表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/138

第十六話 演説

 大和帝国首都『帝都』。人口1000万人を超える、この世界最大の都市だ。


 その中枢にある巨大な建築物『帝国スポーツ宮殿』。


 帝国の繁栄を示す豪華な外観はまさに神殿のそれ。帝国でも随一の多目的催事会場であり、その収容人数は一万人を超える。


 この建物を日本にあるものに例えるなら、東京ドームや両国国技館などが近いだろう。普段はスポーツの大会や音楽のコンサートが開かれる華やかな建物だ。




 だが、この日は雰囲気が違った。いつもの楽しげな雰囲気はどこにもない、重々しい緊迫した空気がそこには漂っていた。


 軍服をしっかりと着こなした軍人。


 不安そうに民衆を見つめる政治家。


 今日のために新調した白衣を身に纏う学者。


 普段剃らない髭を綺麗にそり上げて身なりを整えた労働者。


 いつもなら家で夫の帰りを待っている主婦。


 広い会場を埋め尽くす、民衆たち。誰もが緊張した面持ちで、そのスポーツ宮殿の中で待機していた。


 あまりにも多種多様。一つの分野、一つの職種に偏ることもなく、年齢も性別も様々。それは、まさに、この国の縮図と言えるほどだ。

 普通であれば決して交わることのない、ありとあらゆる分野の人間がそこに集まっていたのだ。


 そんな、彼らが待つのは一人の少女。


 大和帝国総統、エリュテイアだ。


 民衆は国旗である日章旗と総統を象徴する桜の紋章に彩られた演台を見上げる。


「何か総統閣下から重大な発表があるらしい」


「最終戦争に関わるものなのだろうか?」


「もしや、ついに終戦するのか? 我が国の勝利なのか?」


 民衆たちは思い思いに想像し、そして、小声でささやき合う。一体、なぜ我々がここに集められたのかと。




 そんな中、長い銀髪をなびかせる黒衣の軍服を身に纏った少女――エリュテイアが演壇の上に現れる。


 民衆はその美しさに息を呑み、そして次の瞬間、諸手を掲げ口々に叫ぶ。


「閣下だ! 総統閣下だっ! 太もも万歳ッ!」


「常に忠誠を! 総統閣下っ!」


 何度も何度も、万歳三唱を唱える。


 国民特性の熱狂的愛国心と指導者崇拝、二つが組み合わさり、洗脳に近い効果を生み出しているのだ。


 熱狂、狂気。独裁国家のありさま。


 その民衆を、エリュテイアは静かに手で制し、黙らせる。


 濁流のような狂気を、炎のような熱気を、一瞬で制止させる。それこそ、独裁者エリュテイアに与えられた能力だ。

 誰も、何もしゃべらない。まるで先ほどまでの熱狂が嘘のように、沈黙が会場を支配する。


 しんと静まり返り、誰もが総統であるエリュテイアの言葉に耳を傾ける準備ができたその時、ついにエリュテイアは口を開く。


「大和歴304年3月13日、我が帝国に緊急事態が発生しました。それは最終戦争における事態ではなく、むしろ、もっと危険で驚異的な出来事です」


 エリュテイアは淡々と口を開き「我が国はこれまでとは違う世界、異世界に転移しました」と事実をただ述べた。


 演説を聞く民衆の中に緊張が走る。“異世界転移”非科学的で信じがたい現象、だが、総統が言うのであれば、彼らにとってそれは絶対的な真実。

 そして、工業国である帝国にとって、それがどれほど危ない状況であるかをすぐさま理解した。


 市場の喪失、食糧不足。何もかも、帝国の根幹を揺るがす危機だ。


「これが我が国にとってどれほど危機的な状況か、それは諸君らも理解していると思います」


 エリュテイアは嘘をつかない。異世界に転移したことが好ましくないことであること、そして、現在帝国が危機的状況にあることをしっかりと認める。


「この二か月と少しの間、我が優秀なる帝国陸海軍は、この状況打開のために東奔西走してきました。そして、つい先日、この異世界の国家と接触することに成功しました」


 そして、一抹の希望を民衆に与えるのだ。


 彼女の声に聞き惚れる民衆たちは「おおっ!」と一斉に歓声をあげる。この国民、さっきまで最終戦争について、考えていたというのにもうすっかり忘れているようだ。


 そんな民衆に対し、エリュテイアは少し悲しげな表情を見せ「しかし……」と続けた。


「しかし、その国々は我々の常識の通用する相手ではなかったのです」


 彼女は語った。この国に存在する国々について、そこに住まう異種族について、そして、それらによって帝国の大使が殺害されてしまったということ。


