第百六話 エルフ達と北爆
総統閣下が眠たそうにしている時と同時刻。
ところ変わって、ロンデリア南部のとある飛行場。
その長い滑走路に四発重爆撃機『連山』の群れが並んでいた。その数は約140機、三個飛行隊と言ったところだろう。
「ようし、ボーイズ。準備はいいな? ちゃんと小便は済ませたか? 忘れ物はないか? ターゲットの場所もちゃんと覚えているだろうな?」
「ははは、大丈夫ですよ、ルメイ大佐。ターゲットは、敵に占領された港『スカルフロー』。そこに運ばれてきた補給物資を帝国自慢の爆撃機で吹っ飛ばしに行くんですよね?」
その指揮官機に搭乗するのは日本人からすれば悪魔、人間のクズ、畜生、といってもまだ言い足りない男――カーチス・ルメイ。
まあ、間違いなく悪魔召喚で呼びつけられたタイプの生き物だろう。
そんな彼は操縦席に座る大和人パイロットにアメリカ人らしく、オーバーアクションかつ馴れ馴れしく話しかける。
「おっと、少し違うぞ、大尉。吹き飛ばすのは物資だけじゃない、エルフどももついでに消し飛ばしてやるんだ。ドカーン、一撃で全て灰にするんだ、分かったな?」
「了解です、大佐。けど、あまりやり過ぎて総統閣下に怒られないようにしてくださいね」
「なに安心しろ。俺はこれでも、無差別爆撃でジャップから勲章をもらっているんだ。では、出発だ。今度こそ『ローリングサンダー作戦』で奴らを石器時代に戻してやる!」
エルフたちとルメイ、もうもはやどちらが悪役か分からないが……まあ、気にしたら駄目だろう。
「へへへっ、この戦争で戦果を上げりゃ、俺も大統領にってな」
離陸のために滑走路を加速していく『連山』。そのコックピットで顔をにやりと歪めてルメイは笑う。
ちなみに……。
言うまでもないが大和帝国に大統領というものは存在しない。おそらく脳みそが合衆国仕様のままなのだろう。
さてさて、頭のおかしいアメリカ人の爆撃隊が出撃して数時間後……。
ロンデリア北部、軍港『スカルフロー』。
その上空を、哀れな犠牲者……もとい一騎の人食い鳥が飛行していた。乗っている騎士は、今年エルフジア空中騎士団に入団したばかりの新人イカノス・メル。
「ああ、退屈だぜ。こんな後方に敵なんて来ないってのに、俺はいつまで飛んでりゃいいんだ?」
彼は暇そうに人食い鳥の背でそう呟く。
――『後方』。
そう、エルフ達にとって、もはやスカルフローは敵地ではない。
つい先日まで、ロンデリア海軍の拠点として活動していたスカルフロー。
しかし、ロンデリア北部に上陸してきたエルフ達の進撃の前に陥落。エルフの有力な補給港の一つとなってしまっていた。
また、この港の確保後もエルフの進撃は止まらず前線は瞬く間に南下。
ロンデリアの北端にあるスカルフローは、占領からまだ間もないというのにあっという間に後方拠点となったのだ。
して、この新米騎士イカノス君の任務はそんな後方拠点を守るための哨戒飛行。
インフラの整っていないロンデリア北部では、スカルフローのように大型船も入港できるまともな港はとても珍しい存在だ。
この港を喪失すれば、エルフジアは船舶による補給が困難になり、補給能力は著しく低下する。そういっても過言ではないほどだ。
そんな重要補給拠点を守るのだから、この哨戒飛行は祖国の趨勢に関わる重大任務。
「はあ、こんな後方に敵が来るわけなんてないし、暇すぎるぜ。先輩たちは、最前線で今も戦っているってのによ……」
……のはずなのだが、イカノス君は完全に油断していた。
それこそ、ろくに周囲を見渡さず、あくびをしながらのんきなフライトを続けるくらいには油断していた。
