第百二十五話 総統閣下は心配なようです
嫉妬するエリュさんの姿が可愛すぎる。
はい、エリュさん専属メイドのアヤメです。
映画の撮影を終えて、エリュさんを『秋津洲』の寝室に連れ込み休憩していたところ、満州沖の第三艦隊から実に興味深い報告が届きました。
その報告をまとめると……。
「総統閣下によく似た容姿を持った少女が、エルフジアの戦艦に乗り満州沖に現れた。偽物であることは確実であるが、詳細は不明」
とのことです。
海戦の結果についてもいくらか報告してきましたが、エリュさんモドキの話に比べればどうでもいい事なのでこの際は無視します。
とにかく、実に面白い話です。
いいですか、私のエリュさんは世界で一番かわいいんですよ?
思わずなでなでしたくなる絹糸のような美しい銀髪、微笑むだけで帝国の経済が大きく動く可愛いお顔、キスしたくなる私専用の柔らかい唇。
そして、一国を滅ぼしかねない傾国の太もも……。
世界可愛さランキングは絶対的一位です。
あまりに可愛くて、私の目にはエリュさん以外のすべてが豚に見える。
それくらいエリュさんは絶対的な存在なんです。
そんなエリュさんに似ていると、高度な訓練を受けた忠誠心の高い帝国軍人が言うのですから……これは、嘘や冗談はないはずです。
軍人としてのキャリアを賭けた報告のはずです。
大変なことですよ、これは。
普通に考えればエリュさん並みに可愛いということはあり得ないので、エルフの魔法技術による何らかの幻覚か、それとも噂に聞くクローン技術によるものですね。
もしクローンだとしたら大変です。
エリュさんは、可愛いだけじゃなくて多才です。
スポーツはちょっと苦手ですけど、絵画の腕は一級品ですし、建築や兵器の先進的なデザインを生み出す明晰な頭脳もあります。
普段は軍人に任せていますが、その気になれば軍を指揮する能力だって一流です。
そんなエリュさんと同等の能力を持つクローンが作れるなら……エルフの能力を飛躍的に高めることになります。
無視できません。
そういうわけで。
寝室の電話を使って親衛隊情報部のハイドリヒに調査を命じたわけなのですが……。
「あーやーめさん? ボクを放っておいて、どこに電話してたんですか?」
「ハイドリヒですよ、エリュさん。エリュさんも知ってますよね?」
ベッドサイドに腰かける私。
そのお膝の上に向かい合う形で、「浮気はダメですよ?」と、ほっぺを膨らませたエリュさんが座ります。
そうです、私の電話の内容を聞いてエリュさんが嫉妬モードに突入したんです。
「もう、エリュさんは心配性ですね。私が浮気するわけがないじゃないですか?」
そう言って微笑みかけてあげますが、エリュさんはちょっと不安げ。
「むう……でも、電話で言ってました。ボクにそっくりの子が現れたって。ボクを捨てて、その子に乗り換えるつもりじゃないんですか?」
そう言ってエリュさんは「やましいことがないなら、ボクの目をまっすぐ見てください」と私の瞳を見つめてくるんです。
揺れるエリュさんの瞳、それを見ればエリュさんがどれだけこの件について危機感を抱いているのかわかります。
……こういうちょっと嫉妬深いところもエリュさんの可愛いところです。
性格、内面も含めてエリュさんは可愛いのです。
この可愛らしさをクローンごときが再現できるはずがありません。つまり、私の心がエリュさんから動くことは無いということです。
しかーし!
エリュんが、不安を覚えているならこの私が解決してあげなければいけません。
こういう時は対処方法は一つ。
そう、疑念が吹き飛ぶほど思いっきり甘やかしてあげることです!
