第二十話 大砲撃
港町『イエ・キャットバニア』。その正面門のすぐ目の前。
そこに立つイエネコ族族長デカキャット12世は自らの計画が上手くいっていると確信していた。
「ぶにゃぁー! それ以上近づくと、半人間を皆殺しにするぞ!」
彼はただ一人、城壁から打って出て少女――ミケを人質に、大和帝国軍と対峙する。
ミケは、獣人が『半人間』と呼び、この世界の人間が『半獣人』と呼ぶケモミミ人種だ。その容姿はほとんど人間で、違いがあるとすれば猫耳と尻尾くらいだ。
人間らしい見た目の人質を前にどうしたものかと、暫し静観を決め込む大和帝国軍。
この瞬間、近代兵器を装備した万の軍勢を前に、たった一人の老猫獣人が立ちふさがるという奇妙な状況ができていた。
「ふひゃひゃ! 人間め! 人質を前に手も足も出まい!」
「い、いやぁ……離して……」
涙目で弱々しく抵抗するミケ。
そんな彼女を「黙れッ! この下等生物め!」と殴りつけ黙らせながら、デカキャット12世は勝利を確信し高笑いをする。
使えない半人間のクソ奴隷だと思ったが、試しに人質にしてみれば意外と役に立つじゃないか。
薄汚い人間の見た目をした生き物も使いようだな、とにんまりほくそ笑んだのだ。
「うぉぉぉ! 族長に続け! 俺たちも奴隷を人質にするんだ!」
そして、そんなデカキャット12世に続くように、城壁の中から獣人たちが飛び出してくる。当然、奴隷階級であった『半獣人』たちを人質にして。
百人ほどだろうか?
街中から奴隷半獣人を集め、それを人質に獣人たちが街の前面に並ぶ。さながら立てこもり事件だ。
「クソ人間ども! 少しでも動けば、この半人間の命はないぞ!」
「ひゃはは! 獣人様の領地から出て行け!」
獣人たちは口々に叫ぶ。
人質を取った瞬間、近代兵器を装備した大和帝国軍が攻勢を停止した。それを見た獣人たちは、これこそが、自分たちの生き残る最善の策だと信じたのだ。
だが、そう思われては不都合なのだ。
大和帝国にとっては。
だから、エリュテイアは指揮下の全部隊に「猛射」を浴びせるように命令した。
“人質”という選択肢が彼らにとって最善ではないことを、血と鉄をもって教えるために。
「1200……よし、時間だな。いいか、これは我らが総統閣下からの命令だ、容赦は不要。目標敵都市、主砲、うちぃかた始め」
「目標敵都市、距離6200、うちぃかた始め」
イエ・キャットバニア沖約6km。
そこに停泊する帝国海軍、第一、第二艦隊の戦艦6隻がその主砲をイエ・キャットバニアに向ける。
ド級戦艦2隻、前ド級戦艦4隻。
合計32門の31センチ砲が一斉に火を噴く。
さらに、それだけではない。同じく艦隊に所属する装甲巡洋艦6隻、防護巡洋艦2隻、駆逐艦8隻も各々の搭載する火砲の全てをイエ・キャットバニアに撃ち込んだのだ。
「な、言っただろう副長。我慢してりゃ、総統閣下の御旗の下に戦えるってな」
「はぁ……。しかし、都市砲撃とはいささか不満でありますなぁ。やはり、我が海軍は敵艦隊の撃滅が主任務であり……」
「馬鹿野郎、敵艦隊がいないんじゃ海戦もできん。それに都市砲撃も悪いもんじゃない。戦略的な攻撃って、言えばカッコよく聞こえんか?」
「いえ、全然」
砲撃に参加する艦艇の内の一隻、防護巡洋艦『千代田』の艦橋では艦長鮫島が副長とくだらない話をしているが……。
まあ、それは今回の戦いにあまり関係はないだろう。
ちなみに大和帝国海軍は熱烈な艦隊決戦主義である。
砲撃を行ったのは海軍だけではない。
「海軍に負けるな! 陸軍の意地を見せろ! 連隊全火砲『急射』!」
「きゅ、『急射』ですか? し、しかし、連隊長! それでは命中精度が……」
「街のどっかに当たればいいんだ、多少の精度低下は気にするな!」
イエ・キャットバニア付近の砲兵陣地。
そこでは、第一海兵師団所属の砲兵連隊が、今まさに射撃を開始しようとしていた。
75mm野砲24門、105mm軽榴弾砲12門。合計36門の火砲がイエ・キャットバニアに向けられる。
さらに……。
「満州大陸派兵といい、最近は海兵師団ばかりが活躍しているな」
「はっ、この辺で我ら一般の師団も戦えるというところを見せなくてはいけませんな」
強襲上陸専用の部隊である第一海兵師団と並んで、イエネコ島攻略作戦に投入されたもう一つの師団、陸軍第三師団。
一般編成の師団でこれと言った特徴がなく、あまり見せ場のない彼らも、ここぞとばかりに師団隷下の砲兵連隊32門を差し向け一斉に『急射』をもって射撃しようとしていたのだ。
ちなみに『急射』とは砲の発射速度の単位だ。