快進撃を続けるエルフ達にとって、後方拠点が脅かされることなど考えられなかったのだ。
しかし、その油断は命取り。
確かにスカルフローは、最前線から離れたエルフジア軍の後方ではある。だが、世の中にはそんな後方拠点を吹き飛ばすことができる兵器などいくらでも存在している。
広大な湾内を埋め尽くす大小さまざまな輸送船。
港に積み上げられる前線のエルフジア地上軍10万の将兵を支えるための大量の補給物資。
歩兵用の小火器に防具、重ゴーレム用の整備部品、兵士たちの食糧、衣料品、ドラム缶に入れられた液状のマナ。
いずれも、失われてはならない戦力的に重要なものだ。
この物資がすべて失われたら……そんなことは、口にしなくても分かるだろう。
そして、この世界に召喚された悪魔は民間人すら容赦なく焼き払う男。そんな敵の急所を見逃してくれるほどやさしくはないのだ。
スカルフロー上空7000メートル。
人食い鳥でも到達できない遥か天空の頂。酸素マスクなどと言う便利なものを持たないエルフ達からすれば、想像することもできない未知の領域。
そこを、先ほど南部の飛行場を出撃した最新鋭機『連山』の群れが、無数のコンバットボックスを組みながら飛行していた。
「よーし、ボーイズ、調子はどうだ?」
「順調ですよ、ルメイ大佐。数機がエンジントラブルで引き返した以外、ノーダメージです」
「そうか、そりゃあ、結構だ。今日はいい天気とは言えないが、俺の異世界初舞台だ。派手に行かないとな」
そう言って操縦手の肩を軽く叩くルメイ。「なんだこいつ、やたらボディータッチが激しいな? まさかそっちの性癖があるのか?」と、大和兵から白い目を向けられているが、そこはアメリカ人、特に気にしないようだ。
さてさて、そんな頭のおかしいアメリカ人率いる爆撃隊だが……エルフ達に見つからないはずがない。
だって、馬鹿でかい四発重爆が140機で大編隊を組んでいるのだから。
爆撃隊を最初に発見したのは、哨戒任務中のイカノス君。
平和で暇な哨戒任務をのんびりと楽しんでいた彼だが、流石に上空から鳴り響く100機以上の重爆が奏でるエンジンの爆音には気が付いたようだ。
なんの音だと見上げてみれば、巨大な機影に無数の飛行機雲。
「お、おい、ありゃ、なんだ? 数え切れない数だぜ! それに、で、でかい! まるで空飛ぶ要塞じゃねーか……」
彼は困惑した。
安全な後方の哨戒任務のはずが、なぜか謎の巨大な飛行物体が接近しつつある。それも、100を軽く超える数だ。
しかも、その飛行物体は轟々と不気味な音を立て、信じられない速度で向かってきている。
「信じらんねーぜ、もしや、大和とかいう国の新兵器か?」
どうすればいい? 少し迷った後、彼はとりあえずそれが何であるか把握するために接近することにした。
彼は、大空に大量の飛行機雲を描きながら侵攻してくる爆撃隊に近づくために愛騎に上昇を命じた。
が……。
「ちくしょう、追いつけねぇ。相手はあんなにデカいのに、俺より……人食い鳥より速いのか!?」
イカノスは叫ぶ。
愛騎は必死に羽ばたいている。しかし、爆撃隊は近づくどころか、あざ笑うようにどんどん遠く離れていっている。
爆撃機『連山』の最高速度は時速280km。第二次世界大戦中の爆撃機と比べればいくらか低速で、ちょうど戦間期の爆撃機と同じくらいだろう。
高速爆撃機、と呼ぶにはいくらか性能不足を感じる速度だ。
しかし、イカノスの愛騎『人食い鳥』の最高速度はたったの時速100km。第一次大戦初期の戦闘機と同じくらいだ。
三倍近い速度差があるのだ、追いつくはずがない。
それに……。
「はぁ……はぁ……い、息が苦しくなってきた……これ以上は、無理だ……」
