第百五話 総統閣下とエルフジア軍上陸
大和歴311年10月5日。
ロンデリア本国艦隊が壊滅した『スカルフロー沖海戦』から三日。
この日、エルフ達はついに人間領域に上陸を開始した。
最初に行われたのは上陸地点――ロンデリア北部地域への徹底的な航空攻撃だった。
エルフの氷結艦技術の粋を集め建造された200万トン級氷結超空母『ハボクック』と、その他の通常型氷結空母8隻を含めた空母艦隊。
その艦載騎数は約800騎。
彼らの主力騎は『人食い鳥』とか『マンイーター』とか呼ばれる単発戦闘機サイズの大型飛行モンスター。
ドラゴンのように火を噴いたりはしないが、巨大な肉体と強靭な爪により、その戦闘能力は単騎で小さな村なら滅ぼせるというほどだ。
この航空攻撃に、ロンデリア北部は破壊しつくされた。
その惨状を目撃した者は、「まるで死肉にハゲワシが群がるが如く」と表現した。
空を覆い尽くすほどの大量のマンイーターが、村と言う村、街と言う街に襲い掛かり、破壊の限りを尽くしたのだ。
空中から颯爽と舞い降りては人々を攫って喰らい、さらに搭乗するエルフ兵士が炎魔法で放火する。
流石に航空爆弾を用いた戦略爆撃ほどの破壊力はないが、それでも文字通り人々を食らい尽くし、多大な人的被害を与えていたのだ。
この一連の航空攻撃による被害は1万人を軽く超えるとされており、田舎であまり人口の多くなかったロンデリア北部地域にとっては無視しえない大損害と言えるだろう。
そうして大きな被害を受けたロンデリア北部に、今度はエルフジア主力艦隊の支援砲撃と共に輸送船に乗ってやって来たエルフジア地上部隊が上陸を開始する。
その戦力は歩兵だけで10万、これに合わせて重ゴーレムである『スターリン』も数百機が投入された。
さらに、エルフお得意のテイム魔法で、現地のモンスターを次々に従え、ソ連の『スチームローラー』を思わせる物量戦を敢行した。
これに対抗したロンデリアの兵力はごく僅か。
大和帝国及びロンデリア王室は防衛が困難なこの地域を見捨てるつもりで兵力を置いておらず、そして、地元の守備隊も先の航空攻撃で混乱。
地元貴族がなんとか兵士を集めて抵抗したが、その兵力は多く見積もっても1万程度。10倍を軽く超える兵力を前に、勝てるわけもなく各地で轢き潰され、ほとんど抵抗らしい抵抗もできず玉砕していった。
城塞すら簡単に突破してしまう巨大ゴーレムの群れを前に、剣と魔法、マスケット銃で対抗したところで……と、言った感じだろう。
こうして戦う手段を失った住民はある者は奴隷に、ある者は『マナ』に、ある者はエルフのモンスターの美味しい晩御飯になり果てた。
上陸開始から一週間。たったそれだけの間に、ロンデリア北部では航空攻撃と合わせて10万近い市民が死亡し、更に、その数倍の人口が難民となった。
しかし、これはまだ始まりに過ぎない。
地獄はまだまだ続くのだ。
☆☆☆☆☆
今日のボクの気分のようにどんよりした曇り空の下、黒塗りの高級車に乗ってとある場所に向かって移動中のエリュテイアです。
……今の時刻わかります? 朝の6時ですよ? いつもなら、アヤメさんと一緒にベッドでぐっすり眠っている時間です。
そんな朝早くから車で移動して……おまけに、ここ数日はいろいろ忙しくて全然眠れていません。
昨日の夜なんか最悪でした。リンさんが一晩中寝かせてくれなかったんです。
あ、一応弁明しておきますけど、えっちなことじゃないですからね?
