第百十二話 総統閣下と次期主力機
大和歴311年11月12日。
ロンデリア海峡海戦から約一か月が経過し、エルフ達が超大型氷結空母『ハボクック』を使い航空兵力を本国からロンデリアに輸送し、着々と航空決戦の準備を整えているこの頃……。
大和帝国陸軍航空隊では次期主力戦闘機の選定が始まりつつあった。
この時点での帝国陸軍の主力機は五年以上前に採用された『五式戦闘機』。
第一次世界大戦で使用されたフォッカー複葉戦闘機モドキの機体で、帝国初の戦闘機でもある。
その性能は最高速度160km、武装は7,7mm機関銃二挺。
操縦性能も悪くは無く、これと言った欠点はない。採用からこの数年、文句が出ることも無く現役であり続けた優秀機だ。
実際このまま運用し続けてもそれほど大きな問題は発生しないような良い機体ではある。
だが……。
そろそろ新型機が欲しくなる頃合いでもある。それに、海軍の主力艦上機『海風』の最高速度は時速200km。海軍機に負け続けているというのは、陸軍的になんか嫌らしい。
と、言うわけで帝国陸軍は総統閣下とも相談しつつ性能要求を各企業に通達。
その内容は……。
使用別 陸上基地。航空母艦で運用できれば、なお良し。
用途 1、敵攻撃機の撃破。
2、敵戦闘機の撃破。
特性 1、上昇、速力に優れたること。
2、格闘戦に優れたること。
最大速力 時速300km。
航続距離 増槽を装備し、1000km。
機銃 12,7mm機銃二挺。もしくは、20mm機関銃二挺、及び7,7mm機関銃二挺。
主用高度 3000mから10000m。
……と、いうものであった。
ちなみに陸軍機なのに空母で使用できると良しとされるのは総統閣下が「海軍機もそろそろ新型機が欲しいですし、一緒に開発しましょうか?」と、まとめてしまったからである。
して。
この要求に従い帝国国内の航空会社は次々に新型戦闘機を開発、軍のコンペに送り出した。
だが、そこは航空機開発の経験が薄い大和帝国。
エンジンを串形に配置した高速機とか、左右非対称のヘンテコ珍兵器とか、そもそも飛ばない奴とか、性能要求を全く達成できない奴とか……。
いろいろな機体が現れては消えていった。
……そして、その中で生き残ったのが三機種。
一つは、親衛隊傘下の企業、帝国飛行機の作り出した『キ27』。
総統閣下本人が「次期主力機は、九七式戦闘機みたいな単葉機がいいですね」とデザインした案を基に設計。
基本的には大日本帝国陸軍の九七式戦闘機そのものと言った機体だが、機首武装だけは「7,7mmは嫌です」と言う総統閣下のご意見もあって新型の12,7mm機銃を搭載している。
もう一つは、四菱飛行機が開発した『キ26』。
こちらは先進的な『キ27』とは異なり、古めかしい複葉機。しかし、それは逆に言えば堅実な設計と言うわけで、最も安定した性能を持っているとされる。
武装は機首に12,7mm機銃を搭載。
あくまで『キ27』が失敗した時用の保険のようなものだが、それでも、場合によってはこちらの機体が選ばれる可能性も十分ある性能を秘めている。
そして、最後は帝国ハインケル社が開発した『He112』。
その名の通り外観はドイツが開発した『He112』。「メッサーシュミットなんかに負けるな! この世界でこそ主力戦闘機を!」と張り切るとあるドイツ系技術者たちが頑張って開発したそうな……。
機体性能は優秀、最有力候補とされる『キ27』より高性能で、最高速度は脅威の510km。
要求性能をはるかに上回る怪物として完成した。
武装もHe112B-0型基準の機首に7,7mm、主翼に20mmと悪くない。
いずれも既存の『五式戦闘機』を超える高性能機で、どの機体が採用されてもおかしくない。
これには陸軍も頭を悩ませ、最終的な判断は総統閣下の好みに任せることを決定。
試作機をロンデリアに送り、総統閣下の判断を仰ぐのだった……。
☆☆☆☆☆
……はい、そう言うわけで学校近くの親衛隊飛行場にやってきたエリュテイアです。
最近は寒いですね。もう一週間も経てば雪が積もり始めるんじゃないかな? って、感じです。
絶対領域を強制されるせいで嫌でも外気に晒されるボクの太ももは、いつも悲鳴を上げています。……そろそろ、タイツ、解禁してくれないですかね?
