第百二十話 ハドリアヌスライン防衛戦
大和帝国と神聖エルフジア共和国。
人間とエルフ、それぞれの大国同士の初めての大規模陸戦『ハドリアヌスライン防衛戦』。
その戦いは結論から言えば、何もかも大和帝国の想定通りだった。
巨大な横隊を組みロンデリアの大地を進むエルフジア軍。
その先鋒を務めるのは100万からなるモンスター軍団だ。
大国でも精々10万程度の動員が限界の中世ファンタジー基準では無敵、最強といってもいい軍勢だろう。
この大軍があれば作戦などなくとも、平押しで勝てる。そういったレベルだ。
だが、生憎大和帝国は近代国家、100万程度の物量戦では怯まない。
彼らを粉砕するために始まる大和帝国の弾幕射撃。
物量には物量を。
100万の敵軍に対し、2000門の火砲で数百万発の砲弾を浴びせかける。
その射撃速度は一時間に5万発。
しかも、それら一発一発の威力は並みではない。
この頃の大和帝国は「火力が全てです。砲門数は多ければ多いほどいい」と、いう総統閣下のお言葉で各部隊の火力を大幅に増強させていたのだ。
例えば。
この世界に移転した当初、大和帝国の師団砲兵の編成は75mm野砲24門、105mm榴弾砲12門の計36門だった。
小型軽量で使いやすい75mm砲を主力とし、多少足りない火力を榴弾砲で補う、といった形で戦間期の一般的な編成と言ったところだろう。
だが、この戦争が始まる頃にはがらりと変更。
扱いやすいが威力不足の75mm野砲は排除され、火力に勝る105mm榴弾砲36門、155mm榴弾砲12門、計48門の大口径火砲によって統一。
火砲の重量化による運用難易度の向上はお得意の機械化で乗り切り「火力! 火力! 火力!」と、言ったアメリカンスタイルに生まれ変わっていたのだ。
まさに火力戦の権化。
呆れるほどの弾幕。
大和帝国に所属しているナチの皆さまは、いきなりこの弾幕を浴びることになるエルフジア軍に「アメリカやアカ共の砲撃を思い出すなぁ」と、どこか親近感を覚え、同情したという。
砲撃すら稀なこの世界では、まさに常識外れ。
淡々と降り注ぐ砲弾に、エルフがテイムしたモンスターたちは砕かれ、ひき肉となっていく。
さらに、この砲撃と並んで航空攻撃も行われた。
対地攻撃専門の襲撃機隊はもちろん、戦略爆撃機も百機単位で来襲。低空を飛翔し、敵戦列めがけて数百トンの爆弾をばらまき、万単位のモンスターを焼き払った。
クラスター爆弾、ナパーム弾、テルミット焼夷弾、毒ガス弾。
いずれも強力な面制圧兵器であり、上手く敵戦列に直撃させれば一発で100体以上のモンスターを吹き飛ばす破壊力を持つ。
そして。
この航空攻撃で最大の戦果を上げたのは、言うまでもなく某魔王様である。
彼は、エルフジア軍の弱点をモンスター指揮仕様のスターリン、『スターリン・コマンダンテ』だと見抜いた。
――スターリン・コマンダンテ。
巨大なパラボラアンテナを背負ったこの重ゴーレムは、強力なテイム魔法を操り一機で1000体のモンスターを操ることができる戦術兵器だ。
これが一機あれば、その辺のモンスターを捕まえて一個大隊を即座に編成できる。
そういえば、どれほど強力か理解できるだろう。
だが、逆に言えば、これを壊せば1000体のモンスターのテイム魔法を解くことができる。たった一機のスターリンを撃破するだけで、一個大隊を消すことができるのだ。
故に、彼は目を皿のようにしてこの機体を探し、積極的に撃破。
たった一度の出撃で10機のコマンダンテを撃破することもあったという。この損失により、1万のモンスターのテイム魔法が解けることになる。
1万、つまり、約一個師団だ。
魔王が一度出撃すれば、一個師団が文字通り消えてなくなるのだ。
これらの攻撃により、すさまじい勢いで兵数を減らしていくエルフジア軍。
攻撃開始からわずか3時間。
大和帝国の最前線に到着する頃には、100万を誇ったモンスター軍団はその数を大きく減らしていたという。
だが、これはあくまで前哨戦。
本当の防衛戦はここから始まる。
苛烈な砲爆撃を乗り越えた先にエルフジア軍を待っているのは突破困難な塹壕戦。
地面には対人地雷、対戦車地雷が数え切れないほど埋められ、おまけの指向性爆弾が戦線各所に仕掛けられる。
これらが炸裂するたびに部隊が消し飛ぶ。
無理に地雷を突破しても、そこには行く手を阻む鉄条網。
そして、防衛線第一陣地。
大和帝国からレンドリースされたばかりのボルトアクション式小銃『九九式歩兵小銃』を装備したロンデリア兵50万が待ち構える。
