第百二十一話 司令少女と通商破壊
エルフジア主力艦隊司令長官ウラドレーナ・ベリヤは考える。
強大な海軍力を持つ海洋国家『大和帝国』。
そんな国相手に、海軍のド素人しかいない陸軍国家『神聖エルフジア共和国』が対抗するにはどうすればいいのかと。
一応、数の上ではそれほど劣勢ではなかった。
現在、ロンデリア方面に展開しているエルフジア艦隊の編成は、超大型空母1隻、空母8隻、戦艦8隻、重巡洋艦9隻、その他小型艦多数、と言ったところ。
クッサイナー艦隊が壊滅したのが痛いが、まだまだ十分な規模だ。
一方の大和帝国。
開戦当初は本土防衛を最優先し、総統専用艦『秋津洲』と装甲巡洋艦4隻くらいしかロンデリアに派遣していなかった彼らだが……。
新型艦の就役、ベリヤの『ロンデン空襲』、ロンデリア王国への外交的配慮、などにより態度を一変。
その数を急増させていた。
して、その編成だが……。
総旗艦 総統専用艦『秋津洲』
第一航空艦隊
第一航空戦隊 翔鶴 瑞鶴 駆逐艦4隻
第二航空戦隊 蒼龍 飛龍 駆逐艦4隻
第三航空戦隊 雲龍 黒龍 駆逐艦4隻
第三防空戦隊 阿賀野型防空巡洋艦 4隻
第三駆逐戦隊 駆逐艦 16隻
第二艦隊
第一巡洋戦艦戦隊 金剛 比叡 榛名 霧島
第二巡洋戦艦戦隊 伊吹 鞍馬 筑波 生駒
第五戦隊 出雲型装甲巡洋艦 出雲 磐手 八雲 吾妻
第四航空戦隊 鳳翔 駆逐艦4隻
第四防空戦隊 阿賀野型 4隻
第四駆逐戦隊 駆逐艦 16隻
第五駆逐戦隊 駆逐艦 16隻
……と、なっていた。
まとめれば、戦艦1隻、巡洋戦艦8隻、空母7隻、装甲巡洋艦4隻、防空巡洋艦8隻、大量の駆逐艦。
その他にも捕鯨船改造の小型護衛艦『ゆり型コルベット』などが、数十隻単位で大量生産され、微力ながらも貴重な海上護衛戦力として活躍していたが……。
今比較しているのは、あくまで戦艦、空母などの正面戦力。
これに限って言えば、エルフジアも大和帝国も数の上では変わらなかった。
……だが、だからといって艦隊戦で互角に戦えるかといえば難しい。
質があまりに違ったからだ。
例えば戦艦。
大和帝国の巡洋戦艦は、最も旧式の『伊吹型』ですら30センチクラスの砲を装備しているのに対し、エルフジアの戦艦『バシレウス級』の主砲威力は20センチ砲程度……。
バシレウス級は氷結艦であるため防御力は十分だが、火力に関しては大きな不安が残るところだ。
空母の艦載機も差が大きい。
大和帝国の航空戦力に対し、対抗できるのは少数存在する高性能なワイバーンだけ。数的主力を占める人食い鳥では……お察しだろう。
また、乗員の練度や戦闘システムも明らかな差がある。
素人ばかりのエルフジアに対し、相手は玄人。
まともな無線機も射撃指揮装置もないエルフジアに対し、大和帝国は高性能な無線装置や測距儀、機械式計算機を持っている。
何もかも足りない。
もちろん、ベリヤはそのことを全て知っているわけではない。
ベリヤは大和帝国艦隊の正確な規模を知らない。戦時下で、親衛隊の情報統制が行われている中、動き回る敵艦隊の所在を探ることは困難極まりないからだ。
スパイが手に入れた断片的な情報を、推察して「ボクの推定では、こちらの艦隊と同等くらいはいるんじゃないかな?」と予測するのが精いっぱい。
軍艦の性能についても知らない。
大和帝国が雑誌などで公開している情報は、ロンデリアに潜ませたスパイにより、知っているが、それ以上の知識はない。
射撃システムなんてどうなっているか皆目見当もつかないし、無線機の有無も知らない。
雑誌以外で、彼女に与えられた情報といえば『ロンデリア海峡海戦』でのクッサイナー艦隊の敗北くらいだろう。
ちなみに、その海戦でエルフジア海軍は、ほとんど一方的に戦艦4隻、巡洋艦3隻を失う大被害を受けている。
と、なれば、ベリヤが大和帝国をどう評価するか、言わずともわかるだろう。
それ故に彼女は悩み、考える。
勝ち目の薄い馬鹿正直な艦隊決戦以外の道を探ろうとしたのだ。
そして、思いつく。
「海軍の存在意義とは、海上輸送路の維持にある。つまり、艦隊戦に勝利できずとも、大和帝国のこれを脅かすことができればボクたちの勝ちだ」
と。
いわゆる通商破壊。
海軍力で劣る陸軍国家らしい戦術の模範解答であると言える。