え、駄目ですか? ……そうですか、残念です。
さてさて。
寒いので早く済ませてしまいましょう。
飛行場の大きな格納庫の中、そこに、新型機三機種が勢ぞろいしてボクを待っています。
えっと、まずはこの手前にある飛行機から見てみましょうか? えっと……。
「『キ27』ですね、エリュさん。この機体は“親衛隊”傘下の帝国飛行機が開発した機体ですよ」
アヤメさんがやたら親衛隊傘下を強調する『キ27』ですね。
見た目はただの、九七式戦闘機ですね。全金属製の単葉機で固定脚。空冷エンジン搭載……。
「エンジンは新開発の『寿一型』610馬力です。最高速度は450km、武装は12,7mm機関銃を機首に二挺。どうです、エリュさん? 気に入ってくれました?」
「いい飛行機ですね。見た目も綺麗なので気に入りました」
……って、アヤメさんが機体解説してくれるんですか? こういうのって専門の技術者が解説してくれるのだと思ってましたが……。
まあ、開発会社がアヤメさん傘下の企業ですからそう言うものなんですかね?
それで……。
「そのほか性能に問題は? 格闘性能とか? 安定性とか?」
「格闘戦闘能力は複葉機にも負けませんよ? 飛行安定性も十分で、操縦しにくいなんてことはありません」
ふむふむ、これと言った欠点のない飛行機って感じですね。
ただ、問題を上げるとすると……。
「エンジンが気になりますね。『寿一型』ですよね?」
「今年完成したばかりの新型戦闘機用エンジンですね。『木星』エンジンを小型化して、過給器を搭載したものです」
……エンジンが、完成したばかりでまだ未成熟なんですよね。その点、ちょっと不安があります。
ただ、その一点を除けば要求性能に十分……ってか、最高速度に関してはちょっとオーバースペック気味で最有力候補と言っても過言ではないですね。
それでは次に二機目。
キ27の隣にある複葉機を見てみましょうか? 名前は『キ26』、開発元は四菱さんですね。
帝国海軍の航空機を作っていることが多いメーカーさんです。
解説してくれるのは、機体の隣に立っているネコミミさんですかね。服装からして、パイロットさんなのでしょうか?
……って。
「あれ、よく見たらミケさんじゃないですか? お久しぶりです」
「お久しぶりね、総統閣下。相変わらず、イチャイチャしているわね。メイドと腕を組んで歩いてるし……」
数年ぶりでしょうか? ミケさんです。
ボクはあまり変わってないと思いますけど、ミケさんはちょっと変わりましたね。主に、その、胸が……。
……っと、あまりジロジロ見るのは失礼ですね。アヤメさんからの「そんなに胸がいいんですか」みたいな視線も怖いですし、話を変えましょう。
「こほんっ、それで、ミケさんはなんでこんなところに? その飛行服はどうしたんですか、コスプレ?」
「コスプレって、違うわよ。私、これでも四菱社のテストパイロットなの」
「テストパイロット? ミケさんが?」
驚きです。
えっと、差別するつもりはないですけど、半獣人がパイロットなんて……。
帝国は人種差別政策を積極的に行っているわけじゃないですけど、それでも、その、帝国人以外がそう言う専門職に就くのは珍しいというかなんというか。
そもそも、半獣人はエリュサレム半獣人国にしか住んでなくて、帝国内にはほとんどいないはずなのに。
「ほら、聞いたことない? 「ネコ系半獣人はパイロット適正が高い可能性が高い」って」
「え、知らないですけど。アヤメさんは、聞いたことありますか?」
「論文なら読んだことはありますよ。曰く『ネコ系、特にヤマネコ系の半獣人は恐るべき空戦能力を持つ可能性が高い』と。そのほかの獣人は別にそんなことは無いようですが」
へ、へえ……ネコが空戦ですか。不思議なこともあるものですね。
「まあ、そう言うわけで実験的にパイロットになったわけ。それで、今では四菱のテストパイロット。あと、今回は機体の説明のために派遣された感じね」
……なるほど。
まあ、ボクとミケさんは仲が良いですし、解説役に知り合いが来てくれるのは嬉しいですね。
「ふむふむ。では、しっかり説明してもらいましょうか? この飛行機はどんな機体なんですか?」
外観は普通の複葉機、正確にはドイツの郷土防衛戦闘機計画の一機『He74』に似ている感じですけど……。
「見たままよ。最高速度は280km、エンジンは240馬力空冷V8エンジン。そこの『キ27』とかと比べると、性能は低いけど……」
「低いけど?」
「安いわ。値段は既存の『五式戦闘機』と同じくらいね」
なるほど、それは良いセールスポイントですね。
てか、普通に考えれば『キ27』は要求性能300kmのところ、時速450km出すオーバースペック機ですし、発動機も600馬力以上の最新型高級品を使ってますし。
一方のこっちは性能こそ、ぎりぎり要求性能に達してませんけど、エンジンは安価な240馬力ですよね?
