第百三十六話 ミッドヴァー沖海戦 前編
総統閣下がミッドヴァー島を攻略している頃……。
エルフジア海軍は、艦隊を二つに分け本土の防衛体制を整えつつあった。
一つは、昔からエルフ達が住み、神聖エルフジア共和国の中核と言える西方大陸西岸を守るエルフジア主力艦隊――通称『ベリヤ艦隊』。
もう一つは、旧セレスティアル王国など少し前まで人間たちが住んでいた地域……所謂『植民地』である西方大陸東岸を守る、ワキガ・クッサイナー率いる『クッサイナー艦隊』。
神聖エルフジア共和国の本土、西方大陸は非常に巨大な大陸だ。
その大きさは、地球で言うならユーラシア大陸。東西に長く、もし、艦隊で往来しようものなら一か月はかかるだろう。
つまり、この大陸を完全に防衛しようとすれば、このように東西に艦隊を配備しなければならないのだ。
ちなみに、これに対しベリヤは……。
「ただでさえ大和帝国に戦力的に劣っているのに艦隊を分けるなんて信じられないよ」
と、かなり批判的である。
彼女曰く「これじゃ各個撃破の良い的さ。植民地の大陸東岸は切り捨てて、主要都市のある西岸だけでも戦力を集中させて守るべきだね」とのこと。
実際、その意見は現在のエルフジア軍の情勢を考え見れば「まあ、ごもっとも」と言った感じなのだが……。
残念なことに国家というものは理性だけで動くものではない。
ロンデリアでの大攻勢『土星作戦』の失敗以降、同志ジリエーザは常に不機嫌だ。
彼の怒りを買いシベーリャに送られた人数は数え切れない。
そして、そんなご機嫌斜めの殺戮マシンと化した同志は現在必死になって「死守せよ!」と叫んでいるので……。
海軍としては、一寸たりとも国土を敵に渡すわけにはいかない。「戦力の分散」という不利を承知でもこのような手を取らずにはいられないのだ。
して、その東海岸を守るように命令された艦隊――『クッサイナー艦隊』を率いるワキガ・クッサイナーだが……。
「ほっほっほっ! 復讐の機会を与えてくださった同志ジリエーザに感謝を! 新鋭戦艦『ハローシイ・レーニン二世』に栄光を!」
同志ジリエーザから、最新鋭のガングルト級戦艦5番艦『ハローシイ・レーニン二世』を与えられて完全に舞い上がっていた。
ちなみに、碌な結果を残していないこの男が、なんやかんやで一方面艦隊の司令官になっている理由は「数々の粛清によって、艦隊の指揮経験を持つ司令官がコイツくらいしか生き残っていない」からである。
……っと、まあ、クッサイナーの哀しい出世理由は置いておいて。
この『ガングルト級』は既存の『バシレウス級戦艦』を大きく上回る性能を持つ船である。
氷結時基準排水量約3万トン、三連装20センチ級高濃度魔道弾発射機を4基12門、旧ソ連の『ガングート級』と同様に甲板上に均等に配置。
連装4基8門のバシレウス級の約1.5倍の火力を持つ戦艦といえば、聞こえはいいだろう。
……大和帝国の戦艦に勝てるかどうかは別として。
して。
そんな最新鋭戦艦を有する『クッサイナー艦隊』の戦力だが……。
旗艦であるガングルト級戦艦『ハローシイ・レーニン二世』を中心に『バシレウス級戦艦』4隻の計5隻の戦艦に、64機の艦載機を持つ『ブラック・クロウ』級航空母艦が4隻。
大和帝国を相手にするには、ちょっと力不足かもしれないが、異世界的には悪くない戦力である。
そして、これらの兵力を指揮するクッサイナーは、とにもかくにも、最新鋭艦の力を発揮する良い機会を求めていたのだ。
して、その機会はすぐに訪れることになる。
そう、大和帝国によるミッドヴァー島の攻略である。
この島の陥落は、数日以内に付近を偵察した人食い鳥により発覚し……。
「クッサイナー司令、人間どもの攻撃によりミッドヴァー島が陥落したようです」
「ほっほっほ! 人間どもが迂闊にも我らが領土に攻め込んできましたか……先の戦いでは我々が不利な攻撃側でしたが、今度はその逆! つまり、我が一族アシガ・クッサイナーの仇を取る良い機会です」
「なるほど攻撃ですな、艦隊全速前進!」
と、こんな感じでクッサイナーに知らされ、彼はまるで火に吸い寄せられる蛾のように艦隊を進ませることになったのだ。
この時点でクッサイナーは「ミッドヴァー島が陥落した」という話しか聞いておらず、大和帝国がどれほどの艦隊を用意しているのか知らないが……。
とにかく、『クッサイナー艦隊』は、ミッドヴァー島沖で大和帝国に艦隊決戦を挑むのだ。
☆☆☆☆☆
大和歴312年12月10日。
ミッドヴァー沖の洋上。
