第十一話 総統閣下と聖女様 後編
防護巡洋艦『和泉』が救助してきた船。そこに乗っていたのは聖女を名乗るロシャーナという女性。
彼女の出身国はセレスティアル王国……なるほど、おおよそ状況は理解できました。
さて、ここからは外交のお時間です。
ここまで数週間、ボクはエリュテイアに上手く擬態してきました。たぶん、周りの人にボクがボクであることはばれていないと思います。
けど、その中身は相も変わらず一般人。
そんなボクがどれくらいまでやっていけるのでしょうか?
「いえ、感謝されるほどの事はしていませんよ。ボクは、大和帝国総統エリュテイアです。ロシャーナさんですね。よろしくお願いします」
まずは笑顔で対処。椅子から立ち上がってお出迎えします。
そして、「長旅でお疲れでしょう、どうぞ座ってください」とソファーに案内。
ほら、今のボク、エリュテイアは小柄な美少女ですから、笑顔で対応すれば結構愛想がいいんです。
さっきまで緊張した面持ちだったロシャーナさんですが、ちょっぴり緊張の糸が解けたのか、僅かですが笑顔が見えるようになりました。
よろしい。こうでなくては。
緊張されたままだと、話しにくいですからね。
「ありがとうございます。それで、エリュテイア閣下は総統という立場なのだとか。それは、例えるなら王のようなものなのでしょうか?」
「似たようなものです。けど、この場では特に気にしなくて結構です。今のところは、公式な場ではないですから」
“公式な場ではない”これ結構重要です。
そして、ボクも向かい合う形でソファーに腰を掛け、本格的にお話を開始します。
あと、アヤメさん、ロシャーナさんに温かいお茶を出してあげてください。遭難して疲れているでしょうから。
……てか、ボクの国ってだいぶおかしいですよね。帝国って名乗っているのに、そのトップは皇帝ではなくて総統って。ゲームあるあるの適当な命名です。
「それで、なぜこんなところにあんな船で? よほど切羽詰まった理由があるのかと思いますが」
アヤメさんがお茶を用意している間に、最初に聞くのは、なぜあんな場所をあんなボロ船で航行していたのか。
「はい、実は、我が祖国セレスティアル王国がエルフの手によって滅ぼされてしまい。彼らの魔の手から逃れるべく、船に乗り東に進み続けていたのです」
「……エルフ?」
聞き捨てならない単語が出てきました。
エルフって、あれですよね、耳が長いファンタジーな種族。顔面偏差値の高い人物が多いという設定が良くある奴ですよね。
「そうです、エルフです。耳が長く、魔法に優れ、野蛮で、恐ろしい種族……エリュテイア閣下はご存じないのですか?」
「ええ、生憎。関わり合いになることはありませんでしたから」
野蛮で恐ろしいって……。
「それは羨ましいですね。エルフは本当に恐ろしい種族です。彼らは自分たちの事を優等種族と呼び、それ以外の種族は下等種族とし、容赦なく奴隷にするのです」
ええ……なんか、ボクの知っているエルフとイメージが違いますね。
エルフってもう少し平和的な感じだと思っていました。森の中で平和に暮らしている的な。
「かつてはまだ我々人間の魔法力でも戦えたのですが、近年、エルフはモンスターを操る技術を手に入れ、圧倒的軍事力を有するようになったのです。それで、私たちは大陸から追い出されてしまったのです」
ふむ、とりあえず、エルフと言う種族は、モンスターを操る危ない種族と理解しておけばいいんでしょうか?