まずは、吐息のかかる距離までエリュさんに顔を近づけて……エリュさんが「アヤメさん、
近いですよ?」と、照れて目線をそらした隙に唇を奪います。
「んぐっ! んうぅ! あやめさん!?」
「ちゅむっ……ぷはっ! はい、これが答えです。私がエリュさんを捨てるわけないじゃないですか」
そして、もう一回キス。ついでに、エリュさんの魅惑の太ももを撫でまわします。
びくんっ、とエリュさんの体が跳ねて……どうやら、満足したのか、全身の力を抜いて私に体を委ねます。
可愛すぎます。
我慢できないので、このままベッドに押し倒して……。
☆☆☆☆☆
……なにがあったのかはあえて言いません。
けど、とある事情でべとべとになったので、アヤメさんと一緒に湯船につかっているエリュテイアです。
なにがあったのかは言いませんが、とにかく、アヤメさんのおかげで満足はしました。
……けど、やっぱり不安なものは不安です。
ちらっとアヤメさんの電話の声を聴いてしまったんです。情報部のハイドリヒさんに、アヤメさんが言っていたんです。
ボクに似た可愛い女の子が現れたから調査しろ、と。
大問題です。
「そんなに不安そうにしなくても大丈夫ですよ、エリュさん。何度も言ってますけど、私がエリュさん以外の女の子に興味を持ったことがありますか?」
そういって、ボクを後ろから抱きしめるアヤメさんは、優しく……その、とある場所を撫でてくれていますが……。
むぅ……。
たしかに、アヤメさんがボク以外の女の子……と、いうよりボク以外の人間に興味を持ったところを見たことがありません。
けど、今回は話が別です。
その少女がどれくらいボクに似ているのかわかりませんが、少なくともアヤメさんの『興味』を引いていることは確か。
万が一にも、アヤメさんの心が奪われたら……想像するだけで怖いです。
ボクのアヤメさん。
濡れ羽色の綺麗な髪、ボクだけに見せてくれる優しい笑顔、ボクのことをいつも気持ちよくしてくれる細い指……。
ボクは、アヤメさんさえいれば他には何もいらないんです。
そんなアヤメさんをボクから奪うというのなら……。
「……アヤメさん海軍は、どうなっていますか?」
「先の海戦で不甲斐ない結果を出してしまったことに責任を感じて切腹すると言っていますよ?」
「そうですか、死んでいる暇があったら戦う準備をするように命令しておいてください」
海軍は、先の満州沖海戦で敵を逃してしまったそうですが……それは、不問にします。
そもそも、敵を逃しましたが通商破壊の阻止は成功。
戦術的に見れば負けた気もしますが、戦略的に見れば問題ない感じです。
それよりも……。
今は、海軍が戦闘力を保ち続け、いつでも戦闘できる状態を維持することが重要です。
「ロンデリアの艦隊――『大西洋艦隊』は動かせますよね?」
ロンデリアに配備された『第一航空艦隊』と『第二艦隊』を合わせた超巨大艦隊――通称『大西洋艦隊』。
「はい、一応……って、まさか、エリュさん、仕掛けるんですか? 艦隊決戦は敵をもっとロンデリアに引きずり込んだ後にするって……」
……まだ、しませんよ。
まだ、アヤメさんは浮気してませんから。
けど、もし、万が一にもボクのアヤメさんを奪う賊が現れたのなら……粉砕しないといけません、ボクの全てを使ってでも。
とにかく。
「海軍にはいつでも戦えるように命令を下しておいてください。あと、例の新型爆弾の開発を急がせてください。それを運用するための超重爆も……」
人間とエルフ、二つの種族が抱える戦争問題を物理的に解決させる『新型爆弾』。
元日本人としてはこんなものを使いたくないですが、敵が卑劣な手段でボクのアヤメさんを狙うのであれば話は別です。
早急に開発させ、いつでも使えるようにしないと……。
……っと、どうしたんですか、アヤメさん?
なでなでする手が止まってますよ?
「……エリュさん? 最近デートが少なかったことでちょっと怒ってます?」
……別に、怒ってないです。けど、察しては欲しいです。
「ふむふむ、そうですか……あ、そういえばロンデリアの劇場で新しいオペラの演劇があるとか?」
……オペラ!?
「それと、国内の自動車メーカーから例の新型スポーツカーが届いていてですね……。今週末、ロンデリアまでドライブデートなんてどうですか?」
例のスポーツカー……。
ボクがどこかのちょび髭を真似て、自動車開発に首を突っ込んで作らせたやつですね。
1970年代のとある超有名日本製スポーツカーを真似た近代的スタイルのかっこいいやつです。
国内の自動車文化のさらなる発展を、と国防力強化のために作らせたんです。
ほら、スポーツカーに乗っている人って、自分でエンジンをいじったりしますよね?
自動車用エンジンと航空用レシプロエンジンは基本的な構造は同じなので……。
その、スポーツカー好きを大量生産して戦時下に戦車とか航空機とかの整備士にできないかな、って。
まあ、とにかくです。
「ドライブデートなら、当然運転は、アヤメさんがしてくれるんですよね?」
「はい、私がしっかりエスコートしてあげますよ?」
……ふふん、ならいいです。
って、どうしたんですかアヤメさん。えっ、「ご機嫌になりましたね、エリュさん。単純なところも可愛いです」ですか?
むう……。