そこを、アングルドデッキを採用した最新鋭のスーパーキャリアー『大鳳』が航行していた。
総統閣下が「これなら50年は現役で使えますね!」と、期待するその空母の艦長を務めるのは……。
「ちぃ、若林めぇ……こんな手紙をよこしやがって!」
「どうしたんです、鮫島艦長? なになに、若林少将からの手紙ですか内容は……「友人である鮫島へ、妻の妊娠を報告したい」って、いいニュースじゃないですか」
「うぐっ、まあ、いいニュースなんだろうが……」
複雑そうな表情で一度投げ捨てた手紙を回収している元巡洋艦乗りの鮫島君である。
ライバルの若林君に初恋の人を奪われた男、と言えば今の彼の複雑な心境も理解できないことは無いだろう。
ちなみに、元巡洋艦乗りの彼が空母の艦長になっている理由だが……。
黒エルフ皇国の氷結艦を撃沈した事件『第一次ハボクック事件』以降、なんやかんや空母と関わる機会が多かったり……。
「戦闘機の免許を持っている艦長ってかっこいいですよね。ハルゼー提督みたいな」
という、総統閣下の思い付きの言葉に惑わされ、戦闘機の操縦資格を取得したり……。
気が付けば、航空畑一直線。帝国でも、優秀な空母艦長として名をはせていたのだった。
っと、まあ、そんな彼の経歴はどうでもいいとして。
「まあまあ、どうあれ愛する人の幸せは祝ってあげるべきですよ。そんなことより、鮫島艦長、偵察機より報告です」
「……なんだ? くだらない話じゃないだろうな?」
力なく艦長席にぐでんと座り、心身ともに沈み込む鮫島君。
そんな彼に副長は「恋人も碌にできない鮫島艦長も泣いて喜ぶビックニュースです」と続ける。
最初は、「こいつ、舐めてんな?」とピキッと青筋を立てる鮫島だったが……。
「ミッドヴァー島に向かってくるエルフジア艦隊を確認したとのこと、規模は戦艦5隻、空母4隻、その他護衛艦艇多数」
続く報告を聞き、一瞬で元気になる。
シャキンと背筋を伸ばし、一気に戦闘モード。どうやら、彼の恋人は女ではなく戦いらしい。
「……出てきやがったか。さあて、エルフ達のお手並みを拝見と行こう。航空隊は急ぎ発艦しろ! 爆装も忘れるなよ!」
偵察機の報告により、敵艦隊を捕捉すればやることは一つ。
そう見敵必殺――『サーチ・アンド・デストロイ』だ。
今回の『大鳳』の艦載機は完全に制空戦闘仕様、艦載機はほとんどが戦闘機であり、敵艦に攻撃する攻撃機は無い。
だが、艦上戦闘機『隼』は腐っても610馬力の高性能機だ。小型爆弾くらいなら、搭載できる。
と、言うわけで……。
制空戦闘仕様の32機、爆装仕様の32機――合計64機の『隼』が大鳳の飛行甲板に並ぶ。
「敵は戦艦5隻、空母4隻と言ったな」
「はぁ、その通りですけど……」
「なら、戦艦の数ではこっちが9隻と上回っている。敵艦を沈められなくとも、敵の航空機さえ落としちまえば……」
「こっちの勝ちって言いたいんですか。……あっ、だからと言って、艦長自ら勝手に出撃するのはやめてくださいよ。後処理をするこっちの身にもなってください」
わかってる、とそっけなく返事をする鮫島。
そんな彼を見て、「このおっさん基本駄々っ子だから放っておくと好き勝手始めるんだよなぁ。ロープで縛っておくか」と、副長は頭を悩ませるのだった。
……ちなみに、ライバルの若林君は現在、金剛型戦艦4隻からなる第一巡洋艦戦隊の戦隊司令官である。
いかにデカい空母とはいえ、ただの艦長の鮫島よりかは出世していると言ったところだろう。
相変わらずライバルには勝てない鮫島君。
どこまでも不憫な男である。
ちょっとした兵器解説 『大鳳型航空母艦』編
常備排水量 5万1000トン
武装 12,7センチ単装両用砲 8門
その他、機銃多数
装甲厚 艦側面 最大100mm
甲板70mm
速力 30ノット
艦載機 150機(実は200機まで搭載可能)
馬力 21万馬力
航続距離 16ノット 1万2000海里
乗員 4200名
同型艦 大鳳 神鳳
大和帝国が異マル3計画で建造した正規空母。
総統閣下の「どうせお金をかけて空母を作るなら、ジェット機時代まで使える大きいのを作りましょう」という発案で2隻が建造された。
2000馬力級のレシプロ機なら150機、ジェット戦闘機なら70機程度を搭載できるらしい。ちなみに今の艦載機は600馬力級の小型機なので無理をすれば200機くらい乗ってしまう。
アングルドデッキを採用しているなど、外見だけはやたら近代的だったりする。しかし、技術的都合でレーダーやカタパルトなどは未搭載。