この聖女様が本当のことを言っているのであればの話ですけど。
言葉と言うのは純粋な情報ではない、と言うのは一体誰が言ったのやら。詳しいことは忘れてしまいましたが、そう言う格言があったような気がします。
言葉と言うのは常に発言するものの主観によって歪められてしまう、とかなんとか。
つまり、彼女がエルフを憎んでいるから、必要以上にエルフの事を悪く言っている可能性があるわけで、話半分くらいに聞いておくのがいいでしょうね。
「なるほど、事情は分かりました。それで、あなたたちの祖国、セレスティアル王国でしたっけ?」
「ここから西にある大陸に存在する豊かな国です。……いえ、豊かな国でした。今はエルフに焼き滅ぼされ、きっと……」
悲しげに顔を伏せるロシャーナさん。
西にある、ですか。なるほど、そちら側にも大陸があるんですね。海軍に調査を命じておきましょう。
……まあ、国が滅んだことに対し、悲しみたいのはこちらも同様です。滅んでいるということは、ボクたち大和帝国の助けになってくれる国ではないということですから。
本当に残念です。
さて、そうなってくると問題はエルフたちがどれほど話を聞いてくれる生き物であるのか、と言うことです。
彼女の祖国セレスティアル王国が滅んでしまっているのであれば、その代わりにエルフの国からご飯を頂戴しないと我が国は飢えてしまうわけですからね。
まあ、どういう手段を用いていただくかは相手次第ですが。
……っと、聞かねばならぬことと言えば。
「国が滅んだことは残念なことです。……して、そのエルフですが、一体どれほどの魔法技術を有しているのでしょうか? 例えば、どんなモンスターを従えているとか?」
問題はここです。敵の能力……まあ、敵対すると決まったわけではないですが、エルフの実力を知っておいた方がいいでしょう。
「有名どころでしたらゴブリンでしょうか? 彼らは100万を超すゴブリンの群れを率い、私達人間の国々を圧殺したのです」
「へえ……それは恐ろしい」
……なんて、口にしておきますが、それくらいならどうにでもなりそうですね。
我が大和帝国の人口は1億2000万、国家存亡を賭けた戦になれば1000万人くらい兵隊さんを動員できますから、数で十分対抗できます。
さらに、その数に物を言わせて機関銃陣地を構築して蜂の巣にすればゴブリンくらいならどうにでもなるでしょう。
「そして、そのゴブリンより恐ろしいのは空を舞う巨大な怪鳥、人食い鳥“マンイーター”です。人が乗れるほどのこの大鳥は、空から一方的に私たちを攻撃してくるのです」
「なるほど、それは厄介ですね」
ええ、割と本気で。
ロシャーナさんの言葉に頷きます。
人食い鳥、マンイーターでしたっけ?
航空兵力を有しているとは予想外です。彼女たちが乗っていたオンボロ船の構造から、この世界の文明は精々中世魔法文明レベルと推測しました。
よくあるファンタジー世界がこれですね。世界を滅ぼすような理不尽な超魔法は存在せず、魔法と言ったら火の玉を撃ち出すくらい。
そんなレベルだと思っていました。
第一次世界大戦程度の技術力を有する我が国なら余裕を持って対処できると想定していましたが……。
残念なことに我が国は飛行機がないんですよね。もちろん、それに対抗する手段も持っていません。
まあ、ラスバタと言うゲームの仕様上仕方がないんですけど。
運営が空軍システムを作るのを面倒くさがって結局、航空兵力は追加されなかったんですよ。
そう言うわけで、敵に航空兵力が存在するのは面倒くさい。さて、どうしたものでしょうか……相手が航空兵力を持っているなら迂闊に手を出したくないものです。
「閣下、エリュテイア閣下。どうか、セレスティアル王国をエルフの魔の手から救っては貰えませんか! これほどの鋼鉄の巨艦を作る国です、きっとあの悪しきエルフとも戦えるでしょう!」
なんて、ロシャーナさんは熱弁してくださっていますが……うーん、正直、エルフとの戦争には乗り気ではないですね。
ていうか、そもそも争いは嫌いですし。
まあ、正確には自分の国が争いの主軸になるのが大嫌いってだけですが。
戦争っていうのは、他人にやらせておけばいいですよ。
ボクは後ろからお金と武器を与えて、将来ボクの国を有利にしてくれそうな方をほどほどに応援する。二枚舌でも三枚舌でも使って、血を流さずに利益を勝ち取る。
これが一番楽に儲けられます。
主として戦った場合と違って、それほど恨みも買いませんしね。
まあ、そんなことばっかりしていたから“ブリカス”なんて呼ばれるようになったんですけどね。
ロシャーナさんには、エルフとの戦争については前向きに検討とでも答えておきましょう。
ここは公式の場ではないので、エルフとの戦争をしないとなっても後々どうとでも言い訳できます。
そして、運悪く戦争になったとしたら、早い段階からセレスティアル王国支持を表明しておくことでセレスティアル国民から支援を得られるかも。
二枚舌。
これが大和帝国繁栄の秘訣なのです。
そうなると、異世界転移については話さない方がいいかもしれませんね。
異世界に国ごと転移してしまった。それがどれほど危機的な状況か、多少経済に明るい人なら詳しく説明しなくても分かってしまいますから。
この件は、我が国の弱み。
彼らに我が国を助ける余裕は欠片もないですから、助けを求めても意味はなく。
むしろ、大和帝国の事を頼りになる友好国とでも思っていて欲しいですから、教えるとデメリットしかありません。
さてさて……この辺で、一度帰国しましょう。
前線も少しは安定してきましたし。それに、何よりこの聖女さん達に亡命政府でも作ってあげないといけませんから。
一応、第一章完結になります。面白いと思ってくださった方は、高評価やブックマークをしていただけると嬉しいです。
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