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第百二十九話 総統閣下と戦場伝説

 あの戦場で私は『怪物』を見た。




 その時、私はエルフジアが誇る精鋭装甲部隊、第2近衛装甲連隊の一員として、敵地ロンデリアにて戦っていた。


 あそこはまさに地獄だった。


 日夜、雨あられと降り注ぐ人間どもの爆裂魔法。突如現れたと思えば、一個中隊を食い殺し飛び去って行く『空の魔王』。


 何もかもが恐ろしい、身も心も全てが震えあがった。


 最も恐ろしいのは、長い棒の先に爆発する何かを取り付けた武器にて、自爆攻撃を連続してくる人間どもだ。


 彼らは狂気に取り付かれ、死すらも恐れない。


 彼らの自殺的攻撃を見て、戦争というものを初めて目にしたような気がした。



 

 気が付けば、攻勢開始当初52機の『スターリン』を保有していた我が大隊は、その数を16機一個中隊まで減らしていた。


 攻勢開始から三日も経っていなかっただろう。


 連隊本部との連絡は絶たれ、大隊長は『魔王』の襲撃ですでに戦死されていた。指揮権は私の中隊長であったウラジミール中尉に移っていた。


 ウラジミール中尉は、魔王の襲撃を避けるために森の道を進んだ。


 地元民しか知らないような細い道だ。静かで、穏やかな緑の森に囲まれたその道は、戦場にいることをわずかに忘れさせてくれる。


 私たちは、つかの間の平穏を楽しんだ。


「もし戦争が終わって人間どもを支配したら、この地に別荘を作ろう。綺麗な女奴隷を捕まえて、ハーレムを作るんだ」


 仲間たちとそんな会話を楽しんだ。だが、その油断がいけなかったのだろう。


 森を抜け、そこにあった『ようこそ、フレスキエルの村へ!』という古くなった看板を見たとき、私は『怪物』に襲われた。




 最初に犠牲になったのは、先頭を進んでいたウラジミール中尉と彼の副官。


 森を抜けた先にあった緩い曲がり角、そこに入った瞬間、二人の乗る『スターリン』が火を噴き、全く同時に擱座した。


 誰かが叫んだ。


「敵の攻撃だ! 敵の攻撃が中隊長に当たって貫通して……二機まとめてやりやがった!」


 信じられなかった。近衛連隊として最高品質の『スターリン』を与えられていたのに、それがこんなにも容易く……。


 私は周囲を見渡した。一体にどこに敵がいるのかと。


 最初は見つけられなかった。なぜか? それは、敵があまりに遠くにいたからだ。


 数秒後、こちらの射程をはるかに超える前方2km先の丘の上で発砲炎が光った。そこで、やっと私は長距離から敵が狙撃してきたのだと分かった。


 モミの木に隠れるようにいた『なにか』。


 それは、数秒に一回のペースで火を噴き、一撃でこちらを仕留めていった。


 何もできずに仲間が次々に倒れていく。分厚い『スターリン』の鋼鉄の装甲をあの距離から容易く貫く破壊力、間違いなく怪物だった。


 しかも、そいつは一体だけではなかった。


 気が付けば、三つ、四つ……複数の発砲炎が私たちの中隊を狙っていた。




 森に戻るか? それとも、敵に突撃するか?

 

 指揮官を失った私たちは、最後まで決断することができず壊滅した。


 五分と経たず、私たちの中隊16機の『スターリン』は物言わぬ鉄くずと化していたのだ。


 私たちの『スターリン』のすぐ後ろをついてきていた随伴の一個大隊の歩兵は、その惨状を見て散り散りに逃げ出した。


 戦場に残っていたのは、幸か不幸か操縦席を撃ち抜かれずに無事だった私だけ。


 あまりの惨状にあっけにとられ、戦う意欲も、気力も全て失っていた私は、その後、私を捕らえにやってきたメイド服を着た奇妙な人間の部隊に降伏することにした。




 ……それからのことは、よく覚えていない。


 一つだけ確かなことは、私は夢か幻を見ていたのだ。


 何故そう思うか? それは、その『怪物』に戦場にいるとは思えないほど美しい少女が乗っていたからだ。


 風に靡く銀髪。


 その少女は、巨大な怪物の上に腰かけ、『ハイドリヒ』と呼ばれる男に連行されていく私を興味深そうに見下ろしていた。


 きっと彼女は、恐怖に歪んだ私の心が救いを求めて描き出した幻覚なのだろう。


 女神か天使か……良い意味で人間のそれとは思えない少女の美しい顔やその白くて細い太ももを思い出すだけで、その後のハイドリヒの拷問に耐えることができた。




 そして、戦後。

 

 私は太ももの女神の加護により、幸運にも祖国に生きて帰ることができた。


 そこで知ったのだが、あの怪物は『ティーガー』というチハの一種らしい。そして、私たちの中隊を襲った攻撃は、そのティーガーの初陣だったと。


 ……だが。


 私にとって、あれはただの『虎』ではない。


『フレスキエルの怪物』


 私はあの日、出会った怪物のことを今でもそう呼ぶ。




 ――元エルフジア軍第2近衛装甲連隊所属、フート・モモスキー少尉の伝記『フレスキエルの怪物』より抜粋。




☆☆☆☆☆




 あっという間の出来事でした。


 前線に向かう途中、立ち寄った村『フレスキエル村』。


 その近くの丘の上で、ティータイムのために戦車を止めて休憩している最中でした。急に森の中から十数機の巨大ゴーレムがひょっこり出てきたんですよ。


 びっくりです。


「敵は大軍、しかも、巨大なゴーレムが主力ですから、足場の悪い森は通れませんよね」


 と、考えて森を側面に前線に向かって移動している最中でしたから……。




 いきなりボクの戦車の前方2kmに敵ですよ?


