第百二十六話 狂気の再編成
ロンデリアでの攻勢、大和帝国が『ハドリアヌスライン防衛戦』と呼ぶ戦いに敗北したエルフジア地上軍。
彼らを待っていたのは、静かに怒り狂う同志ジリエーザだった。
「開戦より、もうじき一年が経過する。だというのに、我々は人間の小さな島国一つも占領できていない。同志、これは一体どういうことかね? 答えてみたまえ」
その口調は一見すれば優しく問いかけるようであり、「大っ嫌いだバーカ!」と叫ぶどこぞのちょび髭のような誰が見てもわかりやすい怒り方ではない。
だが、こういう時の同志は極めて危険だ。
油断して少しでも機嫌を損なうようなことを言えば、迷うことなく処刑されることになるだろう。
――なんとしても、早急に同志のご機嫌を取らなければならない。
そう考えたエルフジア本国の高官たちは「わかりやすい戦犯」を用意することで責任回避と同志ジリエーザのご機嫌取りを行うことを決定。
ロンデリア方面の将校を「稚拙な指揮により国家に損害を与えた」として軒並み逮捕し生贄として同志ジリエーザに捧げた。
同志の手によって冷酷にも、次から次に処刑台やシベーリャに消えていく将校たち……。
掃除を終え、少しだけ機嫌がよくなった同志ジリエーザは吠える。
「なんとしても開戦から1年以内……今年の9月までにロンデリアを制するのだ! そのために手段は選んではならない!」
この同志の要望に応えるべく、エルフジア高官たちは狂気の軍再編計画を始める。
大和帝国を絶対に倒せるような大軍を、海を挟んだ遠い異国の地ロンデリアにて編成するのだ。
……
…………
………………
エルフジアが占領する港『スカルフロー』。
そこに、重大任務を背負った男が降り立つ。
「グハハッ! また、クソみたいな将軍どもが失敗したらしいな? まさか、俺がこんな辺境の戦線に送り込まれるとはなぁ!」
真っ赤な軍服を身に纏った傲岸不遜という言葉がよく似合うマッチョな男……彼の名は同志アシガ・クッサイナー。
エルフジアでも、有名なバリバリの実戦派将校であり、『エルフジアの赤熊』の異名を持つ優秀な将軍だ。
……ちなみにその名でわかる通り、エルフジアで有数の高貴な一族、クッサイナー家の一員でもある。
血筋でも能力でもトップクラス、と言ったところだろう。
そんな彼に与えられた任務はただ一つ。
大和帝国との戦いで損耗したロンデリア方面軍を立て直し、早急に攻勢を仕掛け、ロンデリアを制すること……。
失敗すれば彼だけでなく、大勢の命がいろんな意味で危ない重大任務。
それ故に、ロンデリアまでの長旅であったにもかかわらず、休むことも無く兵士たちのいる最前線に向かった。
そして……。
彼は、自らの置かれている状況を理解すると戦慄した。
前線を視察した彼の眼前にあったのは、立て直し困難なほど見事に崩れかけた軍隊だったのだ。
「おいおい、冗談じゃねえぇ! ロンデリアの100万からなるモンスター軍団はどこに消えたんだ? 俺の前にはその半分以下の戦力しかないんだが?」
まず、エルフの数的主力のモンスター軍団。
侵攻開始当初、ファンタジー世界としては圧巻の100万の戦力を誇っていた彼らは、砲撃と塹壕陣地の前に大損害を受け、戦力が三分の一程度の30万程度まで減少。
いまだにファンタジー世界の軍隊としてみれば大規模だが……大和帝国と再戦してどうにかなる戦力とは言えなかった。
「『スターリン』はどうなっているんだ? 師団はあっても、機体が定数を満たしとらんぞ! あれが破壊されるなんて、なにがあったんだ?」
質的主力の重ゴーレム師団も定数を全く満たしていなかった。
チハ戦車に匹敵する戦力を持つ『スターリン』。有効に使えば、大和帝国にとって十分脅威となる兵器ではあるが……。
この手の兵器は、歩兵との協同が必須であることは常識。
エルフジアでは残念なことに、知性のないモンスターを共同歩兵として使用したせいで、諸兵科連合が上手くいかず、各種対戦車兵器の前に狩られまくっていた。
さらに巨体ゆえに目立ってしまい、空の魔王を始めとした各航空部隊が狙いまくるのだから、その生存率はお察しである。
「歩兵は……まあ、こっちはまだ何とかなるか。飢え死にしそうなだけだしな」
モンスター軍団と重ゴーレム部隊が被害担当となり、比較的損害の小さかった歩兵部隊。
こちらは、補給不足でやせ細り、山賊か何かにしか見えないことを除けば問題ないだろう。
……そもそも「兵士が飢え死にしそうになっている」ということが問題である、と言えばそれだけの話なのだが。
