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第二十一話 総統閣下とデブリーフィング

 イエネコ島民約1万人中、死者7000人、負傷者2000人。


 我が軍の被害、死者3名、負傷者12名。


 数字にしてみれば、たったこれだけ。


 これが、この数日の間にこの島で起きた戦闘の全てです。




 こうやって結果を数字にしてしまえば、味気ないものですね……まるで、戦略ゲームですよ。


 指揮官というものはこういう思いを皆味わうのでしょうか?


 第一次世界大戦中の司令官は、作戦で万単位の犠牲が出ると想定されても「その程度の犠牲で済むなら安いものだ」と攻撃を命じたらしいですね。


 例え攻撃目標が、戦略的価値の薄い小さな町だったとしても。


 ……実際、ボクもラスバタを始め、戦略ゲーをプレイした時は同じようなことを考えていましたよ。


「この戦争で10万人くらい死ぬかなぁ。けど、そのくらいの被害で済むなら安いかも。人的なんてしばらくしたら回復するし」


 なんて。


 ゲームだったらそれでいいかもしれません。


 けど、現実でそうなってくると……どうなんだろうね? 立場ある人間としてそれくらいの冷酷さは必要なのか、それとも、もっと人の命を大切にするべきなのか。


 難しい問題です。






 たった一分間の砲撃で瓦礫の山と化したイエ・キャットバニア。


 その沖に停泊する『富嶽』。その廊下をアヤメさんと並んで一緒に歩きます。


「エリュさん、捕虜となった獣人についてですが……」


 手元のメモ帳を読みながらアヤメさんはそう問いかけてきます。


 獣人さんですか……3000人くらいですかね、生きて捕虜になっているのは。この島に居られるのは困りますし、何より、彼らを食べさせる食糧がもったいない。


 なら……。


「ボートを用意してください」


「自力で船を漕いで本土に帰還しろということですか? 了解です」


 ん、そう言うことです。


 イエネコ島からビーストバニア本土まではそんなに離れていないので、ボートでもどうにか渡っていけると思います。


 保証はしませんけど。


 ドーバー海峡を渡るのと同じくらいの気合があれば行けると思います。


 あと、絶対にこの島からは出て行ってもらいます。ここは、今後、我が国の重要軍事拠点になる予定ですから、敵国民を入れておきたくはないんです。


「次に、半獣人ですが……。なにやら、エリュさんの事を“救世主”と呼んで感謝しているようで」


「救世主、ですか?」


「ええ、獣人たちからひどい扱いを受けていたようです。それで、エリュさんに感謝と服従のしるしとして、奴隷を一人送ると……」


「……奴隷なんて貰っても困るんですけど」


「彼らも新しい支配者であるエリュさんに媚びを売りたいんですよ」


 いやはや、まったく。


 そんな奴隷なんて時代遅れなものは必要としませんよ、ボクたちは。


 人権とかそう言うお話以前に、作業効率も利益率も低そうですし。


「さて、エリュさん。奴隷に関しては後々処理しましょう。この後は関係幕僚と会議です」


「えっと、場所はどこですか?」


 そう聞くと、アヤメさんは無言で、ちょうど真横にある扉を指差しました。


 ああ、会議室ですか。


 不必要に凝った装飾が施された無駄に広いあの部屋ですね。


 アヤメさんに、重たい扉を開けてもらって中に入ると、陸軍の東方大陸方面軍司令、海軍連合艦隊司令長官、及び、陸海軍の参謀の四人が先に集まっていました。


 今回の戦闘を振り返りつつ、テーブル囲んで戦略会議をするわけですね。




 ……

 …………

 ………………




「……以上が、陸軍からの報告です。閣下、あまり好ましくない状況ですな」


「そうですね、ボクもそう思います」


 簡単に戦闘報告を終えた陸軍の司令官さんは、「こりゃ、大変だ」と苦虫を噛み潰したような顔をします。


 ええ、ボクも彼に同意見です。


 確かに、この戦い、勝つには勝ちました。我が方の被害も少ないです。人質となっていた半獣人という人たちも助けることができました。


 戦術的には100点満点の大戦果でしょう。


 ですが、諸手を挙げて喜ぶことはできないんです。


 だって、敵の被害があまりにも大きいんですから。


「イエネコ島の人口が元々1万人……そのうち、死傷した者が九割、酷いですね」


「ええ、私もそう思いますよ、エリュさん」


 ボクがそう言うと、ボクの後ろに控えたアヤメさんがこくりと頷きます。陸海軍の皆様もおそろいで渋い顔です。


 今回の戦いの戦闘経過を簡単にまとめてみましょう。


 まず強襲上陸、そして、こちらの攻撃に反応しゲリラ化した島民と交戦。


 ゲリラを撃破しつつ、獣人たちをイエ・キャットバニアに追い詰め、包囲。


 その後、半獣人を人質にイエ・キャットバニアに立てこもった彼らに警告の大砲撃。


 流石の彼らも、戦艦六隻を投入した砲撃には堪らず降伏、イエネコ島は我が国の手中に収まった。


 ……ん、こんな感じですね。


 やっていることは極めて簡潔です。ですが、その結果は凄惨そのもの。


 彼らが降伏した時には、この島に住んでいた獣人たちのほとんどはあの世行き、怪我もなく元気に動けるものは1000人ほどしか生き残っていませんでした。


「もし、これが小さな島でなければ……そう考えるとぞっとします」


 青い顔をして呟く、おヒゲが立派な連合艦隊司令長官。


 確か名前は、とう……なんでしたっけ?


