第十七話 総統閣下と進攻開始
大和歴304年6月1日。
この日、ついにボクたちは、軍民両方の準備を整え、この世界の異種族国家との戦争を始めます。
その目的は極めて単純、帝国の自存自衛のためです。
我が大和帝国が生き残るためには、食糧と市場が必要で、それは唯一国交を結ぶことに成功したバルカ王国だけでは満たせない。
我が帝国の人口は1億2000万、バルカ王国の人口は多く見積もっても4000万人しかいませんからね。
だから、他の異種族国家たちとも“お話し合い”をしなくてはならない。
東方大陸西部、ビーストバニア半島沖数十キロ。
そこを戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻、防護巡洋艦2隻、駆逐艦8隻からなる帝国海軍第一、第二艦隊が突き進みます。
現在の帝国海軍は三個艦隊を持っていますから、その三分の二の戦力ですね。
転移時は最終戦争で損傷していた艦も、最近になってようやく修理されて動けるようになってきました。
戦力に余裕ができてこれだけの大兵力を動かせるようになってきた感じですね。
目指す目標は、ビーストバニア半島のすぐ南に浮かぶオアフ島ほどの小さな島、『イエネコ島』。
これから行う戦争の最初の攻略目標です。
この島は、東方大陸西部の国家ビーストバニア獣人国に属する島、ビーストバニア獣人国は位置的に見れば我が帝国に一番近い国ですね。
諜報部の報告によれば多くて人口は多くて1000万人ほど、我が国の十分の一以下ですね。
技術力は中世レベルで恐れるほどではないそうです。
位置的にも、国力的にも、ボクたちに敵対的な異世界国家の中で最も相手しやすい国です。
遊牧民国家モルロ帝国のように変なオオトカゲを飼っているわけでもないですし、魔法が得意なエルフと言うわけでもないですし。
与しやすい相手を叩き、勝利を得る。
そして、その第一歩がこの『イエネコ島』になるわけです。
この島は、ビーストバニア獣人国の中枢からはるか離れた田舎の小島です。広さはオアフ島くらい、産業と言えば農業と漁業くらいしかないでしょうね。
ネコ系の獣人が住んでいるとかなんとか。
島民は1万人くらいでしょうか? そんなにはいないそうです。
あまり、戦略的に重要そうには見えませんよね。
経済的な価値もないし、占領したところで田舎過ぎてビーストバニア獣人国に政治的圧力をかけることもできないですし。
それどころか、中世レベルの獣人国の情報伝達能力だと、この島が攻撃されたことに気が付くのに月単位でかかってしまうかもしれません。
なにせ、ビーストバニア半島はアラスカ程度の大きさがありますからね。
端っこから、中央部に無線も使わず連絡しようと思えばどれほど時間がかかる事やら。
東方大陸内の戦争であれば、まったく攻撃される心配がないほどの田舎の島。それがイエネコ島なのです。
しかし、海の向こうから攻める我々にとっては全く話が別です。
この島は、人が居住可能な最低限の大きさがあり、なおかつ、ほとんど防衛戦力が存在していません。
さらに、最低限港として使用できる良湾があるのです。
このイエネコ島を拠点に海軍を展開していけば、より効率的に東方大陸に攻撃できるというわけですね。
さて、そんなイエネコ島を攻略するための我が方の戦力ですが……。
陸軍は二個師団、約三万人。
海軍は先ほども言ったように戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を中核とした艦隊。
そして、ボクの護衛の親衛隊員もこの前、満州大陸に向かった時より大幅に増強されています。戦車と自動車化歩兵をそれぞれ一個大隊です。
まさに牛刀で何とやらです。
人口一万人も存在しない島に、三万の陸軍が艦砲射撃の支援の下攻撃するんですから、戦いにもなりませんよ。
……ついでに親衛隊所属ですけど機甲大隊もありますし。
「右手に見えるのが、我が艦隊の主力戦艦『敷島型戦艦』です。31センチ連装砲二基を主砲に持つ前ド級戦艦です」
「なんと、雄々しい! 素晴らしい軍艦です」
ここは総統専用艦『富嶽』の艦橋。
そこにいるのは、ボクと聖女ロシャーナさん。……あと、艦長以下艦橋要員の皆様と、いつもボクとセットのアヤメさんですね。
ロシャーナさんはボクの艦隊を見て子供のようにはしゃいでいます。
今回の戦い、圧倒的勝利は確実です。
だから、この機会を利用して政治的パフォーマンスをしたいわけです。
そう言うわけで連れてきました、聖女様。観戦武官的な感じですね。
我が帝国の力を見せつけるためにバルカ王国からも観戦武官を呼びつけたいなぁ、なんて思っていましたが、そちらは予定が合わず……残念です。
さて、今ボクがロシャーナさんに紹介しているのは、『敷島型戦艦』――のどれかですね。今回の艦隊に敷島型は4隻あってどれがどれやら……。
同型艦の違いなんて分かりませんよ。
とにかく、その『敷島型』はその巨大な船体を自慢するかのように、『富嶽』に近づき並走します。
あっ、信号灯がチカチカしていますね。
「閣下、並走する三笠より、通信。『総統閣下にご挨拶申し上げます、本艦の戦いを是非ご覧あれ』との事です」
「あっ、夜桜艦長。解読ありがとうございます」
『三笠』からのモールスを解読して教えてくれたのは、『富嶽』の艦長、夜桜さん。今日もおっぱいが大きいです。
……しかし、どうしてでしょうか、ボクの後ろに立っているアヤメさんと見つめ合っているんです。
……まさか、そういう関係?
