第百八話 ロンデリア海峡海戦 前編
大和歴311年10月6日、正午。
いつも天気が崩れているロンデリアらしくない晴れ渡った日。
油断と慢心に染まり「まあいけるっしょ!」と言うノリで侵攻する8隻の軍艦が、幅40kmほどしかない海峡――ロンデリア海峡に突入を開始した。
「ほほほ、ここがロンデリア海峡ですか。噂通り、とても狭いですね」
「これほど幅は狭いのであれば、簡単に制圧できそうですな。海峡の中心に我がバシレウス級を配置すればそれだけで事足りるでしょう」
彼らの名は『クッサイナー艦隊』。
特に根拠はないものの、すでに勝利を確信していた彼らは、特に警戒などすることも無く海峡に侵入し、そのまま前進を続ける。
そんな彼らをひっそりと海中から見つめる影。
「……艦長、ソナーに感あり、数は5、6……いえ、8。偵察機の情報通りです。敵艦、ロンデリア海峡最狭部『ドルバー海峡』に侵入してきました」
「よし、来たな。帝国潜水艦部隊の力を見せてやる。攻撃準備だ」
密かに攻撃の機会を窺うのは、大和帝国潜水艦『伊二〇二』。
いや、それだけではない。
同じく、海中に潜むは同型艦の『伊二〇三』、『伊二〇四』。彼らも『伊二〇二』同様に海中に隠れその時を待っていた。
「よし、敵艦射程内。一から四番、魚雷発射管注水。目標敵先頭の戦艦、距離2000。僚艦と同時発射、3隻合計12本の一斉雷撃をお見舞いしてやれ」
「よーそろ」
潜水艦3隻からなる大和帝国潜水艦部隊は、クッサイナー艦隊の正面、右翼、左翼に別れ、包囲する形で奇襲攻撃を仕掛ける。
もちろん、潜水艦に対し碌な知識を持たないクッサイナーたちが、そんな待ち伏せ攻撃に気が付くことなどできるはずがない。
放たれた12本の魚雷は、回避運動もせずまっすぐ進むだけのクッサイナー艦隊――その中でも主要ターゲットとされた戦艦級のバシレウス級各艦に面白いように命中。
そして……。
「は、はわわ! これは一体!?」
「クッサイナー司令! 敵の攻撃です! 人間どもの卑劣な奇襲攻撃かと」
「そ、そんな、敵などどこにも……ぐべっ!」
吹き上がる水柱。
排水量2万トンの『ハローシイ・レーニン』の巨大な船体が、魚雷弾頭に搭載された約300kgの爆薬に揺れ動かされ、衝撃で司令席からクッサイナーが弾き飛ばされる。
無様に顔面から地面に着地した彼だが……匂いがきついので誰も助けようとしないようだ。
鼻血を流しながら慌てふためくクッサイナー。
そんな彼の下に、「喫水線下に浸水!」と言う艦長からの報告が入る。
「ほわぁ!? し、浸水ですか!? なら、今すぐ緊急冷却システムを作動させなさい! 浸水箇所を凍らせるのです!」
「き、緊急冷却システムですか!? しかしそれでは、浸水エリアの乗員も凍り付いてしまいます!」
緊急冷却システム――それは、氷結艦であるバシレウス級が持つ最強の応急処置システムだ。
被弾したエリアの水を凍らせることで、浸水箇所を塞ぎ、通常の船であれば致命傷になるようなダメージすら防ぎきることができる。
もちろん、完璧なシステムではなく、修理箇所付近の乗員も一緒に凍らせてしまうという欠点もあるが……。
「艦長、水兵の命にいくらの価値があるというのですか。あんなものは、いくらでも畑から取れます。それに、もし、この艦が失われれば我々は粛清されるのですよ!」
「りょ、了解しました!」
人口10億を数えるエルフ国家からすれば、多少の人命など失っても惜しくない。それよりも、艦を失い粛清されることのほうが問題だ。
突然の雷撃に修理を余儀なくされ、停船するクッサイナー艦隊。
