第百十三話 総統閣下と防空体制
大和歴311年11月30日。
開戦から約三か月。
この時点において、大和帝国の防衛作戦は完璧に機能していた。
ロンデリア中部に作られた『ハドリアヌスライン』。
三個師団4万の兵力、塹壕と機関銃陣地、濃密な航空支援にて構築されたこの防衛線は、今のところ陥落する様子は全くなく、それどころかエルフの攻撃すら受けていなかった。
一方のエルフジア軍の対ロンデリア攻略作戦『オペレーション・シヴーチ』は、苦戦気味。
当初の計画通り、ロンデリア北部に歩兵10万と数百の重ゴーレムを上陸させ、これを一気に南下させたところまでは良かった。
だがしかし、彼らの快進撃はそこまで。
ロンデリアに深入りするにつれ、彼らは近代軍隊なら避けては通れない『補給』と言う問題に躓くことになる。
そう大和帝国が高性能爆撃機『連山』を用いて積極的な戦略爆撃を敢行してきたのだ。
トラックも鉄道も持たないエルフジア軍。
彼らはロンデリア北部の貧弱な泥道を非力な馬車で物資輸送するしかなかった。そんな、貧弱な補給線はすでに伸び切り、とどめと言わんばかりの爆撃で引き裂かれた。
道路や橋といった交通インフラは片端から吹き飛ばされ補給物資は前線に届かない。
食糧不足の前線部隊は飢えに苦しみ、どうにかして食糧を略奪しようと村や街に襲い掛かるが、それも阻止される。
容赦なく街ごと爆撃され、焼き払われるのだ。
「もうもはや、どっちの味方かわからない」
街を焼き払う悪魔を見上げ、エルフ兵と現地ロンデリア市民は全く同じ感想を抱いたという。
だが、これらの戦略爆撃は効果絶大。
おまけにロンデリアの厳しい冬が到来したことでその状況は悪化。
エルフジア軍の侵攻は鈍化し、『ハドリアヌスライン』を目前に、補給切れで一時停止を余儀なくされてしまったのだ。
あまりに厳しい補給状況で、冬が明けるまでは攻勢に出られないエルフジア軍。
この状況の打開策はただ一つ、ロンデリアの上空を制圧し、大和帝国の爆撃を止めること。
そのため、エルフ達は厳しい補給状況を顧みずロンデリア北部に1000騎を超える『人食い鳥』を集めた。
さらに、これだけではまだ足りないと、精鋭の『近衛龍騎兵隊』ワイバーン150騎を前線――大型空母『ハボクック』に配備。
通常の空母の艦載騎と合わせ、800騎からなる大規模な空母機動艦隊を編成。
合計で2000騎近い空中騎士で、ロンデリア南部の各飛行場を強襲。
一挙に制空権を奪いに向かうのだった。
☆☆☆☆☆
朝起きると、窓の外は一面の雪景色。
ロンデリアもすっかり冬に突入しましたね。
こういう寒い日は、二度寝に限ります。
ぬくぬくの毛布にくるまって……。
「エリュさん? 起きてください。緊急事態ですよ、ほら、毛布にくるまってないで出てきてください」
……っと、怠惰な二度寝は許されないみたいですね。
毛布にくるまるボクを、ゆさゆさとアヤメさんが揺らします。
五分前まで一緒に毛布にくるまってボクを抱きしめていたのに、電話に反応して急に起きたと思ったら、もう身支度を整えたみたいです。
そんな完全装備のメイド服姿のアヤメさんに、毛布から顔だけ出してジト目で「ぬくぬくさせてください」とアピールしますが……。
アヤメさんは、無言でベッドに入り込んできて、流れるようにボクを押さえつけ、そのまま唇を奪います。
「はむ……んちゅ……」
「んくっ……っちょ、アヤメさん、無理やりキスですか?」
「嫌でしたか?」
……別に、嫌ではないです。
無理やりされるのが好きとか、恥ずかしいから口にはしないですけど……わかってくださいね?
「やっぱり、エリュさんは素直じゃないですね。そういうところが可愛いんですけど」
そう言いながらアヤメさんはさらにつづけて貪るようにキス。そのままボクの全身を言葉通り舐めまわして、さりげなく毛布をはぎ取ります。
そして、一通りボクで遊んだアヤメさんは、最後にボクを抱き起して……。
「ほら、おはようのキスは終わりましたよ。ついでにベッドからも起きられましたね」
そう言って、優しく微笑みながらボクの頭を撫でます。
むう……そんなことされたら起きないわけにはいかないじゃないですか。アヤメさんは策士ですね。
っと、それで……。
両腕を広げて「アヤメさんのせいで、ベトベトするのでお風呂に連れて行って下さい」アピールをしながら、アヤメさんに質問を投げかけます。
「緊急事態って言ってましたよね? こんな朝から何があったんですか? エルフジア地上軍が『ハドリアヌスライン』に攻撃を仕掛けてきたとか?」
「違いますよ、航空部隊です。各地に設けられた監視所から敵機襲来と報告があったんです」
航空部隊?