「違いますよ、エリュさん。警戒しているだけです、私のエリュさんに手を出さないように」
「ふーん……」
馬鹿みたいなことを考えていたら、アヤメさんが「私はエリュさん一筋ですよ」なんて言いながらぎゅっと後ろから抱きしめてきました。
悪い気分ではないですね……って、アヤメさん、ちょっと胸大きくなってません?
もしかして、胸パッド?
第一次世界大戦レベルの技術力しかない我が国に、シリコン素材の胸パッドが存在しているかは謎ですが……。
変態しかいない国ですし、そういう技術だけは21世紀並みに発展しているんでしょう。
知りませんけど。
アヤメさんのおっぱいに関しては、気づかないふりをしておきましょう。女性のおっぱいは極めて難しい問題ですからね。
さて、聖女さんとのお話に戻りましょうか。
先ほどまで『富嶽』と並走していたのは『三笠』。
敷島型の……何番艦でしたけ?
大日本帝国の敷島型と違って大和帝国国の敷島型は20隻以上建造しているので、どれがどれやら。
ゲーム内で結ばれた海軍軍縮条約の影響で『敷島型』より高性能の艦が建造できなくて、結局こればっかり造ることになってしまったんですよね。
何番艦だったかは、さっぱり忘れてしまいましたが『三笠』の名前はよく覚えています。つい先日まで連合艦隊の旗艦を務めていた船ですね。
名前的に縁起がいいので旗艦にしていただけの船ですが。
っと、三笠が離れると……来ましたね。
先代の連合艦隊旗艦が離れたあと、入れ替わるようにやって来たのは新しい連合艦隊旗艦です。
「エリュテイア閣下、あの船は……? 先ほどの船より大きく見えますが」
「ええ、大きいですよ。ロシャーナさん、あれは、我が国初のド級戦艦『富士』です」
「……『富士』」
富士型戦艦――前ド級戦艦だった大日本帝国のそれとは違って、我が国のそれは31センチ連装砲を四基、八門持つド級戦艦です。
主砲は、艦の中心線上に前後に二基ずつ背負い式、長門型とかの配置が近いですね。
我が国初のド級戦艦で排水量は2万トン以上、この艦を初めて見れば科学に疎い異世界人ではなくてもびっくりするくらいの巨艦です。
速力は22ノット程度。装甲防御も十分。
最終戦争勃発により、海軍軍縮条約が無効化されたため建造された艦です。
戦争による工期の遅れなんかで最終戦争中にはぎりぎり間に合いませんでしたが……こうして、異世界にやって来てようやく完成し実戦参加をするわけです。
今回の作戦には、完成している一番艦『富士』と二番艦『八島』が参戦しています。って、二隻並んで『富嶽』と並走していますね。
……どっちがどっちかわかりませんけど。
「素晴らしい鋼鉄の巨艦です。これほどの船があるのなら、エルフとの戦いにも負けはしないでしょう」
「そうだといいんですけどね」
エルフとの戦い……正直、東方大陸の方で手一杯で、エルフのいる西方大陸に手を回している余裕はないんですよね。
エルフさん達はまともな航海技術を持っていないみたいですから、大和本土に来ることはなさそうですし、放置していても西方大陸における人権侵害以外、実害はなさそうですし。
もちろん、こちらの手が空けば、人道的支援とかそう言う名目で市場確保のために西方大陸にも攻め込んでいいかもしれませんが……少なくとも、それはもう少し先の話になりそうですね。
「閣下、もうすぐ我が艦隊の先鋒、防護巡洋艦の『和泉』がイエネコ島に到着するようです」
「よろしい。では艦長、ボクたちも続いてください。お客さんに最高のショーを見せてあげなくては」
夜桜さんの報告にボクはそう命じます。
最前線で戦いの様子を見なければ、せっかくお客様を連れてきた意味がないですからね。
ちょっとした解説 『ビーストバニア獣人国』編
東方大陸西部、ビーストバニア半島に存在する獣人の国家。国土面積はアラスカ程度で人口は1000万人程度。
距離的に最も大和帝国に近い国ではあるが、海を挟んで4000kmほど離れている。
政治体制は一応はライオン族の王、ライカン二世を中心にした王権政治となっている。
が、その他の部族の族長も力を持っているため、絶対王政と言うよりかは封建的な雰囲気、多数の小国の集まりと言った雰囲気が漂っている。