第十二話 東方大陸発見
エリュテイアと聖女ロシャーナが『富嶽』で会談を果たし、本国に帰還しようとしたその翌日。
満州大陸から東に約4000kmの海上を進む一隻の軍艦の姿があった。その艦は大和帝国海軍の防護巡洋艦『千代田』。和泉型防護巡洋艦の二番艦である。
その艦橋の艦長席では、まさに海の男と言った日焼けした体格のいい男が憎々しげについ先ほど届いた電報を握りつぶしていた。
「おや、艦長。どうもご機嫌斜めな様子で」
「これを読んでみろ、そしたら理由がわかるさ」
そう言って、くしゃくしゃに握りつぶされた電報を艦長――鮫島はすぐ後ろの副長に投げつけた。
この馬鹿、大事な電報を握りつぶすなよ……と思いつつ、副長はその紙を広げ、内容を確認した。
「はて……ええっと“防護巡洋艦『和泉』が異世界人を乗せた船を発見”ですか。はあ、喜ばしい事ではないですか?」
「なにが喜ばしいだ。わからんか? 『和泉』だ、つまりは、また奴がやりやがったんだ! この俺を差し置いて、あの若林がな!」
チクショー! と悔し声を上げる鮫島。
ちなみに若林とは巡洋艦『和泉』の艦長であり、この男鮫島の昔からの同期であり、ライバルであり、もっと言えば隣近所に住む幼馴染である。
「いつもこうだ。幼年学校入学から海軍大学校卒業まで主席はあいつ、俺は永遠の次席だ! 海戦での初戦果も奴が先だった! 新大陸発見の功も先に奪われた。おまけに、異世界人との初接触も奴だ!」
「ははぁ……」
何だいつもの奴か、と至極どうでもよさそうにする副長。心の中で「そう言えばこいつ、初恋の人も若林に奪われていたなぁ」と思ったのは秘密である。
「きっと今頃、奴は“軍人としての務めを果たしただけさ”とか“運が良かっただけさ”とかカッコつけてるんだぜ? エリート軍人ぶりやがってスカした嫌なヤローだぜ!」
「ああ、そうですか。なら、艦長もカッコつけれるように戦果を上げれば? ほら、異世界人からの情報によれば西方に大陸があるのだとか? 今からでも配置換えして……」
「バカヤロー! 今からその西の大陸を見つけても若林には追いつけん! そこにあるってわかっているものを見つけるなんてのはガキのお使いでもできるんだよ!」
フンスッ、と鼻を鳴らす鮫島。あー、はいはいそう言うことですか、と副官もある種の諦めムードである。
「……まったくの何の情報もない新大陸を見つけたいと?」
「そう言うことだ。そうでなければ、奴には、若林には勝てん」
「しかし、東方の調査にも限界があります。給炭艦まで引っ張ってきて……」
まったくこれだから、と言いたそうな副長。しかし、鮫島は気にしない。
そして、一方的にライバル視している永遠のライバルに勝つ方法と、ついでに艦の航続距離伸ばすために無理やり給炭艦を連れてきた言い訳を暫し考える。
「副長、聞いたか? 満州大陸には天然ゴムを始めとした資源が大量にあるらしい。あの大陸一つ開拓しきれば、少なくとも我が国は資源には困らんと。つまり、奴は帝国の生命線を見つけたってことだ」
「ええ、そうですね。国家存亡を左右する重大な発見です」
「だが、一方の異世界人については今のところ大きな発見ではない。その電報によればその異世界人の国は滅んでいるらしいからな」
「滅んだ国とは交易できませんから、即座に我が国を救ってくれるという話ではないですな。まあ、我が国の西方に大陸があること、そして、この世界にも人間がいるということが分かったくらいでしょうか? それでも十分な発見ですが」
うむ、と大きくうなずく艦長。
何度考えても『和泉』の、そして、ライバル若林の戦果がどうしようもなく立派であることは確かだ。
そして、何度目か分からない全く同じ結論にたどり着く。
