第百九話 ロンデリア海峡海戦 中編
ロンデリア海峡にて大和帝国の猛攻を受けるクッサイナー艦隊。
この時点で、彼らは「潜水艦の雷撃による浸水で停船中」、「戦略爆撃機の猛爆により司令官失神」、「各種攻撃で一隻を除き全艦損傷」と、大きなダメージを受けている。
艦隊の多くの船では火災が発生し、砲塔や艦橋など氷でできていない部分が炎上。雷撃による浸水被害を止めるだけでなく消火作業にも追われている。
が、しかし、まだ攻撃は終わらない。
狭い海峡で身動き取れないクッサイナー艦隊に魔王率いる第二波攻撃隊が襲い掛かる。
その編成は、通常の襲撃機型の『屠龍』96機に、襲撃機型から自慢の37mm砲を取り除き、代わりに爆弾搭載量を500kgまで増加させた軽爆撃機仕様48機。
合計144機だ。
して……。
攻撃のために敵艦隊上空に向かう魔王たちだが……不思議なことにクッサイナーたちからの迎撃はほとんど皆無。
「変だね、誰も対空砲火も撃ちあげてこないよ」
と、魔王の相棒のガーデルマンが無抵抗の敵に対し何事かと疑問を浮かべるが……実はその理由は簡単。
第一波攻撃隊の爆撃により、クッサイナー艦隊の対空装備のほとんどが損傷してしまって撃ちたくても撃てないのだ。
……まあ、そんなことは魔王にとってどうでもいい話。
「火災による煙に隠れているつもりなのかもしれんな。好都合だ、足を吹っ飛ばされなくて済む。では行くぞ、ガーデルマン、攻撃だ」
魔王唯一の弱点『対空砲』を使えないのであれば、どうあれ的でしかない。
「……よし、各飛行隊はそれぞれ敵戦艦を狙え」
魔王の指揮により、艦隊上空から一斉に逆さ落としに急降下する144機の『屠龍』。
彼らはそれぞれ48機の三つの集団に別れて、一列に並び一本の鎖のように連なって降下していくのだ。
それぞれの集団が狙ったのは、バシレウス級『ハローシイ・レーニン』、『ツァーリ・スターリン』、そして、どういうわけか戦艦と誤認されたグラーフ級巡洋艦1隻。
その中でも特に運がなかったのがクッサイナーの乗る『ハローシイ・レーニン』だ。
この艦を狙ったのは、親衛隊第一飛行隊。
魔王に鍛え抜かれた精鋭集団だ。
魔王様本人は部下の練度をチェックするためか、少し離れたところで観戦し攻撃に参加してはいないが……それでも、慰めになりはしない。
「よし、教官の教え通り行くぞ!」
敵艦上空にたどり着くと、編隊の最前列を飛ぶ一番機が機体を翻し急降下。
「少尉さん、少尉さん、見てください! 敵の飛行兵器が真っ逆さまに落ちてきます! まさか体当たりするつもりでしょうか!?」
「落ち着け、水兵! 俺たちの仕事は消火作業だ! 急いで火を止めないとマナタンクが誘爆して船が弾け飛ぶぞ!」
「あっ、少尉さん! 敵が何か落としました! 黒い何か……爆弾です!」
「くっ、この……見上げてないで伏せろ、アホ水兵。消し飛びたいかっ!」
甲板上で消火作業に励むエルフ達が見上げる中、高度800メートルまで降下すると爆弾を投下。
停船中で回避運動もできない『ハローシイ・レーニン』の船体中央部に叩きつけた。
「少尉さん! 敵の爆弾が命中しました!」
「そんなもの見なくても分かるわ! それより頭を上げるな、このアホが! 爆風で首が吹っ飛ぶぞ!」
そして、その爆弾は甲板上で頑張っているエルフ達の目の前で炸裂。とっさに物影に隠れることができた数名を除き消し飛ばした。
さらに爆弾の衝撃は凄まじく『ハローシイ・レーニン』は苦しみもがくように暴れ、爆炎と共に中央甲板に大穴をあける。
「報告です! 本艦の船体中央に敵の投下した爆弾が命中! マナ機関上部の氷、及び装甲が消し飛びました!」
「なに? それは、大変だぞ! マナ機関に何かあれば、艦内のマナが制御不能になって一斉に誘爆するぞ! 何とかしろ!」
被弾の大穴から覗く巨大な魔法陣。
ハローシイ・レーニンを駆動させるマナ機関の一部だ。通常の船であれば、機関室が丸見えになった、と思えばいいかもしれない。
もし、ここに被弾してしまえば、いかに頑丈なバシレウス級氷結艦とは言え撃沈されかねない。