十秒間に一発、一門あたり毎分6、7発程度の射撃を行うことを意味する。
ほとんど砲の限界性能にも近く、さらに言えば連射の反動で命中精度は大きく落ちる。
しかし、今回は目標が“街”であるため問題視はされないようだ。
陸軍、海軍。
軍艦の主砲、副砲。
師団砲兵、連隊砲、大隊砲。
大小合わせれば200門近い火砲が、イエ・キャットバニアに向けられ……。
そして、総統が命令した1200時に一斉に砲撃を開始したのだ。
その発射弾数は陸軍だけで一分間に約600発、さらにここに海軍の砲撃が追加されるのだ。
陸海軍、合計すればたった一分間で1000発近い砲弾が、元々1000人程度しか住んでいなかった小さな街、イエ・キャットバニアに叩き込まれたのだ。
イエ・キャットバニアは無防備な都市ではない。ファンタジー世界らしく、小さいながらも城壁を持つ城塞都市ではある。
だが、中世レベルの城壁など戦艦の主砲さえ投入されたこの大砲撃の前に役に立つはずがない。
分厚い戦艦の装甲すら貫徹する31センチ砲弾が命中すればいかなる建物も粉砕し、陸軍の野戦砲弾は榴散弾にて鋼鉄の雨を降らせる。
「ふ、ふにゃー! い、いったい、これは、どんな大魔術んだニャーッ!」
「た、助けてくれ! 家が崩れたんだ! 妻が生き埋めに!」
「腕……俺の腕がない……どこ?」
「に、にげるんだぁ! にげるしかない!」
街の中に響き渡る崩れた建物の下敷きになった者の悲鳴、榴散弾の鉄片に腕を吹き飛ばされたものの嘆き。
砲撃開始から、たった一分で街のあらゆる物体が破壊されイエ・キャットバニアの内部は阿鼻叫喚の地獄と化す。
「ぶ……ぶにゃぁ! な、なんだ! なんなんだ! これは!」
一瞬で街が消し飛んだ。そう表現されてもおかしくない猛砲撃に、デカキャット12世は驚愕し目を見開く。
未だに火薬すら存在しないファンタジー世界。
彼らは“砲撃”と言う概念を理解していない。そう言った攻撃が存在することを知らない。
だが、それでも、この攻撃が自分たちを絶滅するに足りる破壊力を持つものだと理解したのだ。
第一次大戦を戦った兵士の言葉にこういうものがある。
「戦場の地獄を前に、兵士の誇りは吹き飛んだ」
近代戦が誇る圧倒的鉄量。
桁違いの砲力を投入した猛射は、獣人の脳裏に「絶滅」と言う可能性を叩き込み、「自分たちは獣人であり、人間なんかより優れた種族である」と言うプライドを粉砕した。
そして、一瞬で現状を理解させた。
自分たちに抵抗する手段はない。人質など全く無意味なのだと。
一発の31センチ砲弾が、イエ・キャットバニアの城壁に命中する。
片田舎の街にしては分厚く頑強な城壁、ゴブリンなどのモンスターの攻撃を容易く弾き返してきたイエ・キャットバニアの誇り。
それが、砲弾の炸裂と同時に根底から吹き飛ぶ。
どうしようもない死が迫る感覚。
どうあがいても勝利はない。
砲撃開始からわずか一分。
たった一分で、イエネコ族族長デカキャット12世は全てを察し決断を下す。
「ひっ、人質を開放するんじゃ! もうだめじゃぁ」
「ぞ、族長!」
「人間に降伏するんじゃ! 命だけは見逃してもらうように頼み込むんじゃ! 奴隷になっても構わん! 死ぬよりかはマシじゃ!」
プライドも何もかも消し飛び、最後に残ったのは生への渇望。
人質作戦を展開していた獣人たちは一様に顔を見合わせる。そして、族長と同じ結論に達する。
ここで何もできずに死んでしまうよりかは、汚泥を啜ってでも生き延びた方がマシだ。
彼らは、人質としていた半獣人たちを開放し、一斉に手を上げ降伏する。
大和帝国軍が、イエネコ島を完全に攻略した瞬間だった。
適当に補足説明『現段階での大和帝国海軍の編成』編
ビーストバニアとの戦争に投入されている艦隊は、第一艦隊と第二艦隊でそれぞれの編成は……。
第一艦隊
第一戦隊 富士級戦艦 富士 八島
第四戦隊 出雲型装甲巡洋艦 出雲 磐手 八雲 瑞雲
第一水雷戦隊 防護巡洋艦『和泉』以下 駆逐艦4隻
第二艦隊
第二戦隊 敷島型戦艦 敷島 朝日 三笠 初瀬
第五戦隊 春日型装甲巡洋艦 春日 日進
第二水雷戦隊 防護巡洋艦『千代田』以下 駆逐艦4隻
と、なっています。
海軍全体となるとこのほかにも第二艦隊と同じく敷島型戦艦を主力とした本国防衛用の第三艦隊。
防護巡洋艦を装備した偵察艦隊。
小型の旧式駆逐艦などを装備した地方隊などが存在しています。
さらに、未だに修理が終わっていない艦艇も存在するので、それらの修理が終われば、最終的にはもう一個艦隊追加され主力艦隊は四個艦隊になる予定。




