第十五話 総統閣下と覚悟
これは想定外です。
まったくもって想定外です。
まさか、東方大陸の各国に送り込んだ大使が、バルカ王国に送った一人を残し殺されてしまうなんて……。
もうこうなってしまったら、西方にある大陸にかまっている余裕はないですね。国力の全てを東方にぶつけないと……。
あの日、ボクはいつもの様に総統執務室でお仕事をしていたんです。ほら、航空機開発に関してちょっといろいろ根回しをね?
エルフ対策ですよ、エルフ。軍事的に不利だとお話し合いにも影響が出ますし……。
とにかく、新型戦闘機の開発を国内の大手重工企業に押し付けたり、海軍に空母建造の要請を出したり、いろいろ忙しかったんですよ。
そんな忙しい時、突然、外務省の役人さんが部屋に飛び込んできて「閣下、大使が殺されてしまいました」なんていうんです。
ショックでしたよ。
だって、大使を送るように命令したのはボクだったんですから。ボクの命令で人が死んだんですよ。
胸の奥がきゅーっと苦しくなって、けど、今のボクはエリュテイアだから総統としての仕事はしないと行けなくて、だから「どこの国に送った大使が殺されたんですか」と聞いたら。
「バルカ王国に送った大使――以外の全員です」
なんて、答えが返ってきたんですよ。
まさかのほぼ全滅。
ぶっ倒れかけましたよ。アヤメさんが支えてくれなかったら本当に倒れていたかも。
そりゃ、ボクだって相手は獣人とかダークエルフとかよくわからない異種族だし、まともにお話ができない可能性くらいは考えていました。
けど、話し合いをする間もなくぶち殺しに来るなんて想像できます?
ヤクザや北朝鮮だってもうちょっと理性的ですよ?
「……と、言うわけで、我が国はバルカ王国を除くすべての国家との国交樹立に失敗しました。申し訳ありません、閣下。外務省の実力不足です」
そして例の会議室。そこで、いつもの様に開かれる御前会議。
ボクに頭を下げるのはてっぺんハゲのおっさん。外務大臣ですね。そして、同じように海軍の角刈り君も頭を下げます。
「我が海軍も護衛に失敗し、誠に申し訳ありません。まさか、対話をする前にああも容易に大使を殺すと言う手段に打って出るとは想像もできず……」
ええ、分かります。
普通そうですよ。まともな人間なら、国家レベルの組織が突然、殺し合いを仕掛けてくるなんて想像もしませんよ。
「頭を上げてください、両名に非はありませんよ。もし問題があったとすればそれはボクの責任です」
……まあ、大使を送るように言ったのはボクですからね。一日でも早く国交樹立を成し遂げたくてできるだけ早く送るように外務省に要求したんですよ。
「しかし、これで、我が国と彼らとは事実上の戦争状態に陥りましたな。閣下」
「総理の言う通りですな。仕方ない、我が精鋭陸軍がこの国難を見事打ち払って見せましょう」
深刻そうな顔をする総理と、どこかワクワクしている陸軍のハゲ眼鏡さん。
まあ、戦争になれば楽に勝てそうですからね。これまでの調査で、東大陸の国家は中世魔法文明レベルの実力しかないことが分かっています。
噂に聞くエルフのように空を飛ぶモンスターを従えているという話もありませんし、まともにぶつかれば射程と火力に勝る近代兵器を装備する我が軍が圧倒的に有利でしょう。
てか、獣人に関しては魔法も使えないなんて話もありますし。
ですが……。
「ボクとしては、あまり戦争はしたくないと思います。どう思いますか、総理?」
「それは……閣下が優しすぎるからそう思われるのでしょう。あれほど残虐な行いをした敵にも情けを掛ける、その同仁の思いは実に素晴らしいものかと……」
「あっ、えっと、その別にボクは情けとか思って無くて……」
殺すのは可哀想だとか、戦争で我が軍に死者が出ることが悲しいとか、思ってないわけではないですよ?