爆撃隊は人食い鳥では飛行できない高度7000メートル以上を飛んでいるのだ。
この高度にもなると酸素マスク無しに飛行するのは難しく、当然、そんな贅沢品を持っていないイカノスは酸欠との戦いになる。
人食い鳥の運用上の限界高度3000メートルを気合いで突破し5000メートルまで上昇するが……。
そこが限界。
彼は、絶望しながら自分たちの上空を通り過ぎていく爆撃隊を眺めるほかなかった。
そして……。
「おい、ボーイズ。見えるか? ほら、眼下にターゲットのスカルフローだ。エルフどもめ、何の警戒もせずに港に物資を山積みだ。いいぞ、きれいさっぱり吹っ飛ばしてやる。高度2000まで落とせ」
「はい? 高度2000ですか、ルメイ大佐? そんな低空だと迎撃を受ける可能性が……」
「高高度から爆弾を落としても当たらん。貴重な爆弾の無駄遣いだ。低空に降りて一撃で全て吹きとばすぞ! 石器時代だ、きっちり一万年前まで文明を戻してやれ!」
スカルフローに到着するや、爆撃隊はルメイの命令で一気に高度を落とした。
爆撃体勢。
ルメイお得意の低空爆撃だ。
「や、やめろっ! 止まれ、止まってくれっ!」
爆撃隊のはるか後方で、港に殺到する爆撃隊を見つめイカノスは叫ぶ。このままでは港が吹き飛ぶ、彼は本能的にそれを理解したのだ。
しかし、爆撃隊に追いつくこともできず、遥か彼方に置き去りにされたイカノスにできることと言えば、無意味に叫ぶことくらい。
そんな哀れな存在のことなどルメイが気にかけるはずもない。
爆撃隊は、スカルフローにいるエルフ達の恐怖に染まった顔めがけて次々に爆弾を投下した。
「や、ヤバいぞ! 突っ込んでくる! でかいやつが!」
「我が軍の空中騎士団は何をしている!? 早くあれを叩き落としてくれ!」
必死に逃げ惑い、叫ぶエルフ達。
しかし、もう遅い。何もかも手遅れ。
重爆撃機『連山』の爆弾倉扉が開き、それぞれに搭載された2トン分の爆弾がスカルフロー各所に投下される。
こうなってしまえば、あとは重力に従い落ちてくる爆弾に全てをゆだねるしかできない。
炸裂。
投下された140機分の爆弾の総重量は約300トン。未発達なファンタジー基準の都市であれば、大都市すらも一撃で粉砕することができる量だ。
倉庫は消し飛び、物資は焼け落ち、余波で停泊していた輸送船まで沈んだ。
港にいたエルフ達もこの爆撃から逃れることはできず、その多くは何が起こったのか理解する間もなく降り注いだ爆弾により吹き飛ばされた。
「あ、ああ……なんてこった……」
黒煙が巻き上がるスカルフローを見下ろしながら、イカノスは呟く。
そこにあったのは、燃え盛る瓦礫の山と数え切れないほどの死体、傷ついたエルフ達の悲鳴。エルフが初めて経験する近代的な航空攻撃は、彼らが想像する地獄絵図そのものだったのだ。
かくして、スカルフローに溜め込まれていたエルフジア軍の補給物資の70パーセントが完全に消滅した。
「ボーイズ、見たか? 作戦は完璧だ! 戦略爆撃こそ至高だ、急降下爆撃などに頼る軟弱なキャベツ野郎には負けんぞ」
「ははは……」
大戦果に『連山』のコックピットで大喜びするルメイと苦笑いする大和兵。
ちなみに『キャベツ野郎』とは、ドイツ人を指すスラングの一種である。急降下爆撃を好むドイツ人、もう誰かお分かりだろう。
最近の大和帝国は国際色豊かになってきたし、いろいろ派閥があるのである。
なお、爆撃では生き残ったイカノス君だが……基地に帰還後、スカルフロー防衛失敗の責任を取らされてしまい、「敵の攻撃をみすみす見逃した資本主義者の犬」と言う罪で同志により処刑された。
エルフ達も一枚岩ではないようだ。