ああ、エルフは確か『人食い鳥』とかいうモンスターを使うんですよね。それが、こっちに攻め込んできたと。
ふむふむ、この時期に航空攻勢ですか。
あの悪魔の爆撃がよっぽど効いたんでしょうか……って、アヤメさん?
「あの、報告の最中に何をしているんですか?」
「何って、エリュさんが両腕を広げて誘っているので、抱きしめて首筋にキスマークを……」
……それは見れば分かります。
両腕を広げてお風呂アピールをするボクを、ぎゅーっとしながらキス。まだ、ボクで遊び足りないんですか?
ボクはそう言うつもりで、手を広げていたんじゃなくてですね……まあ、今日は寒いのでマフラーで隠せるからキスマークだけなら許してあげますけど。
それに、どうせベトベトしてお風呂に入らないといけないなら存分に遊んだあとの方が……。
「こほんっ、そうじゃなくて、敵機です。敵機はどうなって……んくぅ」
「はむっ、ぺろ……やっぱりエリュさん、耳を舐められるのも弱いですよね。……っと、敵機ですか? 各地で見られたものを集計すると1000騎を軽く超えるとか?」
「ん……1000騎以上ですか、こっちの迎撃態勢は……ひうっ!」
「太もも、舐めておきましょう……。あ、『五式戦闘機』が約500機、重戦闘機型『屠龍』が100機揃ってますよ。……っと、おやおや、エリュさんも、興奮してるじゃないですか」
――っ!
アヤメさん!? ボクの太ももを舐めながら、どこをみているんですか!?
それに、それは興奮してるんじゃなくて生理現象です! 敏感なところを舐められたら誰だってそうなりますよ。
……ばか。
「あっ、涙目になっちゃいましたね。ちょっと、遊びすぎましたか……反省、反省」
……酷いです。反省しているなら、後でちゃんとお風呂に連れて行って下さいね?
「はいはい、分かってます。ちゃんと、お風呂に連れて行ってあげますし、綺麗にしてあげますよ」
ん、ならいいです。
っと、話を防空体制に戻しましょう。アヤメさんのせいで一々脱線して大変ですよ。
今のロンデリアには合計で600機くらい戦闘機がいるんですよね。元々、開戦時は300機くらいだったので倍増って感じですか?
かなり戦力は整ってきた、と。
まあ、大和帝国は、その気になれば第一次大戦時の米国と喧嘩できるくらいの国家。
戦闘機の月産数は今の時点で200機を超えていますし、自動車だって年に200万台は生産しています。
だから、この程度の増加、当たり前と言えば当たり前なんですけど、ね。
……てか、技術は別にして、生産力だけなら第二次大戦時の日本の十倍とかその辺ですし。
ただ……。
「……戦闘機。数は揃っても、新型機は間に合いませんでしたね」
「『キ27』と『キ26』ですね。生産開始が来月、戦力化となるとさらに半年はかかりますからね」
新型戦闘機『キ27』と『キ26』。
ハイローミックスでこの二機種を生産する予定ですけど、まだ、前線に到着するには時間がかかるみたいです。
……アヤメさんの会社が作った無駄に高性能で高価な単葉機『キ27』は、まだいいとして、手ごろな価格の複葉機『キ26』には早く戦力化して前線に来てほしいところなんですけど。
仕方ないですね。
「そうそう、エリュさん。敵機の数がかなり多いので、こちらの防空システムが突破される可能性があります」
「……やっぱり、全て迎撃は無理そうですか?」
「1000騎以上いますから、全てを撃墜するのは不可能です。と、言うわけで、地下壕『総統大本営』に入りましょう」
――総統大本営ですか。
ヘレルフォレード貴族学校の王族専用寮のお庭にある大きな地下壕、こういう緊急時にボクが逃げ込んで指揮を執るための場所ですね。
「……わかりました、でも、その前にシャワーとお着替えをさせてください。今日は、軍服でお願いします」
「はい、お任せください」
……今度は変なことしないでくださいよ? アヤメさん。