誘爆を起こす前に何とかしなければ……そう考えるエルフ達の前で、無情にも攻撃隊は爆撃を続ける。
二番機、三番機と、爆弾を投下し、さらに編隊全体が次々に攻撃。
「本機の爆弾、敵艦後部に命中しました! 続く12番機、13番機の爆弾も命中! あ、14番機も当てました!」
「……今のところ、命中率は8割近いな。これなら、教官も満足されるだろう」
「総統閣下から勲章をもらえるかもしれませんね!」
その命中率は脅威の8割。
最終的に47機が投弾したので、命中弾数は40発近い。
それだけの爆弾が『ハローシイ・レーニン』に突き刺さったのだから当然……。
「か、艦長! 駄目です、マナ機関に敵弾命中! 誘爆します!」
「し、知らんぞ! それに俺は同志クッサイナーによって粛清されているんだ! 責任はない!」
数発の爆弾がマナ機関に命中、その後、船内各所のマナタンクを誘爆させ、船体を真っ二つに叩き割った。
沈みゆく『ハローシイ・レーニン』。
「少尉! 少尉さん、船が沈みます! 助けてください!」
「ああ、世話が焼ける! 救命ボートがあるから安心しろ! ……ん、なんだこの悪臭は?」
「あっ、クッサイナー司令です! クッサイナー司令が気絶したまま吹っ飛んできました! 司令もボートに乗せましょう!」
真っ二つになった船体は、その後の爆撃でさらに艦首と艦尾部分でちぎれ飛び、四つに分かれたうえで波間に消えていた。
艦長以下、ほとんどの乗員が艦と運命を共にし、脱出できたエルフ達はほとんどいなかったという。
そして、このような被害は同じように狙われた『ツァーリ・スターリン』と一隻のグラーフ級も同様であった。
各飛行隊は、魔王が訓練している親衛隊第一飛行隊ほどの命中率を発揮できなかったものの、それぞれに10発以上の爆弾を浴びせた。
それだけの爆弾がたった一隻の軍艦に命中すれば、当然無事では済まない。
各艦、マナ機関を誘爆させ爆散。退艦命令が発令されるよりも早くロンデリア海峡の海底に沈んでいった。
かくして、クッサイナー艦隊は戦艦2隻、重巡洋艦1隻を失った。
これだけで、航空攻撃としては十分な戦果。
だが、まだ終わりではない。
そう、いまだに魔王は爆弾を投下していないのだ。
爆弾を抱え艦隊上空を飛行する魔王は、自分が撃沈するに値する敵を目を細めながらじっくりと見定めていたのだ。
……一方その頃。
撃沈された『ハローシイ・レーニン』から、脱出した救命ボート。
「少尉さん! 何とか脱出できましたね! では、声を上げて付近の船に拾ってもらいましょう!」
「そうだな……おいっ! 誰か、助けてくれ! 司令官もここにいるぞ!」
そこに乗る少尉さんと水兵さんは手を振ったり、声を張り上げたりして付近にいる船に助けを求めた。
そんな声に答えるように一隻の戦艦『ツァーリ・プーチノコフ』が波を切り裂きながら近づいてくる。
「おお、助けが来たぞ。良かったな水兵、これでこの魔の海峡に取り残されることは無いわけだ」
「そうですね、少尉殿……って、なんかあの船、近づく速度、速くないですか? ほとんど全速ですよ?」
「確かに……おーい、止まってくれ!」
真っ直ぐ接近してくる艦に、必死に停船するように要求する二人。だが、全く止まる気配はない。それどころか、さらに加速し二人の乗るボートを轢き潰さんばかりだ。
「だ、駄目だ、止まる気配がない、水兵! 司令を抱えてボートから飛び降りろ! 轢かれるぞ」
「えっ、けど、少尉さん。私は泳げませんよ!」
「はぁっ? よくそれで水兵になったな。まったく、世話が焼ける! 俺にしがみ付け、司令も落とさないように抱えておけよ」
大急ぎでボートから飛び降りる水兵たち。その数秒後、ボートは『ツァーリ・プーチノコフ』に轢かれ沈んでしまった。
海に浮かびながら、ぽかんと顔を見合わせる少尉と水兵。
一体何が……。
それを知るためには、『ツァーリ・プーチノコフ』の艦橋を覗き込む必要がある。
「くっ、こんなところにいられるか! 本艦は先んじて転進を開始する! 機関一杯!」