けど、それが戦争をしたくない理由のトップに立つかと言えば全く話は別で……。
純粋に、ボクの思い描いていた国家戦略と全く180度異なる方向性に突き進んでいるから嫌なんですよ、戦争は。
ボクは戦争が嫌いです。
正確には“ボクが戦う戦争”が嫌いです。
東方大陸の大まかな国家を理解した時、ボクの中で建てられた予定に「大和帝国自ら軍を振りかざし戦争を行う」なんてものはなかったんですよ。
一に外交、二に外交、三、四に外交、五に外交です。
三枚舌外交を駆使して、皆と仲良く交易しつつ、市場を開拓、食糧事情も改善する。余裕ができれば、兵器輸出なんかで大陸内の戦力バランスを弄くりまわし、思うように戦争を起こして一儲け。
我が国は金と工業力で大陸外から、東大陸に干渉し、深入りはせずに美味しいところだけいただく。
これが最も労力が少なく、恨みもそれほど買うこともなく、お金を得ることができる黄金パターンです。
ラスバタ内では、この方法でどれだけ荒稼ぎしたことか。
周りのプレイヤーからは「俺らのサーバーで起こる戦争の原因の八割は、あの“ブリカス美大落ち”」なんて言われたくらいには戦争を煽りまくっていました。
戦争なんてものは自分でやっても疲れるだけなんですよ。話し合いと騙し合いでどうにかなるならそれで解決するのが一番なんです。
だから、戦いたくはない。
「エリュさん。この世界は私たちの知っている世界とは違いますよ。根本から遺伝子が異なる種族がいて、それらが無限永久争って……」
「わかっていますよ、アヤメさん」
だけど、この世界は厳しい。ボクの思い通りにはいかないようです。
地球にいた頃はこんなことはありませんでした。なぜなら、地球生きる知的生命体はみんな人間だったから。
宗教が違う、民族が違う、文化が違う、人種が違う。
そう言った違いがあっても、根っこは同じ人間。いつかはわかり合うことも、交じり合うこともできます。
どんなに殺し合っても、全て燃えて焼け落ちた後には、話し合いで解決することができるんです。
そして、それは“ラスバタ内”でも同じでした。いえ、プレイヤーの大半が日本人だったから現実世界の外交以上に話し合いで解決することが多かったですね。
だから、“外交”が大きなカードになる。
けど、この世界ではそれができないんです。
チンパンジーと人間は同じにはなれません。交じり合うこともできません。根っこから違う生き物だから。
それは、人間とエルフ、人間と獣人も同じ。
ボクたちと彼らは違う。同じになることはできない。なら、どちらかが死に絶えるまで無限永久に争い続けるしかない。
言葉は無粋、外交なんて不要。さあ、戦争をしよう。
他者との違いを容認できない、哀れな人類と言う生き物の定めだから。
なら、どうすればいいでしょうか?
話し合いが通じないのならば……その答えは一つです。
「我々が、ボクたち大和帝国がこの世界のワールドオーダー、世界秩序になるほかない。そうですよね、アヤメさん」
「ええ、そう言うことです。例え、種族が違っても、互いを永遠に理解できなくても“暴力”と言う言語だけは通じますから」
言葉が通じないのならば、拳で語れ。
殴って言うことを聞かせろ、それが無理なら永遠におねんねさせてやれ。
そう言うことですよ。
我々は1億2000万の臣民を生かすだけの食糧と巨大な工業力を活かせる広大な市場を必要としています。
それは当然バルカ王国一つだけでは足りないのです。バルカ王国の人口って4000万人くらいしかいないらしいですし……。
これが10億人くらいいてくれたら、我が国の巨大工場の腹を満たすに足りる市場として十分だったんですけどね。
相手が我々の欲するものを提供してくれないのであれば……帝国が生き残るためにも武力を振るうしかない。
今のボクはエリュテイアだから、そういう決断も下さなくてはならない。
「では――帝国陸海軍に命令します。これより、我が帝国はこれより異種族各国家との戦争に突入します。これは帝国と、そして人間という種族の未来を守るための戦争です」
ボクの宣言に、ビシッと背筋を伸ばす軍人さんたち。
「各員、一層奮励努力するように」
……この判断に国民さん達が怒りの声を上げないといいんですけどね。
ボクはこの異世界事情を知っていますけど、情報統制下にある国民たちからすれば、何が何やらってことになりかねません。
だって、彼らの多くはいまだに自国が異世界にいることにすら気が付いていないんですから。
混乱を避けるために、他国から食料を得られるようになるまで異世界転移について何も伝えないようにしていたんですよ。ボクは。
だから、この段階で国民たちに全てを説明すれば……彼らが知る内容は最終戦争を戦っていたと思ったら異世界でへんてこな異種族と戦争していた、ってことになります。
戦争に次ぐ戦争。
国内の食糧事情、経済状況は火の車。
さて、どういう風に見られますかね? 好印象を抱いてくれる国民はいないと思います。
日本なら少なくとも内閣総辞職並みの出来事ですよ。
なんとか、演説とかで誤魔化せませんかね?
立てよ国民! 的な感じで。