第百三十一話 街道上の怪物
エルフジア軍の攻勢計画『土星作戦』は失敗に終わりつつあった。
当初、歩兵二個軍集団を引き連れ、怒涛の勢いで攻勢に出たエルフジア軍『第一装甲軍集団』。
4000機のスターリンを有するエルフジア軍の主力は、驚くべき突破力を見せつけはしたものの僅か一週間で力を使い果たし、その足を止めつつあった。
そして、その弱った隙を突き、電撃的な勢いで包囲戦を敢行した大和帝国。
1000輛のチハからなる大和帝国の反撃に、エルフジア軍は全く対応できず突出部に展開していた攻勢主力を完全に包囲されることになった。
これに困ったのが戦線後方、包囲網の外から前線部隊の指揮を執っていたクッサイナー元帥である。
別に補給線が断たれたのは構わない。元々、送る補給物資なんてないのだから、被害にはならない。
だが……。
「包囲されてしまったか……前線部隊と連絡は取れるか?」
「いえ、元帥閣下。伝令兵を送りましたが、返答はありません。人間どもにやられているようです」
前線部隊との連絡が取れないのは大問題だ。
無線式の連絡手段を持たず、昔ながらの『伝令兵』に頼っているエルフジア軍。当然、包囲なんてされてしまえば、連絡手段は無くなってしまう。
包囲殲滅されかけているこの状況で、指揮官の命令が前線に届かないのはあまりに致命的だ。
こうなってしまえば、反撃しようにもその命令を下せない。いかに優れた指揮官でも、戦況を変えることができなくなってしまうのだ。
この状況を打開するには……。
「包囲網を突破する必要があるな」
クッサイナー元帥は、深刻な表情で唯一の打開案を傍らの参謀長に呟く。
参謀長も、この危機的状況を打開できるのは『エルフジアの赤熊』の異名を持つクッサイナーが直接指揮するしかないと同意見らしく頷きはするが……。
「しかし、動かせる戦力は後方に予備として配備されていたモンスター軍集団50万の兵力と閣下の護衛の一個大隊の『スターリン』だけです。これでは……」
現実的には戦力が足りない、そう訴える。
強力な火力と装甲戦力を持つ大和帝国軍。これに対し、通常の歩兵、モンスター兵がほとんど役に立たないのはすでに経験済みだ。
数で襲い掛かっても、砲爆撃と機関銃、そして戦車の装甲の前に粉砕されてしまうのだ。
これと戦うには、装甲戦力である『スターリン』の戦力は必須。だが、そのスターリンの多くは大和帝国の包囲下にありクッサイナーの命令が届かない。
普通に考えれば、包囲網の突破などできはしない。
「だが、祖国のためにもやらねばならぬ」
しかし、クッサイナーは諦めるわけにはいかなかった。
彼の双肩には、ロンデリアに展開している数百万のエルフ兵と、同志ジリエーザの粛清に怯える本国の高官の命が掛かっている
彼らの命を守るため、なんとしても勝たねばならないのだ。
それに……。
「我々には、まだ切り札が残っている。同志ジリエーザから、俺専用に与えられた『例の新型』があっただろう?」
クッサイナー元帥は、参謀長に向かってそう問いかける。
彼が言う『例の新型』。それは……。
「……っ! 『スターリン・76』ですな! あの新型なら、もしかすると……」
「そうだ、あれならきっと……」
――『スターリン・76』。
それは、神聖エルフジア共和国がこの攻勢のために用意した、たった一機の最新鋭機だ。
基本的な外観は、フルプレートアーマーを身にまとった中世の騎士と言った感じで既存の『スターリン』とそれほど変わらない。
しかし、その手に持つ対戦車ライフルのような外観をした新兵器『F-34型・76mm級速射魔槍』の破壊力は絶大。
至近距離であれば、およそ90mmの均質圧延鋼板を撃ち抜くことができるのだ。
今までのスターリンの火器――『60mm級速射魔槍』では貫徹が難しかった大和帝国の主力戦車『チハ改』の正面装甲をカタログスペック的には貫徹することができる、と言えばどれほどのことか理解しやすいだろう。
「何も、包囲網を完全に突破しないといけないわけじゃない。俺だけでも前線部隊と合流できればそれでよい。『スターリン・76』ならそれができるはずだ」
そう言って覚悟を決めるとクッサイナー元帥は司令部を参謀長に任せ、紅に染め上げられた最新鋭機に自ら乗り込む。
そして、護衛の一個大隊……約50機の『スターリン』を引き連れ大和帝国軍に対し反撃に移ったのだ。
……が、しかし。
アシガ・クッサイナー元帥と言う男はとても不幸であった。
何しろ、反撃開始早々、『虎』に出会ってしまったのだから。
「なんだあれは? チハよりもでかいように見えるが、噂の怪物か?」
左右を林に囲まれた、それほど広くない街道。
