表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/138

第百四話 スカルフロー沖海戦 後編

 敵に向かって最大戦速で突き進んだロンデリア本国艦隊とクッサイナー艦隊。


 互いの距離は30kmにまで近づき、ついに目視でその姿を捉えることができる距離にまで接近した。


「ネールスン提督、エルフ艦隊を目視で捉えました。距離3万、前方の水平線上です」


「おお、あれがエルフの船か。聞いていた通り船体が白いな。噂に聞く、氷結艦と言う奴か、思ったより大きいな」


 望遠鏡越しにネールスンが目撃したのは白い氷の船体を持つ排水量2万トンの巨艦。クッサイナー艦隊旗艦『ハローシイ・レーニン』だ。


「……いや、本当に大きいな。大和の戦艦並みではないか?」


 初めて見るエルフの船にネールスンは一抹の不安を覚えた。


 そう、その船は彼が想像していたより遥かに大きかったのだ。その全長は200メートル近く、サイズとしては大和帝国の戦艦にもそれほど劣らない。


 搭載している主砲の大きさも大和帝国のそれとほとんど変わらないようにも見える。


「数は……8隻ですね。前方の4隻は大型艦、大和帝国でいうところの戦艦級でしょう。その後方はやや小さく巡洋艦と言ったところでしょうか?」


「そうらしいな。それで、ホレーション、お前はあの艦隊を見てどう思う?」


「まったく、分かりません。数の上では40隻の艦艇を有する我が艦隊有利ですが……」


 ホレーションはそこから先を言い淀む。


 40対8。


 普通なら勝負にすらならない数の差。だが、しかし、敵は3000トン級の一等戦列艦が小型のフリゲートに見えるほどの巨艦。


 ネールスンの額に冷や汗が流れる。


 大和帝国からの情報で「エルフの氷結艦はかなり高い性能を持っている」と、聞いてはいたが……百聞は一見に如かず、と言うやつだ。


 実際にその目で見て、その性能を肌で感じ、ついにネールスンの海の男としての勘が「これはマズイ」と警鐘を鳴らし始めたのだ。


 数で優っていても、圧勝できる予感がしない。いや、むしろ、戦場で出会うとろくなことにならない嫌な予感すらする。




 しかし、ネールスンは退くわけにはいかない。


 彼の背後にあるのは守るべき祖国であり、彼はそれを守る栄光あるロイヤル・ネイビーを率いているのだから。


「なに、恐れることは無い。敵は大きいだけのマヌケだ。敵艦が見えたならすることは一つ、突撃だ。行くぞ、ホレーション」


「いつものように、ですね」


 ネールスンが下したのはお得意の突撃命令。


 彼に付き従う水兵たちも「なにが氷結艦だ。こっちは、鋼鉄製の戦列艦だぞ? 鉄と氷、どっちが強いか教えてやろうじゃないか」と意気込み戦闘配置につく。


 そして、巧みな操船で、艦隊を瞬く間に戦闘隊形である単縦陣へ移行させるのだった。

 