 話を進めるにつれ、彼女の口調はより荒々しくなっていく。今まさに異種族の脅威が帝国に迫ってきている。


 この危機的状況を打開するためにはまさに国民の一致団結が必要なのだと。彼らに我らの力を理解させる必要があるのだと。


 全ては、民衆を煽るために。


「獣人は、蛮族は、ダークエルフは、我が帝国との言葉による対話を拒絶し、武力によって対話しようというのです」


 さて、親愛なる帝国臣民諸君、エリュテイアは民衆に問いかける。


「彼らはこう思っているようです。我が帝国臣民は、ちょいと武器で脅せば服従すると。軽く血を流させれば、怯えて地面に頭をこすりつけて土下座して言うことを聞くと」


 その問いかけを聞くと、民衆は一斉に拳を振り上げ荒々しくこう答える。


「否、断じて否! でたらめだ! 我が帝国は誰にも屈しないッ!」


 その答えにエリュテイアは満足そうにうなずく。


「ええ、そうでしょう。我が帝国は誰にも屈しない。もし、この国難を打開するためならば、諸君らは全てを私に捧げてくれますか?」


 当然だ! と声を上げる民衆。


 その民衆の中から、一人の少女の澄んだ声が響きわたる。「総統が命じ、我らが従う!」と。


 それに呼応するように、全ての民衆がそのスローガンを繰り返す。「総統が命じ、我らが従う!」と。


 さらに言葉に呼応するように「総力戦こそが最短の戦争!」と書かれた横断幕が掲げられる。


「よろしい、では総力戦です。世界中から同情されつつ滅びるくらいなら、世界中を敵にしてでも生き残りましょう。これからの私たちの合言葉はこれです――さあ国民よ立ち上がれ、そして嵐を起せ!」


 大熱狂の中、演説は終わりを迎える。


 これをエリュテイアは最高の成功であると考えるだろう。


 今回の演説で彼女が求めていたものは、国民に狂気を抱かせること。敵対的な外敵に集中させ、国民を団結させ、次の“獣人”、“蛮族”、“エルフ”との戦争に向けて歩ませていく。

 全ては、国内の問題から背けさせるために。


 それこそが、彼女の望みだった。


 しかし、事は思いのほかうまくいかない。




 エリュテイアは気づいていない。何故なら彼女の中身はごく普通の日本人だから。一般的な日本の常識に基づいて物事を考えてしまう。


 だから、戦争を国民は望まぬと判断し、そして、国家が危機的な状況になれば利己的な国民によって国家が分裂すると考えた。


 もし、この世界に転移してきた国家が、大和帝国ではなく日本ならそうなってもおかしくないだろう。


 戦いを知らないくせに戦争アレルギーの国民、己の利権しか考えない政治家、富を搾取することにしか興味をもたない資本家。


 そう言った国であれば、しっかりとしたリーダーがいなければ国家は纏まらない。だがら、彼女はここで自分がリーダーとして行うべき仕事を行った。


 だが、その考えは全くの間違い。


 この国の国民は最初から“熱狂的愛国心”と“指導者崇拝”により、狂化されているのだ。もしこれに、さらに火をつけるようなことをすれば……。


 もう言葉にする必要もないだろう。


 この演説以降、大和帝国1憶2000万の帝国臣民が一斉に動き出す。全ては戦争のために。




……

…………

………………




「どうでしたか、アヤメさん、ボクの演説は?」


「なかなか様になっていましたよ、エリュさん。鏡の前で練習していた甲斐がありましたね」


 スポーツ宮殿から帰りの車の中、ボクはアヤメさんに膝枕されながら疲れを癒します。


 凄く緊張しましたよ。


 アヤメさんに、「国民の士気向上のために演説したい」なんていったら、こんな大きな会場を用意されて……。

 なんで、こんな立派な会場を用意するんですか? 総統官邸の大広間で数百人を前にする、くらいのちっちゃい演説会を想定していたのに……。


 気が付けば万の民衆の前にて演説開始。


 演説会場を見せられた瞬間、なんかいろいろ悟ってしまいました。


 なんとか、上手くいったみたいですけど……二度と御免です。


「ちょっと緊張した表情がまたえっちくて……これは、ニュース映画にして全国の映画館で上映しましょう」


 ……なんですか、緊張した表情がえっちいって。そう言うフェチなんですか? 


 まあ、士気高揚のためにニュース映画にはするつもりだったので、文句は言いませんけど。




 さて、先ほどの演説を見る感じだと、そんなに国民からの反発もなさそうですし、戦争を始めても大丈夫そうですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