ファンタジーらしい鎧を脱ぎ捨て、第一次大戦風の軍服に着替え、塹壕に籠った彼らは、自陣付近までエルフジア軍が接近すると銃口を並べ一斉射撃で出迎えた。
50万の兵隊から数百万の弾丸が発射され、弾幕の雨となって鉄条網で足止めされているエルフジア軍を襲う。
これを生身の突撃で突破するのは不可能に近い。
機関銃ほどではないが、歩兵小銃の弾幕射撃の制圧能力は決して低くないのだ。
それに、弾幕を突破して塹壕に飛び込んでも、ロンデリア兵は簡単にはやられない。
元冒険者も多く混じっている彼らは、近接戦闘でも強かったのだ。
塹壕内では、銃剣だけではなく、スコップまで使用した白兵戦が行われ、壮絶な死闘が繰り広げられた。
また、大和帝国がネタ枠で供給した『刺突爆雷』が、驚くほどの活躍を見せた。
小銃弾を弾きながら、塹壕陣地に接近する『スターリン』。エルフジアの貴重な装甲戦力であるこの重ゴーレムは塹壕突破のカギとなる兵器だ。
このスターリンに対し、刺突爆雷は驚くほど有効に機能した。
塹壕やタコつぼに籠り、あるいは死体のふりをして地面に伏せ、スターリンが通り過ぎようとしたところに一突き。
モンローノイマン効果を利用した対戦車兵器の威力を前に、巨大人型兵器の弱点「脆い脚部」が破壊され、スターリンはいともたやすく擱座する。
そのほかにも、小銃弾が効きにくい大型モンスター相手にも刺突爆雷は使用され、各所で犠牲と共に戦果を上げていくことになる。
――英霊の杖。
ロンデリア兵は祖国を救う兵器を、皮肉交じりにそのような愛称で呼んだという。
また、噂だが、バグパイプを響かせながら剣と弓で戦う謎の士官が現れたという話もある。
後に『ハドリアヌスラインの狂人』と呼ばれる彼だが、何者なのかはよくわかっていないらしい。
まあ、変人のことはさておき。
自爆兵器まで用いたロンデリア兵の奮戦で、ほとんどのエルフジア軍は足止めを食らうことになる。
この塹壕戦を突破できた者はごく僅か。
そして、僅かに突破した少数の部隊はさらなる地獄を見ることになる。
防衛線第二陣地、大和帝国軍主力だ。
この防衛線は、ハドリアヌスラインの主力であり、ロンデリア兵とは比べ物にならない圧巻の火力を誇る。
各歩兵師団は、師団砲兵や連隊砲だけにとどまらず数百門の迫撃砲を持っているし、毎分1000発の連射速度を持つ「エリュさんの電気のこぎり」の異名を持つ新型汎用機関銃も装備していた。
さらにさらに。
歩兵一人一人がフルオート射撃可能な新型自動小銃『10式小銃』を装備しているので、歩兵単体の火力も馬鹿にできない。
おまけに、『スターリン』の存在を警戒していた大和帝国は、88mm高射砲を改造した対戦車砲や、バズーカのような対戦車火器も揃えていたのでエルフ自慢の重ゴーレムも怖くなかった。
それに大和帝国は金持ち国家。
各師団には、歩兵支援用のチハ改戦車が一個大隊約50両付属し、これが移動式トーチカとして歩兵を守った。
この第二陣地に接近したエルフジア軍は、瞬く間に砕け散った。
迫撃砲に砕かれ、対戦車砲に吹き飛ばされ、機関銃に引き裂かれ、歩兵小銃の乱射を受ける。
それこそ、肉片すら残さない勢いの弾幕射撃で粉みじんになってしまったのだ。
最終防衛ラインの要塞線に至っては、敵が来ることも無かったという。
結果、戦いはたった一日で終結した。
エルフジア軍はモンスター兵70万、エルフ兵2万を損失し撤退。さらに、決戦兵器である『スターリン』も数百機失った。
一方の大和帝国の被害は第一陣地で自爆攻撃や白兵戦まで繰り広げ、死闘を繰り広げたロンデリア軍に10万程度の被害が出たが、それ以外は微小。
大和帝国の部隊に至っては事故を合わせても1000名未満の被害だったという。
完璧ともいえる大和帝国側の勝利。
ロンデリア王国では、この勝利を祝いあらゆる場所で教会の鐘が鳴らされたという。
……ただ。
エルフ達もただ一方的に負け続けるわけではない。
大和帝国が、ロンデリアでの決戦に注力しているその頃、遠く離れた『満州大陸沖』で少女が暗躍する。
「さあ、舞台は整ったよ。ボクたちも仕掛けようじゃないか。油断している人間たちに一撃、手痛い打撃を浴びせて勝利をもぎ取ろう」
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
久々に書いたのでちょっとおかしなところがあるかもしれません。もし、気になるところがあったら、感想で教えてくださると助かります!