そのあまりに無防備な姿に潜水艦部隊は再度の雷撃を考えるが、「さすがに被雷すれば、こちらの存在に気づくはず……。彼らが停船しているのは何かの罠、再度雷撃するのは無謀だろう」と撤退を決断。
戦場を後にした。
一方のクッサイナーたちだが……。
なんとか落ち着きを取り戻し、艦隊の被害の確認を始めた。
「……クッサイナー司令、参謀長より報告です。本艦は少なくとも3発の攻撃を受けました。同様に『ツァーリ・スターリン』、『ツァーリ・プーチノコフ』も被弾した模様。被弾数はそれぞれ1発」
「これは……バシレウス級4隻中、3隻が被弾したことになりますな」
大被害。
決戦前に大事な戦艦3隻を傷物にされるなどマヌケとしか言いようがないが……。
しかし、彼らにも幸運はあった。
「艦長、システムは上手く機能していますか」
「緊急冷却システム正常に作動中……浸水量、低下していきます。クッサイナー司令、突然の攻撃に驚きましたが、バシレウス級の優れた防御力の見せどころです。あと30分もすれば再び動き出すこともできるかと」
「素晴らしい」
何とかシステムは正常に作動。被雷した3隻のバシレウス級はなんとか体勢を立て直し、艦を失う事態だけは避けることに成功したようだ。
だが、まだ安心はできない。
何故ならこのロンデリア海峡は大和帝国の海だから。
雷撃から一息つく間もなく、次なる攻撃が上空から彼らに迫る。
「ボーイズ、今日の俺は北爆できなくて機嫌が悪いんだ。と、言うわけで、眼下のクソッタレ戦艦を吹っ飛ばすぞ。どうしてかは分からんが停船しているしな!」
「了解、ルメイ大佐」
「気合いを入れろよ! キャベツ野郎に戦果で負けるようなことがあったら容赦せんぞ!」
クッサイナー艦隊上空2000メートル。
そこに現れるのは、戦闘機の護衛を受けたルメイ率いる『連山』重爆撃機144機。
本来、対艦攻撃には不向きな戦略爆撃機の『連山』だが、重要な補給線防衛のために趣味の北爆を切り上げてやってきたのだ。
そして、その『連山』の陰に隠れて目立たないが、少し遅れてかつてルーナの街を焼き払った旧式の複葉攻撃機、五式陸上攻撃機『新山』144機も続く。
合計機数は288機、大和帝国海軍航空隊からなる第一波攻撃隊だ。
戦略爆撃機に旧式陸攻と対艦攻撃にはいささか不安のある陣容だが、その物量を武器に一斉に襲い掛かる。
この攻撃にクッサイナーは……。
「ほほほっ、見なさい参謀長。奇襲でこのバシレウス級を沈められないと見るや、飛行兵器など持ち出してきましたよ」
「浅はかな人間の考えることです。航空攻撃でこのバシレウス級が沈むとでも思っているのでしょう」
「ほーっほっほっほ! 大量の人食い鳥の攻撃でも本艦が沈まないのはすでに実験済み! 優等種族であるエルフらしい対応をしてあげましょう」
航空攻撃で戦艦が簡単に沈むか! と、余裕綽々だった。
ちなみに彼らが想定している航空兵器――『人食い鳥』の対艦攻撃手段は鋭い爪と搭乗員の個人魔法、あと、火炎瓶とかレンガとか、その辺である。
そんなものと爆撃機を比較していいものか……と、言いたくもなるが、まあ、彼らは爆撃機どころか普通の飛行機も知らないのだから仕方がない。
「さあ、人間どもの小癪な飛行兵器を対空射撃で撃ち落としなさい!」
きっと戦力不足の人間は苦し紛れで航空兵器を送ってきたのだろう。そう高笑いしながら重爆撃機隊を迎撃するように命じるクッサイナー。
彼の命令により、『ハローシイ・レーニン』の高射砲――8センチ級連装式速射魔道弾発射機4基8門が迫りくる『連山』に照準を合わせようとするが……。
「は、速いぞ! 照準が合わない!」
「あの飛行物体は時速200……いや、250kmは出てるぞ!」
「人食い鳥の倍以上!? ありえない! 射撃システムの上限速度を超えているぞ!?」
