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第百十九話 総統閣下と防衛線

 大和歴312年3月2日。




 ロンデリアの厳しい冬が開け、春が訪れた。


 春――それは、一般的に希望の季節だ。


 飢えに苦しむ寒い冬が終わり、暖かな日差しと共に花々が咲き誇る……。誰もが喜びを感じる季節。 

 ロンデリアの戦場にいるすべての兵士は、敵味方問わずこの春の訪れを喜んだだろう。




 さて、ここで一度、両軍の戦争目標、戦略状況について確認してみよう。


 まず、エルフジア軍の戦争目標。


 彼らの戦争目的の本質は国内の不満をそらすための対外進出である。恐怖政治により、10億という人口を抑えつける『神聖エルフジア共和国』。


 このような国家が存在するには、戦争により国民の目をそらす政策も必須になるだろう。


 もちろん、そんな戦争なので大義は薄い。それを、「エルフに仇なす人間の征服」という大義名分で補強しているのが今のエルフの現状と言ったところだ。


 一方の人間側。


 大和帝国率いる大東亜共栄圏の戦争目標はエルフジア軍の撃退、及び、戦争の終結にある。


 ロンデリア王国からエルフを撃退するのは大前提。だが、それだけでは足りない。一度撃退しても、エルフが諦めず何度も何度もやって来ては意味がないのだ。


 何らかの手段で、彼らを降伏させる、もしくは和平条約を結ぶ必要がある。




 そして、双方はその戦争目標を達成するために戦略を練った。


 エルフジア軍は、東方大陸侵攻への足掛かりとして、大兵力を用いてロンデリアを征服する『オペレーション・シヴーチ』を発案。

 

 占領地の拡大を狙った。


 それに相対する大和帝国は、10億の人口から生み出される膨大な数のエルフ兵を効率よく削るため同盟国で補給上有利に戦えるロンデリア王国での『消耗戦戦術』にて答えた。




 そして、現状。


 両軍にとってあまり好ましくない状況が続いた。


 中世、近世の軍隊らしく極寒の冬に負け冬営に入っていたエルフ達。侵攻できない彼らには、ロンデリア占領と言う戦略目標の達成は不可能。


 それどころか、前線の兵士は餓死寸前で軍服はボロボロ。


 とある将軍が、発案した作戦『ジンギスカン作戦』がなければ、軍が消滅したと言われるほどだ。


 一方の大和帝国も同様にあまり良いとは言えない状況だった。


 敵を消耗戦戦術に誘い込みたいのに、その敵は補給不足で動かない。


 こっちから攻撃し追い出しても、この場にいるエルフ兵の数はそれほど多くはない。


 エルフジア軍全体の総兵力こそ100万を超えていたが、そのほとんどはゴブリンやオークなど、現地でテイムされたモンスター兵。


 肝心のエルフ兵は、10万程度だろう。


 一応、価値ある攻撃目標として『スターリン』重ゴーレム約1000騎からなる重ゴーレム装甲軍団があった……。


 どちらにしろ、これを撃滅しても、エルフに大きな打撃は与えられない。


 一刻も早く攻撃したいエルフジア。


 どうでもいいから早く兵を集め攻撃してきてほしい大和帝国。


 この二つの軍は、「エルフジア軍が攻撃を開始する」ということを互いに願いながら冬を越えたのだ。






 ……そして春。

 

 その願いはやっと叶う。


 極寒の冬を越えたエルフジア軍合計約120万程度の兵力が、肉と鉄の壁となって大和帝国の防衛線『ハドリアヌスライン』に攻撃を開始したのだ。


 彼らの戦術はエルフ伝統の物量戦そのもの。


 最前線を進むのは肉壁である100万のモンスター兵。


 これを、ソンムの戦いの英国陸軍ニューアーミーのように戦線一杯に横一列に並べ、歩かせる。


 以上、それだけだ。


 そこに戦術、戦略などない。


 物量によって、全てを押しつぶす。10万のエルフ兵や1000機のスターリンはこの物量戦の補助でしかない。




☆☆☆☆☆




 ロンデリアの厳しい冬が終わり、暖かな日差しと共に春の訪れを感じさせる今日この頃。


 ヘレルフォレード貴族学校にある地下壕『総統大本営』。


 その地図会議室――ちょび髭伍長が「ちくしょーめ!」と叫んでいるあの部屋と同じレイアウト……にて、陸軍参謀長の辻さんからの戦況報告を受けるエリュテイアです。


 ちなみにアヤメさんはちゃんとボクの後ろにいます。


 仕事中なので、いつもみたいにエッチなことはせずに割と真面目な顔をして、控えていますが……。


 なぜか、テーブルに着くボクの頭の上におっぱいを置いていますね。ん、この感触は、珍しくパッドの日ですね。


 昨日の夜、いろいろしたから気にしているんでしょうか?