彼が目撃したのは、前線に向かう数少ない道に、「たまたま」居座っていた一両の『ティーガー』。SS重戦車大隊所属バルクマン曹長の車両だ。
この車両を破壊しない限り、この道は使えない。
なら、結論は一つ。
「迂回しているような時間はないな。あの新型チハを撃破し、突破する。精鋭の緋色小隊を送りこめ、攻撃開始!」
「了解、緋色小隊発進!」
クッサイナーは、麾下の部隊で最も優秀とされる精鋭部隊『緋色小隊』にティーガーを撃破するように命じる。
それに従い、緋色に染め上げられた16機、一個小隊の自称精鋭たちが狭い街道を突っ走り、可能な限り『ティーガー』に接近……。
「へへっ、たかが一両のチハになにができる? ……こっちは一個小隊いるんだぜ、ほんの数分でスクラップにしてやるよ!」
と、うすら笑いを浮かべながら、主兵装である60mm級の魔導弾を撃ち込む。
が、しかし。
放たれるスターリンの魔導弾は、火花を散らしながらティーガーの正面装甲に弾かれる。しかも、一発二発ではない。
彼らが全力で集中砲火、大量の魔導弾を浴びせても、大和帝国製の装甲板はびくともしない。
「な、なんてチハなんだ! 小隊長、あの新型はまるで攻撃を受け付けません!」
「なにぃ! 信じられん、これだけの攻撃を受けて無傷なのか……!?」
「待ってください敵がこっちを向いて……うぎゃぁ!?」
それどころか、反撃の『アハトアハト』を浴び、次々に撃破されていく。バルクマンの砲手もなかなかの腕らしい。
さらに……。
「バルクマンだけに食わせるなよ」
「了解です! ヴィットマン大尉」
街道左右の林の中に、こっそりと隠れていたヴィットマン、及びオットーカリウスの二両のティーガーが両側面から十字砲火を浴びせる。
その結果……。
「緋色小隊壊滅!」
「なんと!? 精鋭の16機がもうやられたのか!? 三分も経たずに!? ば、ばけものか……!」
緋色小隊は、出オチといっていい速度で吹き飛ばされてしまう。
――『街道上の怪物』。
バルクマンたちのあまりの無双劇にクッサイナー元帥の脳裏にふとそんな言葉が思い浮かんだ。
それと同時に……。
「あの新型は普通の『スターリン』では倒せない。可能性があるとするなら……この新型『スターリン・76』だけだ」
あの怪物を討ち取ることができる可能性があるのは、愛機の『F-34型・76mm級速射魔槍』だけであると理解した。
「……いいか、正面の怪物を俺が仕留める。そして、そのままこの道を突破する。我に続け!」
「了解! 元帥閣下を死なせるなよ! 俺たちが肉壁となるんだ!」
覚悟を決め、残った部下と共に吶喊するクッサイナー。
それは、まさしくソビエト式の対ドイツ戦術。圧倒的物量により、肉薄する合理的作戦だ。
そんな彼らに、戦車エースたちは慣れた手つきで「ああ、いつものやつか」と容赦なく砲撃を浴びせる。
一機、また一機と肉壁となり、爆散していく『スターリン』。
だが……。
「クッサイナー元帥! どうか仇を! ――ぐがぁっ!」
「くっ、最後の一機がやられたか……だが、やはり最後に勝つのは大祖国だ! クソッタレの新型チハめ……ようやく射程に捉えたぞ!」
最後の部下が、身を挺してバルクマンの砲撃からクッサイナーを庇うと同時に、彼は『F-34型・76mm級速射魔槍』の射程にバルクマンのティーガーを捉える。
――勝ったぞ!
歓喜の雄叫びと共に撃ち出される魔導弾。それは、バルクマンのティーガーに見事命中する。そして、込められた魔力が炸裂しド派手な爆炎により、その姿を覆い隠す。
「やったか!?」
思わずそう漏らすクッサイナー。
しかし、それはフラグ。戦場で「やったか?」と言ってはいけない。
次の瞬間、爆炎の中から『アハトアハト』の砲弾が飛び出し、クッサイナーの『スターリン・76』の胸部を撃ち抜く。
そう、ティーガーの分厚い正面装甲は最新の『F-34型・76mm級速射魔槍』の攻撃すら防ぎきってしまったのだ。
「うぉぉぉぉぉっ! 神聖エルフジア共和国に栄光あれぇぇぇっ!」
撃破され燃え上がる『スターリン・76』。
それは、エルフジア軍の壊滅を示す狼煙となるのだった。
ちょっとした兵器解説 『スターリン・76』編
全高18,2メートル
重量 140トン
装甲 正面40mm
武装 F-34型・76mm級速射魔槍
最高速度20km
神聖エルフジア共和国が、さらなる火力を求めて既存のスターリンを改良、開発した新型機。
通常のスターリンとの違いは、大火力大重量の新型火器『F-34型・76mm級速射魔槍』を装備していること、それを支えられるように機体各所が強化されている点である。外観は武装以外あまり変わらない。
チハ相手ならそこそこ有利に戦える……かもしれない。