第百二十四話 満州沖海戦 後編
満州沖にて行われている大和帝国『第三艦隊』とエルフジア共和国『ベリヤ艦隊』の海戦。
その戦いは軍艦の数や攻撃力、防御力だけを見れば、ほとんど互角と言っても過言ではなかった。
まずは攻撃力。
大和帝国の『敷島型』が30センチ連装砲2基4門に対し、『バシレウス級』は20センチ級高濃度魔道弾発射機、連装4基8門。
単発火力で優る『敷島型』、砲門数で優る『バシレウス級』と、言った感じでそれほど大きな差はない。
装甲はどちらも30センチ砲防御であり、こちらも同等。
強いて言えば、当時としては最新鋭の『クルップ鋼』を唯一採用している『三笠』が頭一つ有利、と言った感じだろうか?
攻守ともにほとんど互角の戦艦が同じ数――4隻ずつで戦う。
条件は同じのはず。
だが……。
ベリヤの乗る『バシレウス』を激震が襲う。
衝撃でベリヤが司令席から投げ出され、「ひゃんっ」と悲鳴を上げながら床でお尻を強打する。
「いつつ……何が起こった?」
「第二砲塔に敵弾が命中、大破沈黙しました!」
痛むお尻を擦りながら、立ち上がったベリヤが艦橋から見たものは『三笠』の主砲弾の直撃を受け無残にもひしゃげた第二砲塔だった。
砲身はねじ切れ、黒煙を上げて動く気配はない。
完全に使用不能だ。
射撃用のマナが誘爆し、船体が吹き飛ぶ、ということだけはなかったものの……火力を失ってしまったことに、ベリヤは思わず歯噛みする。
だが、それだけでは終わらない。
その数十秒後、再び『三笠』の主砲弾が『バシレウス』を襲う。一斉射撃4発の主砲弾の内、1発が後部の第三砲塔に直撃。
天板を貫き、一撃で吹き飛ばす。
「こ、後部の第三砲塔被弾! 使用不能です!」
「……これで、ボクたちは二基の主砲塔を失ったわけだね。砲力は半減、他に被害は?」
「二番艦『レックス』も多数被弾っ! 甲板上で大火災、全ての砲が沈黙しています」
どう見ても、戦況はベリヤ達にとって不利であった。
ベリヤ艦隊の旗艦『バシレウス』は『三笠』の砲撃で滅多打ちにされ砲力が低下、さらに二番艦の『レックス』も三笠の後方を進む『初瀬』の猛砲撃を受けて火災発生。
艦奥深くの動力だけは無事で速力を保っているが、砲力を失い沈黙していた。
その他、2隻は戦列後方にいたこともあり、被弾数がそれほど多くなく戦闘力を保っているが……。
ちらりほらりと甲板上に真っ赤な火災が見え、完全に無傷と言うわけではないようだ。
一方。
「ボクたちの砲撃も当たっているはずなのに……敵はまだ元気そうだね」
第三艦隊の敷島型4隻は、すべて無事。
一隻も欠けることなく一糸乱れぬ単縦陣を組み、主砲、副砲を使い果敢に砲撃を行っていた。
熟練の大和水兵が繰り出す見事な艦隊運動は、ベリヤに「……もしかすると、ボクたちの砲撃は当たってないのでは?」という疑念を抱かせるほどだったという。
まあ実際にはそんなことは無く、ベリヤ達の砲撃も命中していた。
開幕から集中砲火を浴びた『三笠』は10発ほど被弾し、乗員に若干の被害を出していたし、『初瀬』も直撃弾で15センチ副砲が一門、使用不可能になっていた。
第三艦隊も無傷ではない。
ただ、命中した砲弾の数が段違いであっただけなのだ。
熟練した乗員、優秀な光学装置、洗練された統制射撃……これらを有する大和帝国の射撃命中率は、ベリヤ艦隊の倍以上。
ベリヤ達が一発命中弾を出す間に大和帝国は2発、3発……いや、それ以上の命中弾を叩き出していたのだ。
それだけ浴びせられる砲弾の数が違えば、ダメージも変わってくる。
それだけの話だ。
「勝ったな、艦長」
「はい、東堂提督。総統閣下に良い報告をすることができますな」