 あれは別に大きくするために揉んだんじゃなくて……。




 っと、アヤメさんのおっぱい事情はさておき。


「閣下ッ! 今や決戦の時が来ました、敵は戦線広範囲にわたって突破戦を開始! その総兵力は最低でも100万ッ!」


 ボクの前で、身振り手振りのオーバーリアクションをしているのは、作戦説明のために作戦本部からやってきた陸軍参謀長の辻さん。


 二言目には「我が精鋭足る陸軍は」だとか「作戦の神様と謳われる、私の戦術が」とかなんとか、騒がしいです。


 あのテンションにはついて行けません。


 ひとまず、聞きたいことはアヤメさんに質問しましょう。アヤメさんは優秀なので、よほどマニアックな事じゃない限り、答えてくれます。


「……相変わらずですね、辻さんは。アヤメさん、こちらの総兵力は?」


「我が帝国軍は歩兵9個師団、機甲1個師団の計10個師団20万。これにロンデリア兵50万が合わさり、合計で70万となっています」


「相次ぐ動員により当初よりかなり数は増えてますね」


「はい、装備も充実しています。資料をどうぞ」


 ……ん、ありがとです。アヤメさん。


 我が軍の戦力は……兵力20万に戦車800両、迫撃砲を含む火砲2000門、航空機2000機ですか。

 火砲や戦車に対し歩兵の数が少ないのは、現地のロンデリア兵でカバーと。


 で、そのロンデリア兵は、人口の割にはかなりの兵数。結構な動員体制ですね。


「ここで負ければ、彼らはエルフに根絶やしにされますからね。必死なんですよ。知ってますか、エリュさん、最近ではこのヘレルフォレードの学生も動員されているんですよ」


「えっ、そうなんですか?」


 ……最近授業に出ていないので、学校の状況はよくわかりません。


 まあ、もともと、ボクに近づくすべての人間を威嚇するアヤメさんのせいで他の学生とのかかわりは薄かったですけど。


 ……そういえば、最近リンさんを見ていませんね。


 もしや、前線に?


 ……考えないようにしておきましょう。


 まあ、どちらにせよ。兵器はあっても兵士が不足しているボクたちにとって、この動員体制はありがたいです。


「……数だけは多いので肉壁にはちょうどいいですし」


「エリュさん? 漏れちゃいけない言葉が出てますよ?」


 っと、これはいっちゃだめでしたね。


 あくまで彼らは同盟国。肉壁と心の中で思っても口には……。


「肉壁ッ! 閣下、その言葉は実に的を射ております。我が精鋭陸軍の兵士を失わないためにもロンデリア兵を消耗させ……」


 ……辻さん。


 まあ、その通りですけど、絶対にロンデリア人の前では言わないでくださいね? 後々、面倒ですし。


「……こほんっ。エリュさん、安心してください。彼らの武装は『九九式歩兵小銃』に『刺突爆雷』。この世界の兵士としてはかなり優秀な部類です。肉壁ではありません。立派な戦力です」


 ん、そうそう。


 アヤメさんの言う通りです。


 刺突爆雷とかいう不穏なワードはありますが、マスケット銃くらいしかない普通の歩兵と比べると十分いい武装していますよね。

 むしろ、一線級の主力部隊と言えなくもないかも……。


 自動小銃に機関銃、ロケットランチャーにナイロン製の簡易防弾ベストすら着込んでいる帝国歩兵と比べると軽武装ですけどね。




 っと。


 それで、我が方の兵力配置ですが……。


「閣下! それはこの辻にお任せを! 近代的な三重の防衛戦術にて見事敵の攻撃を粉砕して見せましょう!」


「ん、大きく出ましたね。その戦術はどんな感じなんですか?」


「は、まず、第一防御線として最前列の塹壕に50万のロンデリア兵を投入。これをもって肉壁を形成! 敵の突撃の勢いを封殺します」


 ふむふむ。


 この人、完全に同盟国の兵士を肉の壁くらいにしか思ってませんね。


 ちょっと最前線のロンデリア兵が可哀想ですが、まあ、自分の国を守るんですから、真っ先に命を懸けるのは当然ですよね?


 ただ……。


「後方から砲兵による支援射撃くらいはしますよね?」


「当然であります、この辻に抜かりはありません。我が軍2000門の火砲による弾幕射撃を行います」


 ……なるほど。


 欲を言えば1万門くらいの火砲が欲しいところですが、魔王たちの航空支援も合わせれば、十分な援護にはなりますかね。


「さらに第二防衛線! ここに、我が精鋭陸軍歩兵部隊を投入! 肉壁部隊の奮戦により消耗した敵軍を機関銃の弾幕射撃にて破砕します!」


 そして、弱ったところを満を持してこちらの主力で叩く。


 大和兵の損耗を最小限とするなら、最善の策ですね。基本的な防御理念は第一次大戦の塹壕戦と言った感じで、この世界としては悪くないですね。


 ちなみに帝国陸軍歩兵師団にはアメリカ軍よろしく一個大隊のチハ改戦車大隊が付属します。


 贅沢ですね。


「……それで最後は?」


「要塞を用意しております。戦線各地の丘を改造し、無数の重火砲を備えた鉄壁の要塞です。これにて、迫る敵軍を撃滅します」


 ……要塞。


 日露戦争における203高地みたいなものですね。そういうのをいくつか作って、敵の突破に備えると。


 うん、悪くないですね。


 全体的に第一次大戦仕様の古い戦術ですが、物量で迫る肉塊を撃滅するには最適解。近代の火力戦を見せつけてやりましょう。


 ……ただし。


「辻さん、あまり派手にやり過ぎないでくださいね? 敵がロンデリアから逃げたら面倒ですからね」


「……その点に関してはこの辻、よく理解しております。閣下もなかなかお人が悪い」


 あくまでボク達が望むのは敵軍不利の消耗戦。


 敵軍をこのロンデリアに誘引し、十分な防御態勢と火力の滝をもって削り続ける……そうして、エルフの国家体制そのものに打撃を与える。

 最終的に1000万人くらい削れれば……って、感じですね。


 まあ、思い通り行くかはまだわかりませんけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] >刺突爆雷とかいう不穏なワードはありますが  うわ出た。  戦車をやれると触れ込みの、陸軍式バンザイ突撃兵器。  いくらゲリラ用兵器だからって、現代の感覚で言ってイカレてるよなぁコレ。
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