第百二十七話 土星作戦
大和歴312年8月12日。
中世の奴隷と同等の扱いをされてしまったせいで、輸送途中にあっさり100万人ほどエルフが死んでいるが……。
神聖エルフジア共和国には「一人の死は悲劇だが、百万の死は統計に過ぎない」という素晴らしい格言がある。
要するにどれほど兵士が死のうともすべては単なる統計の問題であり、10億の人口を持つ彼らからすれば100万人の損耗など大した問題ではない。
むしろ、命の価値の感覚が完全におかしくなっている同志ジリエーザは……。
「なに? たった100万の犠牲でロンデリアに200万の兵を送れたのか? 素晴らしいもう一度だ!」
と、自らの命令による増援が上手くいったと思い込んだのかノリノリで、増援を送ることを命じたという。
……が、しかし。
前線であるロンデリアとエルフジア本土との距離は遠い。輸送船の速度を考慮すれば、その増援が到着するのは最速でも二か月後。
ロンデリアに派遣されたエルフたちは、補給が完全に切れているのでそんな長い時間待っていれば全員餓死してしまうし……。
なにより、現在は8月。
同志ジリエーザの命令により9月までにロンデリアを攻め落とさなければならない彼らにとって、その時間は長すぎる。
増援が来る前に決戦を挑まなくてはならないのだ。
……と、何はともあれ。
総司令官『アシガ・クッサイナー元帥』の下に、完璧に作り直されたエルフジア地上軍、ロンデリア方面軍が姿を現した。
主力を形成するのは本国から到着したばかりの200万人、200個師団からなる大量の歩兵師団だ。
彼らは、それぞれ50個師団ずつ、『第一中央軍集団』、『第二中央軍集団』、『東部軍集団』、『西部軍集団』の四つの軍集団に編成され、それぞれの名が示す区域に横一列に配備された。
そして、その歩兵部隊を支援するのが100万体、100個師団のモンスターによって編成されるモンスター部隊。
こちらも50個師団ずつの軍集団に分かれ、歩兵部隊の先兵として利用されることになる。
さらに……。
戦線突破の要として『第一装甲軍集団』――同志ジリエーザの優しさからなる4000機、20個重ゴーレム師団からなる部隊が戦列中央に控える。
この部隊に配された『スターリン』は、エルフの工業力の限界から十分な鋼材を用意できず、岩とか泥とかで作られた粗悪品がかなりの数混じっているが……まあ、気にしてはいけない。
さてさて。
この大軍を使い同志クッサイナーがどう戦うかだが……。
最初に言えることはただ一つ「時間はエルフジア軍にとって最大の敵である」ということだ。
同志ジリエーザの「9月までにロンデリアを制しろ」という命令、皆無といってもいいほど劣悪な補給状況……。
時間が経過すれば、それだけエルフジアは不利な状況に陥る。よって、同志クッサイナーはこの軍を用いて速やかに攻撃を開始しなければならない。
普通のエルフ将校ならここで焦り、即座に物量に任せた突撃を命令するだろう。
……ただ。
実戦派将校であり『エルフジアの赤熊』の異名を持つアシガ・クッサイナー元帥は、数でごり押すだけの典型的なエルフ将校とは違う。
彼は、増援がやってくるまでの時間を使って、生き残った現地の兵士たちから話を聞き、先の『ハドリアヌスライン防衛戦』を分析していたのだ。
そして……。
「歩兵と『スターリン』の連携がとれておらず、それぞれが各個撃破されることが多かった」
「陣地突破の要であるスターリンを各地に分散配備したため、突破力が足りず敵の防御陣地を打ち破れなかった」
「補給、航空支援は全く当てにならないので、可能な限り作戦は短時間で行うべし」
などなど、様々なことを学び、さらにそこから……。
「スターリンは強力な兵器であるが、大和帝国相手には万全とは言えない。突破力を最大限生かすため『スターリン』は20個師団全てをまとめて運用し、敵戦線を突き破る」
「また、そのスターリンを守るため十分な歩兵師団……それも、知能の低いモンスター兵ではなく、共同可能なエルフ兵の護衛をつける」
「補給、航空支援の問題から作戦は極めて短時間、長期化したとしても二週間程度で終結させる必要がある」
と、いくつかの戦訓を得ることに成功していたのだ。
そして、それらの戦訓を生かした新たな攻勢計画を発案、それを『土星作戦』と命名した。
計画は極めて単純。
最初の攻撃目標は、ハドリアヌスラインの中央付近にある交通の要衝「シルフィールドの街」。
ここを制圧し、大和帝国の前線を東西に分断することが最初の狙いだ。
そのために300万の全兵力で圧迫をかけ敵軍の動きを拘束。
そうしてできた隙に、中央の二個軍集団100万の歩兵支援の下、スターリン4000機からなる『第一装甲軍集団』が正面突破。
街を奪取した後は前線が分断され混乱した大和帝国軍の防衛線をそのまま貫徹。
4000機の『スターリン』の突破力を生かし戦線奥深くまで浸透。
二週間以内に敵主力を粉砕し、9月までにロンデリアを制するというものだった。
「アシガ・クッサイナーが『土星作戦』の発動を命ずる! 二週間だ……二週間以内に敵戦線を食い破れ! さもなくば、補給不足か粛清で死ぬぞ!」
こうして元帥仗を振り下ろすクッサイナー元帥の指揮の下、エルフ達の未来が掛かった『土星作戦』が発動されエルフジア軍は一斉に動き出す。
4000機の『スターリン』からなる第一装甲軍集団が二個歩兵軍集団100万を率いて、大和帝国の防衛戦『ハドリアヌスライン』の中央めがけて突進を開始するのだ。
……して。
このエルフジア軍の必死の動きに、気づかない大和帝国ではない。
ロンデリアに大量の輸送船がやってきた時点で「何か敵軍に動きがあるな」と、察知して航空部隊を出撃。
いまだに人食い鳥を主力とするエルフジア空中騎士団を完全破壊し、制空権を確保。
安全になった空を数百機の航空機を使って、綿密な航空偵察を行い「歩兵、モンスター兵およそ300万、装甲兵力4000。これらの兵力によって戦線中央を突破するものである」と、その攻勢の詳細をつぶさに確認した。
今にも始まりそうなエルフジアの大攻勢に帝国陸軍参謀長の辻は……。
「総統閣下! 楽しくなってきましたなぁ! 敵軍はおよそ300万! 装甲戦力も4000、いや、それ以上いるでしょうな!」
と、陸軍の見せ場ができると大喜び。
総統閣下がお住まいになっているヘレルフォレード貴族学校の学生寮に突入し……。
「閣下、この作戦の神様である辻が完璧なる反攻作戦を……」
とか。
「我が軍の戦力は歩兵16個師団、機甲4個師団の合計兵力50万! これに肉壁のロンデリア兵50万を合わせれば総兵力100万の軍集団となりますな! これが閣下の命令一つで動くのですから痛快ですな!」
とか、とか、とか。
エルフジアが攻撃準備を整える数日間、毎日毎日、戦力がどうだー、とか、反攻作戦が云々……とか、子供のような笑顔で説明したという。
これに、最初の方こそ「では、そこで反撃と行きましょう。作戦名は『後手からの一撃』ですね」とそれっぽく話を合わせていた総統閣下だったが数日間も続くと……。
「さすがに毎日ハイテンションおじさんと顔を合わせるのは堪えますね」
と困り顔で対応することになったという。