「そんなやつに勝つには中途半端な発見をしてもダメってことだ。我が国の存亡を大きく左右するような発見が必要なわけだ。ただ新大陸を見つけるだけではまだ足りない」
「この異世界にて、交易し、食糧を売ってくれるような我が国に友好的な国家を見つけないといけないというわけですな。なら、こんな東の辺境の海の上で油を売っている場合ではないのでは?」
「だが、現状存在がはっきりしている西方の大陸はエルフとかいう異種族が支配しているらしい。エルフね、さて、彼らと我が国はどれほど友好的になれるかな?」
「友好的にはなれない、そう言いたそうですね、艦長」
「あったりまえだ。人間同士ですら世の中、上手くいかんと言うのに、そんな訳の分からん生き物と仲良くなれるはずがない!」
同じ人間でも肌の色が違うだとか、宗教が違うだとか、割とどうでもいいことで争うのが人類と言う生き物である。
エルフと人間、根本的に異なる生物が相手となれば……その結果は言うまでもないだろう。
と言うことは……。
「必然的に、活路は東方しかない。南にはすでに満州大陸、西には例のエルフ大陸、北に進んでも寒いだけだしな。はい、正当化完了、給炭艦を無理やり引っ張ってきた理由な」
「帰ったら自分で始末書書いてくださいね。生憎、こっちも書かないといけない始末書が山のようにあるんですよ。主に、艦長関連ですけどね」
このくらいの厚みはありますなぁと、3センチくらいの隙間を指で作る。全く困った艦長である。
「ふんっ、まるで俺がダメ軍人みたいに言うな。これでも戦果は挙げているし、命令にも従順な模範的軍人だぞ? 俺は」
「命令遂行のために手段を問わないところが大問題なのでは? 最終戦争時も敵艦に体当たり攻撃を仕掛けるし……」
「あれは仕方なかった。何しろ、相手は俺の『千代田』より遥かにでかい一万トン級の装甲巡洋艦だぞ? 砲撃戦して勝てるか?」
「若林大佐は同じ大きさの敵艦と戦っても、体当たりなんかせずに華麗に魚雷を命中させて撃沈しましたけどね。あと、この艦はあなたの艦ではなく総統閣下の艦です」
「うるせー、分かってるっつーの。てか、俺の魚雷だって当たったんだ。不発だっただけだ」
「はいはい」
しゃーねーな、いい歳して駄々っ子かよこのおっさん。なんて、思いつつ、そう言えば、と副長は話を切り出す。
「こんな糞くだらない問答をするためにここに来たんじゃないんですよ」
「おう、そうだな。それで、何の用で俺のところに来たんだ?」
鮫島艦長の問いに副長はクイクイッと親指で前方の洋上を指差す。
そこには……大陸があった。ぎりぎり見えるかどうかの距離に大陸があった。
そして、副長はそのまま右舷側の洋上を指差す。
船があった。中世風の帆船。ちょうど、セレスティアル王国の聖女様が乗っていたような船だ。
たまげたなぁ、という顔をする艦長。
「おおいっ、なんだこれは! なぜ黙っていた!? さっきまでそう言う話をしていただろ? 新大陸ならそこにありますよっていうタイミング何度もあっただろ? てか、なぜ俺は気づかなかった!?」
「アホ面さらしてアホみたいなお話をされるからでしょう」
「たわけたことを言ってないで、とっとと報告しろや。軍人なら優先順位ってモンを理解しろ! アスパラガスってやつだよ!」
鮫島は、「ホウレンソウでは?」という副長の訂正を完全に無視。
ばんっと勢いよく立ち上がり艦橋のガラスに鼻がくっつくほど近づく。そして、まじまじと船を観察。
「よし、どこからどう見ても中世のポンコツ船だ。脅威ではないな。あの船に臨検隊を送るぞ! 内火艇用意、俺に続け!」
バタバタと忙しく艦橋を後にする鮫島艦長。
副長は、その背中に「変な魔法兵器でも搭載していたらどうするんだろうなぁ、このおっさん」と疑問を抱くものの「まあ、あのおっさんならどのみち死なんだろう」と言う妙な信頼感を寄せるのだった。