……とにかく。
モンスター軍団も、重ゴーレム師団も、歩兵部隊も、全てがボロボロだった。
いまのエルフジア地上軍はどこからどう見ても戦える状態ではない。
普通に考えれば、こんな軍隊の立て直しは早急に諦め、ロンデリアを放棄して撤退するべきだと判断するほどだ。
だが……。
「撤退? それは断じてならん! 撤退なんかすれば……」
――粛清される。
アシガ・クッサイナーの脳裏に、極寒のシベーリャが思い浮かぶ。
頭のおかしい独裁者が「今年の9月までにロンデリアを征しろ!」と命令している以上、軍がどれほどボロボロでも逃げるわけにはいかない。
どう考えても無理ゲーと言える現状。
この状況から大和帝国と戦うとなると……。
「こりゃ、かなり大規模な増援が必要だな。先の戦いで100万の大軍が軽く弾き返されたとなると……」
――最低でもその三倍、300万の兵力は必須だな。
アシガは、そう判断する。
もちろん、それほどの兵力を集めるのは簡単ではない。
「モンスター軍団は……増やせて100万が限界か」
まず、エルフの一般的な兵力増強手段「モンスターのテイム」。
これは、すでに限界が見えていた。
あくまでモンスターも生態系の一部、ゲームなどと違い無限に湧きだすことは無い。
すでに大量のモンスターを消耗してしまっている以上、ロンデリアに残っているモンスターを全てかき集めて100万の軍団を編成する、というのが現実な限界だったのだ。
だがしかし。
彼には心強い本当の意味での『同志』が存在している。
それは、本国で同志ジリエーザに怯える高官たち。彼らも、自らの命のために今回の作戦成功を切に祈っており、そのための協力は惜しまない姿勢だ。
ロンデリアで集められる兵力が、すこしばかり足りなかったとしても……。
「優秀なエルフ兵の大量投入以外戦局を打開する手段はない。本国のマヌケどもに頼んで増援を派遣してもらおう。200万くらいなら送ってくれるはずだ」
本国の高官たちが、人民の命、生活を投げ捨てででも兵士を送ってくれるはずだ。
まあ、もっとも。
神聖エルフジア共和国には10億以上の人民がいる。当然、それだけの人口がいれば、予備兵力は膨大で彼が要求する200万の兵士くらいなら軽く絞り出すことができる。
現地で集めたモンスター兵100万、本国で動員したエルフ兵200万、合計300万……。
これだけの兵力をロンデリアに連れてくれば……きっと大和帝国とも十分以上に戦えるだろう。
こうして、本国の同志たちの下にクッサイナー元帥から「歩兵200万の増援を求む」という要請が送られることになる。
当然その要請は許可され、即座にロンデリアに軍の派遣が決定する。
……そして、さらに。
ここでエルフジアに奇跡が起こる。
この軍の動きを察知した同志ジリエーザが、「なに、増援を送っているのか? その数は、たったの200万か? よろしい、では少し追加して300万ほど送ろう」と珍しく優しさを見せ戦力の増強を行ってくれたのだ。
まあ、同志も先の戦いで何の成果も得られなかった以上、既存の戦力ではどうにもならないということは理解できていたのだろう。
しかも、しかも。
奇跡はさらに続く。
ここで、同志は極めて珍しいことにさらなる優しさを見せるのだ。
「同志クッサイナーよ、歩兵師団だけで攻勢とは心もとないだろう……そちらの残存戦力と合わせ、20個師団を編成できるだけの『スターリン』を送ろう」
攻勢作戦には、装甲部隊が必要だろう。
そう考えた同志ジリエーザは開戦以降せっせと大量生産してきた3000機以上の『スターリン』の追加派遣を勝手に決定。
ロンデリアに残存する数百機のスターリンと合わせれば約4000機、20個重ゴーレム師団を編成できるだけの戦力を送ることを決定したのだ。
歩兵300万、重ゴーレム3000機以上。
珍しく優しさを見せた同志ジリエーザのおかげで、生み出された大軍団。これが、海を渡ってロンデリアに向かうことになる。
……なお。
海上輸送力が甚だ不足しているエルフジアには、これだけの大軍を「まともな手段」で輸送する方法はない。
結局、国内すべての輸送船を総動員した上に、大型艦……各種戦艦や空母、超巨大氷山空母『ハボクック』までも、全てを輸送船として利用し、兵士たちを奴隷船のように詰め込むという手法で解決したという。
このあまりに無謀な輸送計画のせいで、ロンデリアに到着する頃には中世の奴隷船と同等の三割程度……100万人ほどが死亡したらしい。
もはや何と戦っているのかわからないほどの被害である。