お値段は『キ27』の半分くらいで済むんじゃないでしょうか? 練習機にもなりそうですし……今回は『キ27』を見送ってこっちを採用するのもありですね。
どっちもいい機体です。
これなら最後の飛行機も期待できそうですね。アヤメさんと腕を組んだまま、ミケさんに別れを告げ、最後の飛行機を視察しに行きます。
その機体は……。
「おおっ、これは総統閣下。私は、帝国ハインケル社から派遣されてきましたゲーリングと申します。どうぞ、よろしく」
「えっと、ゲーリングさんですね。よろしくです」
いかにもセールスのためです! な作り笑いを浮かべる小太りのおっさんが解説してくれる『He112』ですね。
外観はその名の通りドイツが開発した『He112』そっくりですね。
液冷エンジンを搭載した鋭い機首に、スピットファイアのような楕円翼がちょっと逆ガル翼になっていて、厨二心をくすぐる最高のデザインです……。
カッコ良さだけなら、トップですね。間違いなく。
「ふむふむ、カッコいい飛行機ですね」
「はは、そうでしょう、信頼と安全のドイツ製ですからな! エンジンは液冷800馬力を搭載、最高速度は脅威の510km、武装も一流です」
にっこにこのセールスマン的なスマイルでゲーリングさんは解説してくれます。
最高速度510km? そんなのとんでもない怪物じゃないですか!
それに、発動機が液冷800馬力って……そんな化け物みたいなエンジン、ボクの国にはないですよね?
そもそも、ボクの国、液冷エンジンは未発達ですし。
今開発中のエンジンはみんな空冷エンジンですし……750馬力まで強化した『木星二型』とか、小型化しつつ出力も600馬力まで強化した『寿一型』とか。
……んー、なんだか胡散臭いですね。
そもそも、ゲーリングとかいう小太りのおっさんもどことなく胡散臭いです。
不安なので「実用化された中で800馬力の液冷エンジンなんてないはずですよね」と、アヤメさんに聞いてみます。
すると、数秒考えた後に「……レース用では?」と答えてくれました。
おっさんも「びくっ」と反応してますし、図星ですね。
あー……。
なるほど、性能のためにエアレース用の特別仕様エンジンを実用機に乗せちゃったと。
と、言うことはですよ?
「整備性、信頼性、量産性はお察しですよ。エリュさん、とてもではないですが、量産なんてできません」
ですよねー。
レース用エンジンは高出力ですけど、熟練の整備士がしっかり整備して、そのうえで一回のレースの間だけ動けばいいみたいな設計をしているので……。
そんなものを実用機として戦場に持って行けるかと言えば、否ですし……。
なんだか張り切っているゲーリングさんには悪いですけど、この機体は主力機としてはボツですね。
っと、これで全部見終わりましたね。
この感じだと、主力機に高性能な『キ27』を揃えて、練習機兼万が一の戦闘機として複葉の『キ27』を揃えるのがいいんじゃないでしょうか?
うん、そうしましょう。そういう方向で陸軍省とは話を進めましょう。
……まあ、『He112』も、カッコいいのでちょっとだけ生産して、親衛隊の見世物部隊に配備するのもありですね。
まあ、これらが量産されるまではどっちみち旧式の『五式戦闘機』に頑張ってもらうことになりますけど……。
エルフはそこまで航空戦に熱心じゃないみたいですし、大丈夫でしょう。