ほら、リンさんってロンデリア北部出身じゃないですか? だから、その……エルフジア軍が上陸した件について「なんで、私の故郷を見捨てたのか!」って、怒ってしまってですね。
寮のボクのお部屋に殴りこんできて、そこから朝まで、怒られて眠れませんでした。
アヤメさんは「追い出しますか?」と提案はしてくれたんですけど、リンさんは友達ですし、今後の関係を考えるなら追い出すなんてできませんし……。
それに作戦通りとはいえ、ロンデリア市民に多大な犠牲を強いている現状は気分のいいものではないですし……。
とにもかくにもストレスとか眠気とかで最悪です。
しかも、こんな状況だというのに、どこかの馬鹿提督がやらかしたのでその尻拭いをしないといけないなんて……泣きたくなります。
「お疲れですね、エリュさん。あんな女と関わるからですよ。目的地までもう少し時間がありますから、私のお膝でちょっとだけ寝ますか?」
そう言って、膝枕のお時間ですよー、とお誘いしてくるのはお隣に座っているアヤメさん。そのお誘いは嬉しいんですけど……。
「……眠れると思いますか」
「やっぱり煩くて無理ですかね? 護衛が多すぎましたか?」
車の周りを見渡し、あはは、と乾いた笑みを浮かべるアヤメさん。
ボクが乗っている車は静かなんですよ? 壊れないことで有名なとある英国の高級車モドキで、防音がしっかりしているのか、それとも、エンジンがいいのか。
とにかく、音は静かですし、足回りがいいのか走りもいいですし。
けど、その……護衛として車列を編成している親衛隊の車両が爆音でして。眠れません。
前を見ても後ろを見ても戦車、戦車、ハーフトラック。狭いロンデリアの道を、装甲車の群れが走っています。
大げさなんですよ。戦車一個中隊に、機械化歩兵一個大隊、おまけに自走対空砲まで。キャタキャタピラピラうるさいです。
はぁ……。
まあ、眠れるかどうかは別として、膝枕は喜んで受けますけど……。アヤメさんの太ももは嫌いじゃないですし。
っと。
「それより、問題は上陸してきたエルフジア軍です。これをどうするかですが……」
「辻参謀長より、陸軍は予定通りロンデリア中央――ハドリアヌス・ラインにて防衛線を展開していると報告を受けています。塹壕を掘り万全の態勢だとか」
ハドリアヌス・ライン、その名前の通り、英国に例えるならハドリアヌスの長城があるあたりに作られた防衛線ですね。てか、そこから適当に名前を拝借しました。
南部と北部の中間にある場所で、朝鮮半島でいうところの38度線みたいなところです。
ここに陸軍三個師団、約4万の兵力を主力とした防衛線を展開、北部から南下してくるエルフジア軍を迎撃するわけです。
親衛隊自慢の重戦車大隊も配備していますし、その辺までなら航続距離の短い戦闘機や襲撃機も届きますし、塹壕もあるなら、防衛は成功しそうですね。
「ならいいです。北部に対する航空作戦はどうなっていますか? なんか変なアメリカ人が主導していた、あの……」
「あめりかじん? というの分かりませんが、海軍航空隊主体で行われる『ローリングサンダー作戦』のことですね。もうすぐ第一波が出撃する時間かと」
「ん、爆撃されるロンデリア市民の皆様には気の毒ですけど……『北爆』は、ちゃんとしないといけませんからね」
合言葉は「奴らを石器時代に戻してやれ!」です。
一応は、「上陸してきたエルフジア軍に対する航空攻撃」と言うことになっていますが、その実態は残念なことに無差別爆撃です。
だって、誘導爆弾とか無いですし、民間人を避けて爆撃できるほど精度出ませんし。
てか、エルフジア軍を徹底的に干上がらせるための戦略爆撃だから、その、いろいろお察しと言いますか……。
投入する航空機は、海軍が誇る最新鋭の重爆撃機『九式重爆撃機』、愛称は『連山』です。
最高速度280km、航続距離3000km。発動機に空冷星形9気筒『木星』450馬力を四発装備。
外観、構造は英国の爆撃機ウェリントンに近いですかね? 本家は1000馬力の双発機ですけど、エンジン出力が不足していたから、無理やり四発機にしたって感じです。
爆弾倉には最大で2トンまでの爆弾を積めるので、戦略爆撃にはもってこい……と、言うかそれ以外に使い道がないような飛行機です。
敵を狙って精密爆撃、なんてできるような飛行機ではありません。
この飛行機を三個大隊、140機ほど投入して、ロンデリア北部に徹底的な爆撃を行うのです。一度の爆撃で200トン以上の爆弾を投下できますから……かなりの効果は見込めると思います。
それなりに速度も出せるので、敵の航空戦力に迎撃されないでしょうし。
っと、磯の香りがしてきました。そろそろ目的地に到着しますね。
到着したら、アヤメさんにおねだりしてベッドに向かいましょうか? そろそろ限界ですし……。
ちょっとした兵器紹介 重爆撃機『連山』
性能諸元
最高速度 280km
実用上昇限度 7000m
航続距離 3000km
発動機 空冷星形9気筒『木星』450馬力 4発
武装 12,7mm連装銃座 機首、及び、尾部に一機ずつ。
爆装 2トンまで。250キロ爆弾なら8発。
乗員 6名
外観、構造的は英国の爆撃機『ウェリントン』を四発機にした感じ。航空技術の不足により、最高速度は控えめとなっている。
銃座はブローニングもどきの12,7mm仕様。総統閣下曰く「7,7mmの銃座は弱そうで嫌」とのこと。