砲撃の様子を見守っていると……タイガーバニア付近の砂浜から上陸した海兵師団から砲兵隊の射撃準備が整ったと報告が入ります。
当然、返答は「射撃開始」。
陸軍秘蔵の毒ガス弾を……って、街中で白い煙が上がり始めました。あの煙は……たぶんですけど、毒ガス弾ではないですね。
「もしかして、白燐弾も撃ち込みましたか?」
「はい、毒ガス弾は数が少ないそうで……だから、白燐弾も、追加で射撃と」
「良い判断です。榴弾よりかは安全にあぶりだせますからね」
白燐弾――まあ、単なる煙幕弾ですね。
ちょっとした焼夷効果ともくもくしてけむたいという二重効果があります。街から人を追い出すなら、毒ガス弾ほどではないですが効果的ですね。
そして、街中が毒ガスと白燐の白い煙に覆われた頃……。
「海兵師団より打電、敵住民逃走を開始」
「追撃は無用です。街の確保を優先してくださいね」
はい、作戦終了です。
これで、街の確保は成功しました。完璧です。
まあ、砲撃とかで1000人くらいは死んでいると思いますが、コラテラルダメージです。
市街地に突入して、ドンパチするよりずっと死者の数は少ないはずですから。
この攻撃で『タイガーバニア』の確保は成功。この後は『衝撃と畏怖』作戦の第二段階に移りますが……。
それができるかどうかは、相手次第。まあ、十中八九成功すると思いますが。
もし相手がこちらの思い通りに動いてくれなければ……『タイガーバニア』を取り返しに来てくれなければ、こちらから打って出る必要があります。
そうなっては欲しくないですね。めんどくさいですから。
ただ、彼らがどう動くにしても、ビーストバニア側が動き始めるまでに一か月はかかりそうですね……。
常備軍ではない中世の軍隊って、集結するだけで月単位の時間がかかりますし。
はぁ……なんで、こんなことになったんだろう。近代兵器の一つも持っていない中世レベルの国相手にこんな時間かけて。
ボクが本物のエリュテイアだったらもっとうまくやったのかな?
そう言えば、「本物のエリュテイア」はどこに行ったんですかね?
忙しくてそんなこと考える暇もなかったですけど……いつかは、解決しないといけない問題ですよね?
問題と言えば、ゲーム内の国家であるはずの大和帝国がこんな世界に転移してしまった理由も知りたいところです。
魔法に詳しそうなロシャーナさんにそれとなく「異世界に関する魔法とか知りませんか?」と聞いても……。
「べ、別にそんな魔法知りません。ゆ、勇者召喚したら国が召喚されたとか、そんなことはありません」
と、思いっきり目をそらされてごまかされてしまいましたし……。
まあ、「個人の魔法で国家を異世界に転移させる」、とかそんなトンデモ魔法は存在しないよね?
おそらく、ロシャーナさんは無実です。
てか、あの人、一応情報統制でボクの国が転移国家であること知らないはずですし。
たぶん。
いや、流石にもうばれているかなぁ……ロシャーナさんは、ボクの言うことなら何でも妄信的に信じちゃう大和帝国民じゃないですし、国家転移レベルの事を隠し通すことは無理ですよね?
説明した方がいい気がしてきたので補足説明『親衛隊』編
総統副官であるアヤメによって創設された謎の多い組織。この組織に所属するものは、なぜかメイド服を身に纏っている。
モットーは「忠誠こそが我が名誉」。
一応、総統の護衛を目的に設立された組織であるが、秘密警察、情報組織などを組織内に有し、単なる総統の護衛組織以上の事を行っていることも多い。
戦力としては常に歩兵一個連隊相当のメイド部隊を総統官邸に駐留させており、さらに戦時下になると勝手に拡張し機甲部隊などを有するようになる。
また、総統専用艦『富嶽』の運用を行う海上親衛隊なども存在している。
親衛隊長官はアヤメ。