「艦長、友軍の乗るボートを轢いたようですが……」
「ふん、どうせ臆病者の水兵が逃げ出すのに使ったボートだろう。気にするな」
そうこの艦は、自分が生き残るために仲間を見捨てて逃走するという選択肢を選んだのだ。
沈められた船から逃げ出した味方を轢きながらでも最大速力で走り出し、面舵一杯の急旋回。艦首を海峡出口に向け、全力疾走。
自分だけでも助かろうとする決死の逃亡だ。
しかし、それは悪手だった。
彼らは理解していない、群れからはぐれた獲物は捕食者によって最も優先的に狙われるということを。
「ほう、まだ動く船があったか。行くぞガーデルマン」
「嫌って言ってもいくんだろ? 撃墜されないように気を付けてね。君の前の相棒みたいに溺れ死ぬのは勘弁だよ」
他の艦艇が停船しているのに、ただ一隻、逃げ始めた『ツァーリ・プーチノコフ』。
それは目立つ獲物となり、魔王のターゲットになってしまったのだ。
機関一杯で逃げ惑う『ツァーリ・プーチノコフ』。
しかし、航空機から逃げ切れるはずもなく、追いつかれ魔王必殺のダイブブレーキ無しでの直角90度での急降下爆撃を受けることになる。
「艦長! 敵飛行機械、急降下してきます! 数は一機!」
「ふんっ、たかが一機の航空戦力で何ができる? こっちは2万トン級の巨艦だぞ、あっという間に叩き落として海の藻屑にしてやる! 対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意!」
魔王を打ち落とすべく対空戦闘を知らせるサイレンが鳴り響き、運よく生き残っていた連装高射砲に水兵が取り付く。
相手は一機、ならばどうにかなる。そう思い必死に高射砲を操り、対空射撃を行うとするが……。
「狙えないぞ? か、艦の真上に敵がいるのか!? 直角に突っ込んでくるなんて、そんな馬鹿な! そんな仰角、取れるはずがない!」
砲手たちは絶望する。
彼らの用いる高射砲の最大仰角は精々75度、直角に近い角度で突っ込んでくる魔王を迎撃するには性能不足。
魔王が迫る。
この時、彼が持ってきた爆弾は戦艦の主砲弾を改造して作られた800kg徹甲爆弾。
通常の『屠龍』はその性能上250kg爆弾までしか搭載できないが、魔王だからと言う理由で特別に搭載されたのだ。
「高度1000……700……500! よし、投下するぞ」
「ああ、急いで爆弾を落として機首を上げてくれ、怖いよ」
爆弾を投下し、海面ギリギリで機首を上げる魔王。
あまりに高度が低くプロペラが海面を叩いた、と言えばその曲芸じみた飛行がどんなものだったか理解できるだろう。
そして、投下された爆弾は……。
「躱せ! 面舵いっぱ……ぐぴゃぁっ!」
「了解……って、艦長? 艦長が消滅した……」
「天井と床に穴が開いてるぞ? 何かが突き抜けて、それに艦長は潰されたんだ」
艦橋で命令を下していた艦長に直撃。押しつぶしながら、船体奥深くまで貫通。
そして……マナ機関部で炸裂。艦内のマナを誘爆させ、一撃でその艦の命を奪った。
木端微塵に粉砕される『ツァーリ・プーチノコフ』。撃沈は確実だろう。
これにより、エルフ側の沈没艦は戦艦3隻、重巡洋艦1隻となった。
水面には撃沈された軍艦から逃げ出したエルフ水兵たちが浮かび、周囲の船に必死に助けを求める。
「少尉! 沈みます『プーチノコフ』がっ!」
「うるさいぞ水兵、それより、ほらやっと救援が来たぞ。ロープにつかまれ」
そのうちの数人は、この少尉さんたちのような幸運にも救助に来た友軍艦艇に助けてもらえたが……全員が彼らのように幸運とはいかなかった。
何故なら……。
「エリュさん、敵艦隊を目視で確認しました。戦艦1隻、重巡3隻ですね」
「あれ、最初に聞いていたより、少なくないですか。敵艦の数?」
「魔王様たちがやってくれたようです。私たちは残敵掃討ですね」
旗艦『秋津洲』に率いられた戦艦1隻、装甲巡洋艦4隻を主力とした大和帝国、遣ロンデリア艦隊が戦場に到着したからだ。
エルフ艦艇は水兵たちを見捨て救助を中止、逃げるか戦うかの選択を迫られることになる。