……とはいえ、思いついてからも実行に移すのは難しかった。
海上輸送路を狙われることは、大和帝国も想定済み。
エルフジアが通商破壊できそうなエリア――ロンデリア王国を始めとした東方大陸近海には大量の護衛艦が展開していたし、哨戒機も飛び回っていた。
敵が迂闊に艦隊を送り込んでくれば、即座に艦隊を送り込み逆に返り討ちにする。
それくらいの準備を整えていたのだ。
ベリヤが作戦を成功させるためには、この状況を何とかしなければならなかった。
そして……。
大和歴312年3月3日。ハドリアヌスライン防衛戦が勃発した翌日。
ベリヤは、ついに舞台を整えた。
僅かな月明かりが照らす暗い夜、大海原をバシレウス級戦艦4隻からなる艦隊が進む。
ベリヤ率いる通商破壊艦隊だ。
その先頭、艦隊旗艦『バシレウス』の艦橋で、彼女はMっぽい副官に語る。
「大和帝国への通商破壊を成功させるに、ボクは一つの布石を打った、それがわかるかい?」
「……ロンデン空襲、ですね」
「正解、よくできたね」
ロンデリア王国王都『ロンデン』。軍事拠点でも、補給拠点でもないこの街をベリヤは空母艦載騎部隊をもって攻撃した。
本来であれば、その攻撃に政治的プロパガンダ以上の意味はない。軍事的にも、経済的にも大和帝国に打撃を与えることにはならないからだ。
だが、先を見据えたベリヤにとってはそうではなかった。
「あの攻撃以降、ロンデリア近海の大和帝国艦艇は急増した。これもすべて、ボクの予定通りさ」
ロンデリアに集まった大和帝国海軍……。
ベリヤはこれをチャンスだと考えた。敵の戦力がロンデリアに集まってくれるなら、その分他の場所に『隙』ができるはずだからだ。
さらに……。
「そして、敵艦隊をロンデリアに集めたボクは機会を待った。敵の目が、更にロンデリアに集中する瞬間を、ね」
「その瞬間こそが、我が地上軍の大規模攻勢ですか」
「そういうこと。どんな敵でも、この瞬間だけは、ロンデリアに思わず注目してしまうだろう?」
ハドリアヌスラインを巡る両軍の激突。
ベリヤはこの瞬間を待った。大和帝国の意識がロンデリアに一点集中しているこの時期に、ちょうど重なるように作戦を練ったのだ。
敵艦隊の位置を操作し、隙ができる最高のタイミングを待つ。
大和帝国の鉄壁の防衛網を抜くために、これだけのことをした。
だが、ベリヤは考える。これくらいで、突破させてくれるほど大和帝国は甘い敵ではない、と。
だからこそ……。
「ボクたちは、最後に賭けを行った。敵が絶対に来るはずがないと思う場所を……いや、正確にはボクたちですら攻撃できないと思う場所を狙う必要があったからね」
「その場所こそが……」
「……『大和帝国本土』、だね」
そう言って、ベリヤは眼前の『大陸』をやっと見つけた一安心、といった様子で見つめた。
それまでのエルフジアの常識から考えれば、大和帝国の本土を攻撃することは不可能に近かった。
その理由は単純。
エルフジアから見て、大和帝国の本土は『東方大陸』の向こう側に存在しているはずだったからだ。
もし、大和帝国本土に攻撃したければ、彼らが防備を固める東方大陸近海をどうにかして突破しなければならない。
艦隊決戦をすれば負けるから通商破壊を目論んでいるのに、敵陣を強行突破など正気の沙汰ではない。
ベリヤも一度は不可能だと諦めかけたほどだ。
だが、ベリヤはふと思い出す。
同志ジリエーザが、『世界は丸い』と言っていたことを。
地動説すら、知れ渡っていないファンタジー世界の住人からすれば世界が丸いなんて、とんでもなく馬鹿げた話だ。
親愛なる同志ジリエーザがいうからこそ、「へ、へえ、そうなんですね」と、聞いてもらえるが、普通の人が同じことを言えば狂人扱いされるだろう。
だが、もし、同志が言う通り世界が丸いのであれば……。
西に進み新大陸の近海を強行突破せずとも、東回りで進めば大和帝国本土に到達できるのでは?
そう考え、賭けに近い航海を行った。
そして、その賭けにベリヤは勝った。
彼女の眼前には、エルフ達にとって未知の大陸『満州大陸』が広がる。きっと、この大陸こそが大和帝国の本土なのだと、ベリヤは舞い上がった。
「さあ、舞台は整ったよ。艦隊前進、油断している人間たちに一撃、手痛い打撃を浴びせて勝利をもぎ取ろう」
そう言って、強気な笑顔を見せるのだった。