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第二話 召喚

 これはとある異世界のお話。


 海に面する絶壁に作られた城。


 そこはまさに戦乱の真っ最中であった。城に籠城する人間の兵士たち、それに襲い掛かるのは長い耳を持った種族“エルフ”。


 戦いは明らかに人間側劣勢であった。地を埋め尽くすほどの大軍を有するエルフに対し、人間たちの兵力は僅か数百。

 堅牢な城に籠っているとはいえ、このままでは、一日と持たず陥落することは間違い無いだろう。


「聖女様っ! これ以上は持ちません! エルフどもの手によって東門が突破されます!」


「くっ、あと少しだけ持ちこたえなさい! もう少しで、完成するから!」

 

 城の中央大広間、そこで悲鳴のような報告を上げる伝令の兵に、聖女と呼ばれた美女は答える。


 彼女が見つめる先には広間の床に一杯に描かれた巨大な魔法陣があった。


「勇者召喚の魔法陣。これだけの出力があれば、エルフの大軍勢を退ける大勇者を召喚することだって……」


 勇者召喚の魔法陣。


 強大な魔力を持つ聖女である彼女にしかできない、起死回生の一手。


 人間たちの希望を集め、それを形にする。伝説に名を刻むような勇者を呼び出す術式だ。


 圧倒的に兵力で劣る人間側に残された数少ない反撃の手段。優れた戦闘能力を持つ勇者が現れれば、この圧倒的劣勢すら巻き返すことができるかもしれない。

 追い詰められた人間たちの最後の希望がそこにはあった。


「この城はこの国最後の砦、ここが落ちればこの大陸に人間の居場所はない……絶対に成功させないと」


「聖女様! 勇者召喚の魔法陣がついに完成しましたぞっ!」


「じいや、それは本当ですか?」


「ああ、このじいやにミスはありませぬ! 早く召喚を! もうこの城は一刻と持ちませぬ!」


 魔法陣の完成、ならばすることは決まっている。


 王、騎士、賢者。様々な人々が見守る中、聖女は大きく深呼吸をすると魔力を籠め、魔法陣を発動させた。


 猛烈な光を放つ魔法陣。強大な魔力が膨れ上がり、異界との接続が行われる。


「こっ、これは!」


「素晴らしい! これだけの魔力反応だ! エルフを撃退することができるほどの神話の英雄が召喚されたに違いない!」


 それを見たものは術の成功を確信した。


 だが、しかし……現実は非情である。


 光が収まったそこには何もいなかった。強力な魔力によりズタズタに破壊された魔法陣だけが残っていたのだ。


 絶望が支配する。誰もが言葉を発せないような悪夢。


 勇者召喚の失敗。魔法陣も破壊され、再度の召喚は不可能。いや、仮に魔法陣が残っていても聖女の魔力が尽き果てているためどのみち二度目の召喚はできなかっただろう。


 この状況から導き出される結論は……王国の滅亡。


 いや、それだけではない。この大陸の全人間がエルフの支配に犯されることになるのだ。




 全てを投げ捨てたくなる現実。


 だが、そんな中、一人の男だけは冷静さを失っていなかった。


「まさか失敗したというのか。再度召喚術を行う時間は残っておらぬ。おい衛兵! 聖女様と賢者殿を連れてこの城から脱出せよ!」


「しかし、王よ! この大陸にもう逃げ場など!」


「船がある! 船で海に逃げるのじゃ! 今なら秘密の通路を使えば隠しておいた船の場所までたどり着けるであろう! 人類の希望を失ってはならぬのだ!」


 勇者召喚の失敗。王国の滅亡、人間たちの人権喪失。大陸内の全ての人間がエルフの奴隷になる未来。


 それは、もうもはや避けられない事実。

  

 だが、王は全てを諦めてなどいなかった。


「聖女様が脱出されるまでの時間は王であるこのワシが稼ぐ! 急ぐのじゃ! 我が騎士よ、付き合ってくれるな?」


「はっ、もとより王に捧げた命、惜しくはありません」


 命令を下す老いた国王。かしずく騎士。


 彼らの覚悟に兵士たちは最後の敬礼をし、聖女を連れて城を脱出した。




 そして……。


「王っ! 城門が突破されました。エルフどもがなだれ込んできま……ぐあぁぁっ!」


 大広間の扉が開け放たれ、駆け込んできた伝令の兵が後ろから放たれた火炎魔法により焼き殺される。


「脆い脆い、下等種族の最後の砦など、この優等種族エルフ様の力をもってすればちょいと小突くだけで一撃よ」


 崩れ落ちた兵士の後ろから、にんまりと残忍な笑みを浮かべた長耳の種族、エルフが王たちの前に現れる。

 そのさらに後ろには数え切れないほどのエルフ兵。いずれも勝利を確信し、卑しい笑みを浮かべていた。


 隊長らしいエルフは、最後の残されたわずかな百人にも満たぬ人間側の兵力をあざ笑うように見渡すと、地面に描かれた魔法陣の残骸に気が付いた。


「おっと、なんだこの魔法陣は? 何か大きな魔力反応があったと思えば勇者召喚の術か? ……しかし、ここに勇者はいない、術は失敗したようだなぁっ! 下等種族らしい無様さよ!」


「だったらなんだ、長耳よ? ワシらに勝ったからといい気になるなよ、自称優等種族! 忘れるな、わしら人間はまだ滅んではおらぬ。希望は残った」


「負け惜しみか? まあいい、兵士どもよ、男は殺せ、女は犯せ! 劣等種族と優等種族の間に子は出来ぬ、思う存分楽しめ!」


 非道な命令に歓声を上げるエルフ兵たち。


 かくして人間の兵士たちは最後まで奮戦したものの玉砕、皆討ち死にし、女たちの末路は言うまでもない。

 こうして、この城は陥落し、この大陸における人間の最後の領土は失われた。


 しかし、王が言い残したように希望は残った。


 それは聖女が逃げ延びることに成功したことではない。


 勇者召喚の術は失敗などしていなかったのだ。


 勇者召喚の術式は単に「勇者」とされる個人を呼び出すものではなかったのだ。人類の希望となる存在を召喚するものだったのだ。


 この大陸よりはるか東の洋上、そこに巨大な魔力反応が発生する。そして、現れるのはこの世界にとっては未知のものとなる島国。


『大和帝国』


 “ブリカス”、“美大落ち”、“総統閣下”、様々な異名を持つとあるプレイヤーに率いられたゲーム内の近代国家が、この世界に召喚された瞬間だった。

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