 苗字の最初の一文字が“東”だったことだけは覚えているですが……忘れました。東郷ではなかったはずです。


 はい。


 とにかく、彼の言いたいことはわかります。今回のイエネコ島の戦いは、今後行われるビーストバニア本土攻撃のテストのようなものです。


 彼らのうち、どれくらいがゲリラ化して、どれくらいを倒せば降伏するのか? 


 彼らがどんな戦略を使い、どんな思考をもって戦いに挑むのか?


 そう言ったことを調査する、そんな意味合いもあった戦いなのです。


 その結果、得られた答えは「人口の大半がゲリラとなり、九割が死傷するまで降伏しなかった」というものです。


 もしこの割合を、ビーストバニア全体に当てはめれば……彼らの人口は1000万ですから、500万人がゲリラ化し、さらに降伏させるためには900万人を死傷させる必要があるわけです。




 思わず、「冗談じゃない」と口にしてしまいます。


「閣下のおっしゃる通り、冗談にしても最悪です。今後の世界戦略を考えれば、ここでビーストバニアの国力を必要以上に低下させるのは悪手としか言えません」


 連合艦隊司令長官……以下、“東さん”もボクと同じ考えみたいですね。


 大虐殺して、敵を完全に屈服させる。我が大和帝国の国力をもってすれば出来ないことはないと思います。


 ですが、そんなことをしてしまったら、ビーストバニア獣人国の市場価値が戦後に大暴落してしまいます。


 市場と食糧目当てに戦争しているのに、全部焼き払ってしまっては本末転倒ってやつですよ。


 馬鹿になりません。


 さらに言えば、こんなところで貴重な時間と物資を浪費すれば、今後の世界戦略にも大きく響きます。


 だって、ボクたちに敵対的な国家はビーストバニア獣人国だけではないんですからね。


 エルフとか蛮族とか、ボクたち主導の世界秩序を形成するためには倒さなくてはならない標的が多数存在するんです。




「なら、獣人たちを上手く降伏させないといけませんね。エリュさん、何か良い案はないんですか?」


「あったら苦労はしませんよ……。あと、ボクの頭の上におっぱい置くのやめてください」


「おや、お嫌いですか? 私の胸?」


「嫌いじゃないけど……ほら、周りの目とかありますし……」


 ちょこんと椅子に座っているボクの後ろに立って、さりげなくボクの頭の上に胸を置いているアヤメさんにため息交じりで返答します。


 嫌いじゃないですよ、おっぱい。


 エリュテイア化する前のボクは健全な『男子』ですから。


 けど、時と場合というものがあってですね、真面目な会議中にする行為ではないですし……。


「はっはっは、仲がよろしくて大変結構ではないですか、閣下。実に微笑ましい」


「陸軍としても海軍に賛成である」


 なんて、東さん以下、軍人さんは微笑ましげに鼻の下を伸ばしていますけど……駄目です。


 大和帝国民は国民特性“変態”のせいで、変態になっているのかもしれません。


 ですが、ボクは違います。


 ボクは変態とは無縁に、真面目に生きたいんです。


 てか、そんなことしたらずれちゃいますよ、アヤメさん。


 パッドが。


 最近、聖女のロシャーナさんとか、『富嶽』艦長の夜桜さんとか、おっぱいが大きい人と関わることが多くて……アヤメさんが、対抗心を燃やしていると言いますか……。


 アヤメさん、胸が小さいことをとても気にしているみたいなんですよね。


 たまに、パッドが片方無くなっていることもあって……凄く気まずいです。


 ……っと、いけない、いけない。


 今は、アヤメさんのおっぱいなんてどうでもいいんですよ。


 なんとか、敵をうまく降伏させる方法を考えないといけないんです。




 ……んー。


 暫し、考えていると陸軍参謀が思い切り挙手をしました。


 自信満々に“シュバッ”って感じです。


 ボクが「……どうぞ」と指名すると彼は、挙手の時よりもさらに勢いよく“バァーン”という感じで立ち上がりました。


「閣下、陸軍参謀としましては敵国王『ライカン二世』の拿捕を要求します」


 ライカン二世、敵の国王……それは……。


「いい考えです。その手がまだ残っていましたね、スジさん」


「私は辻です、エリュテイア閣下」


 あっ、そうでしたっけ……?


 すみません……陸軍はみんな坊主かハゲだから、あんまり名前を覚えられなくて……。

 

 っと、そうじゃなくて、『国王捕獲作戦』です。ボクはいいと思いますよ。


「敵国民全員を攻撃し抵抗を諦めさせることは困難、それに比べれば国王をピンポイントに狙い彼一人を屈服させる方がはるかに容易であります」


「犠牲も少なくて済みますからね。悪くないです、気に入りました」


「はっ、閣下にそう言ってもらえるだけで最大の名誉であります」


 ビシッと敬礼を決める辻さん。


 そうですよ、相手には国王がいるんです。我らが大和帝国と同じ独裁国家。今、地球で大流行の民主主義国家ではないんです。


 わざわざ、国民全員をぼこぼこにして降伏を覚悟させなくても、王様だけ降伏させたらそれでいいんです。


 王様が降伏すれば、それは国家の降伏です。皆殺しにする手間が省けます。


 ……ふむ、この案は採用ですね。


 問題は、どうやって敵国王を拿捕し、さらに降伏を覚悟させるか……。


 それはそれで難しいですね。考えないと……。

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