 まさか、100トン以上の重さを持つ重量級の装甲兵器が森を抜けてくるなんて思ってもみませんでした。


 なんとかなったのは、ボクの戦車の乗員や親衛隊員が優秀だったからですね。


 操縦手の西少佐は、敵の姿を確認するとすぐに近くにあったモミの木に車体を隠し、さらに車体を傾斜させて防御姿勢を取ってくれましたし。


 砲手のアヤメさんは、百発百中の命中精度ですし、初撃にて一発の砲弾で二機を撃破する大戦果も挙げてくれました。


 さらに、すぐそばにいた3両の『ティーガー』がボクを救うべく応戦してくれたので……ほんの数分で敵は消滅していました。


 あまりに一瞬の戦闘で、敵からは一発の反撃も飛んできませんでした。


 高威力に高精度、長射程に優れた連射速度……アハトアハトは偉大ですね。




 敵重ゴーレム16輌破壊、捕虜一名の大戦果です。


 この戦果にアヤメさんは……。


「ふむ、ここはエリュさんの華麗な指揮で敵を撃滅したという話にしましょう。戦場は緩い曲がり角ですから『エリュテイア・コーナー』とします」


 とかなんとか。


 戦闘が終了して安全を確保すると、すぐに親衛隊宣伝中隊を招集。なぜか遠い目をしている戦車乗りバルクマンさんを横目に国威発揚のための大本営発表を行っていました。


 戦車の上に腰かけたボクを広報写真に使うために撮影するなど大忙しです。


 ……ボク、戦闘中には何もしてないんですけどね。ただ、戦車長の席に座っていただけです。

てか、なんなら急に戦車が動いたので、飲もうとしていた紅茶をひっくり返していました。




 あ、ちなみにバルクマンさんは、ボクの近くにいた3両の戦車長の一人です。どこからともなくハイドリヒさんが「彼は優秀ですよ」と連れてきました。


 ほかの二人は、ヴィットマンさんとカリウスさんですね。


 親衛隊は基本的に美人なメイドさん限定の組織なんですけど、この三人は「優秀過ぎる戦車乗り」という理由で男性であるにも関わらず特例で採用されています。




 ……本当に優秀なんですよね、この人達。


 だって……。


「西少佐、どうですか? 直りそうですか?」


「……二時間ほどかかりそうであります」


「むう、動けるのは半分だけですか」


 実は、一個大隊の半分……25輌くらいがここに来るまでに擱座してるんですよね『ティーガー』。


 もちろん、戦闘で失われた車両はゼロですよ? 損耗理由は「車両が重すぎて、足回りとロンデリアのインフラが耐えられなかった」です。


 その辺の泥濘で動けなくなっていたり、渡ろうとした橋が落ちたり、履帯が取れていたり、減速機が壊れていたり、エンジンがオーバーヒートしたり……。


 動ける車両も遅れているものが多くて……。


 さっきの戦闘に参加できたのも、例の三人のだけです。ボクの車両も、戦闘後に移動していたらポロっと履帯が取れました。




 同じ親衛隊の車両でも中戦車大隊の『チハ』は元気に走り回って、偵察のために先行しているんですよ?


 酷いものです。


 ボクたちがフレスキエル村でのんびりティータイムを楽しんでいたのも、後方で動けなくなっていたティーガーを戦車回収車が拾ってくるまでの時間つぶしですね。


「……エリュさん、『ティーガー』が回収できるまで、進軍は難しそうです。ここで停止します」


「むう、仕方ないですね」


 主力である『ティーガー』がこの有様だと、ちょっと厳しいですね。


 親衛隊師団を敵陣突破の要にするつもりでしたけど、いまのボクたちは重戦車がちょっと混じった機械化歩兵師団ですし。


 回収と修理が終わるまで師団主力は一度、停止しましょう。


 ただ……。


「ボク率いる親衛隊が何もしないわけにはいきません。例の3人の『ティーガー』は、親衛隊特別部隊として、第一装甲軍に編入してください」


 動けるティーガー……その中でも、一般親衛隊員と異なり、ボクから離れることを拒否しない例の三人組は第一装甲軍と共に突破戦に参加してもらいます。


 使わないともったいないですし。

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― 新着の感想 ―
[一言] >私は太ももの女神の加護により、幸運にも祖国に生きて帰ることができた。 >元エルフジア軍第2近衛装甲連隊所属、フート・モモスキー少尉の伝記  元々(変態の)素養がある御仁でしたか……(白目…
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