「うむ、我が帝国海軍は安泰だな」
被弾し砲力を失いつつあるベリヤ艦隊を見て東堂は勝利を確信。
「一気に終わらせるぞ、探照灯を敵の旗艦に浴びせかけよ」
とどめを刺さんと肉薄し、『三笠』の探照灯を『バシレウス』に浴びせかける。
探照灯の強烈な光にて、くっきりと明るく照らし出される『バシレウス』。これでは、射撃の良い的だ。
「うぐっ、眩しい……!」
このままでは……ベリヤが、そう諦めかけた瞬間。
東堂に電流が走る。
いや、『三笠』の艦橋にいる全員の脳に『!?』という文字が浮かび上がった。
彼らが見たのは探照灯にて照らし出された『バシレウス』の艦橋にいるベリヤ。ボコボコに撃たれ、今にも泣きそうな表情で東堂たちを睨んでくる彼女の姿に衝撃を受ける。
何しろ、その容姿は……そう、総統閣下そっくりなのである。
「まて! 撃つな!」
「て、提督! あのような場所に総統閣下がおられるはずがありません! 偽物です」
「それはわかっている! だが、あれほど似ている少女が軍艦に乗るなどあり得るのか?」
「……ッ! 何か、総統閣下と関わりがあると?」
ぴたりと『三笠』の砲撃が止まる。
いや、それどころか、第三艦隊の全ての艦が砲撃を停止する。
帝国軍人は高度な訓練により、数キロ圏内の総統閣下の存在を感知できるし、逆に総統閣下からの視線を感じることもできる。
その鍛え抜かれた感覚は、眼前の少女が『偽物』であることを示しているが……。
それにしても、よく似ている。
しかも、男女平等などいまだに浸透していないファンタジー世界、女が軍艦に乗ることが珍しいこの世界で、絶世の美少女が艦隊旗艦の艦橋にいることなどありえるのだろうか?
エルフの罠か、それとも……何一つ有益な情報を持たない東堂たちは、一体彼女が何者なのかまったくわからなかった。
そして、そんな状況で総統閣下そっくりの少女を不用意に撃つことなどできるはずがない。
ここで、第三艦隊司令部はもめる。
あるものは「東堂提督、あの少女の調査が必要です! 敵旗艦を鹵獲しましょう!」と、主張し。
また、あるものは……。
「いや、ダメだ! 敵旗艦には、まだ主砲が残っている。あれを鹵獲するには、砲撃で黙らせる必要がある」
「だが、そうなると、あの少女も巻き添えで吹き飛ばしてしまうぞ! そうなれば政治的な問題に発展する!」
と、それは不可能であると主張する。
しまいには「あれは総統閣下とは似ても似つかぬ偽物だ! あのようなもの吹き飛ばしてしまえ!」と、叫ぶ総統閣下過激派も現れパニック状態。
そして、忘れてはいけないが、ベリヤ艦隊は完全にやられているわけではない。
第三艦隊司令部がベリヤの扱いに関して議論している間にも、「……射撃が止んだ!? 勝利の女神がボクたちに微笑んだみたいだね」と残った火砲を総動員して反撃を試みる。
内部の混乱、敵の反撃。
どうしようもなくなった東堂は「付近の潜水艦に、敵艦隊を追尾するように下命。我が艦隊は、あの少女の情報を得るまで一時的に後退する」と撤退を決意。
「ベリヤ司令! どういうわけか、敵艦隊が離脱していきます!」
「……敵艦隊が離れていく? 急に撃たなくなったし……なにかの罠? ボクたちは助かったのか?」
何が起こったのか全く理解できず、完全に置いてけぼりにされたベリヤ艦隊を放置し、海域を離脱。
当初の目的であった「敵艦隊の殲滅」に失敗することになる。
また、放置プレイされることになったベリヤ達も艦隊の損傷が激しく、これ以上の戦闘は不可能。
艦首をエルフジア本国に向け、撤退することになる。
こうして、ベリヤ達は撤退に成功し『満州沖海戦』は珍しくエルフ達の戦術的勝利に終わるのだった。