最高速度100kmの人食い鳥くらいしか知らないエルフの対空システムでどうこうできるはずがない。
エルフ達は、それでも何とかしようと照準が合わなくとも、がむしゃらに魔道弾を大空に放つが……。
「魔道弾、命中無し……いえ、一発命中! 一機、撃墜しました!」
「ほほほっ、そのまますべて叩き落としなさい!」
「駄目です! 数が多すぎます! 敵飛行兵器、まっすぐ本艦に突っ込んできます!」
命中したのは一発だけ。
旧式機の『新山』が被弾、炎上しながら墜落したが、それだけだ。
それ以外の287機は、一機も被弾せずに防空網を突破。
「ほわぁつ! 敵機が頭の上にいますよ、これはどういうことですか艦長! 早く撃ち落とさないと粛清しますよ」
「く、クッサイナー司令! 違います、これは、私の失態ではなく砲手の腕が……」
「だまらっしゃい! 粛清です!」
必死に喚くクッサイナー、部下の責任にしようと無駄な努力をする艦長。
そんな彼らの上空に差し掛かった攻撃隊、彼らは爆弾倉扉を開き……。
「ようし、見たか、敵艦隊上空だぞ! 照準手、見えてるか?」
「目視で確認。ちょい右、もうちょい……進路そのまま――投下」
絨毯爆撃の要領で、持ってきた爆弾をクッサイナー達に叩きつけた。
重爆撃機、双発攻撃機合計287機の爆撃は凄まじく、投下された爆弾の総量は軽く300トンを超える。
爆弾の数で言えば1000発を軽く超えるだろう。
命中率の極めて低い大型機による水平爆撃故に、ほとんど命中弾は出なかったが……。
「命中! ルメイ大佐、爆弾が当たりましたよ! 真ん中の戦艦に最低でも4発命中しました!」
「そうか、そりゃあいいな! で、誰の爆弾が命中したんだ? 俺の機か?」
「さあ、絨毯爆撃なのでどれが誰の爆弾かは……」
それだけ爆弾を落とせば何発かは当たる。さらに、命中せずとも大量の至近弾がクッサイナー艦隊を揺らし、大きな打撃を与えた。
「……!? あわわわわ……」
「司令が! クッサイナー司令が泡を吹いて倒れたぞ! 誰か、衛生兵っ!」
各艦に降り注ぐ大量の爆弾による爆音、閃光、振動、衝撃波、水しぶき。
旗艦『ハローシイ・レーニン』は500kg爆弾1発、250kg爆弾3発、合計4発の爆弾を被弾。
前部の二基の主砲塔が吹き飛び大破、炎上。
運良く艦橋には被弾しなかったものの、被弾の衝撃だけで司令官クッサイナーは小便を漏らしながら失神した。
その他の艦艇も無事では済まず、バシレウス級『ツァーリ・スターリン』、『ツァーリ・プーチノコフ』はそれぞれ3発の爆弾を浴び中破。
巡洋艦『グラーフ級』もそれぞれ2から3発被弾。各艦撃沈こそされなかったが、それぞれ損傷を受けた。
猛爆ののち無事だったのは、たった一隻。奇跡的な確率で爆弾が命中しなかった、バシレウス級の『インペラートル』だけ……。
この時点で戦艦1隻大破、2隻中破、巡洋艦4隻損傷と大損害を浴びているクッサイナー艦隊。
各艦は爆撃の影響で火災発生、砲塔など氷でできていない部分が大炎上し、ダメージコントロール班は雷撃による浸水の防止作業だけでなく消火作業にも追われることになった。
普通であれば、もう撤退を考えたくなるだろう。
だが、ここからが本番。
「あのアメリカ人……確か、ルメイとか言ったか? あんな鈍重な重爆撃機で対艦攻撃をするとは、なかなか狂っているな」
「なんていうか、ドイツ人とは思考回路と言うか、もっと根本的な何かが何か違うんだろうね」
爆撃を終え、帰還する第一波攻撃隊に代わり戦場に到着したのは、大和帝国陸軍、親衛隊航空隊からなる第二波攻撃隊。
キャベツ野郎こと魔王率いる双発襲撃機『屠龍』の群れが彼らを狙っているのだから。