 一方のクッサイナー艦隊も戦艦級である『バシレウス級』4隻を先頭にその後方に巡洋艦級である『グラーフ級』4隻を並べる形の単縦陣で対抗。


 真正面からの決戦を挑んだ。


 両艦隊の距離が詰まり、クッサイナー艦隊の主砲射程約7kmまで接近する。


 戦いの始まりを告げるのは、クッサイナー艦隊の先陣を切る旗艦『ハローシイ・レーニン』だ。


「敵艦との距離7000! クッサイナー司令、主砲照準可能です」


「よ、よし、撃ちなさい! エルフの力を見せつけるのです!」


 初実戦で緊張し声が裏返るクッサイナー。そんな彼の命令を練度不足ながらも士官、水兵たちは忠実に実行する。


 彼らのターゲットはロンデリア艦隊の先頭を進み、真っ直ぐエルフジア艦隊に突撃する一等戦列艦『クイーンエリザベート』。


「前部主砲、一番、二番、射撃用意!」


「了解、一番、二番、射撃用意。前部魔道弾用マナタンクより、射撃用マナを抽出開始せよ! 魔力化も急げよ!」


「マナ抽出……終了、続いて魔力化も終了しました。砲塔内魔法陣に魔力充填を開始します」


「魔力充填率60……80……100パーセント、主砲射撃可能です!」


「よし、撃て!」


 重い駆動音と共に砲塔が動き、照準が定まると主砲から一斉に輝く光弾――魔道弾が発射される。


 その弾数は4発。


 両艦隊は向かい合って突撃する形であり、後部の主砲は使えないため前部に装備された砲塔、連装2基4門から魔道弾を撃ち放ったのだ。


 そして、その結果は……被害を受けるネールスンたちどころか、発射したクッサイナーたちすらも想定していない運命的な一撃となった。




 放物線を描き、7000メートルの距離を超え、ターゲットに吸い込まれる魔道弾。


 被弾し、大爆発と共に沈んでいく一隻の戦列艦。


 それを、“無傷”の『クイーンエリザベート』の甲板上からネールスンは見つめた。


「て、敵艦砲撃ッ! 本艦の後方を航行中の一等戦列艦『ロンデリウム』、一撃で撃沈されました! ネールスン提督、これは……」


「信じられん。まだ距離は7000メートル以上あったんだぞ? 何と言う射程、何と言う破壊力だ。こちらは鋼鉄製の軍艦だぞ!?」

 

 撃沈されたのは旗艦『クイーンエリザベート』の後方を進んでいた一等戦列艦『ロンデリウム』。


 旗艦である『クイーンエリザベート』を狙っていた『ハローシイ・レーニン』の砲撃だが……どうも、練度、精度不足から大きく狙いを外し、その後方を進んでいた別の船に直撃したようだ。

 

 当然、この命中は実力によるものではない。


 ロンデリア側からすれば単に運が悪かっただけ、エルフジア側からすれば運が良かっただけと言えるだろう。


 とはいえ、命中してしまえば運の良し悪しなど関係ない。


 撃ち出された『ハローシイ・レーニン』の20センチ砲弾に匹敵する威力の魔道弾は、鋼鉄製とは言えほとんど装甲化されていない『ロンデリウム』の船体を容易く貫通し、艦奥深くの弾薬庫を直撃。


 無数の火薬を誘爆させ、3000トン級の一等戦列艦を瞬く間に海の底に誘ったのだ。




 ロンデリア海軍の自慢だった鋼鉄製一等戦列艦。その艦を射程外から一撃で粉砕するエルフの新兵器。


「し、信じられん。こ、これでは、いくらこちらの数が多いとはいえ……」


 その破壊力を前に、ネールスンはやっと自らの艦隊が壊滅の危機にあることを理解する。


 そして、それを理解したのは彼だけではない。


「お、おい、『ロンデリウム』が……一等戦列艦が……五分も経たず沈んだ……」


「エ、エルフの船は、化け物だ!」


 自分たちが危機的状況に置かれていることを察知し、恐れおののく水兵たち。


 彼らは自分たちがクッサイナー艦隊の前ではただの獲物でしかないことを理解してしまったのだ。




 結論から言えば、この直後ロンデリア艦隊はロンデリア南部を目指して撤退を開始した。尻尾を巻いて逃げ出した、と言うのが一番近い表現だろう。

 南に逃げれば大和帝国の支援がもらえるかもしれない、それを最後の希望に彼らは敵艦隊からの命がけの逃走を始めたのだ。


 そして、それは、これまで突撃以外の選択肢を選んだことがないネールスンが初めて下す判断だった。


 だが、この撤退は簡単なことではない。帆走船であるロンデリア艦隊に対し、クッサイナー艦隊は動力船。


 当然速力ではクッサイナー艦隊の方が上だ。


 必死に逃げたところで速度に勝るクッサイナー艦隊から逃げられるはずもなく、一隻、また一隻と粉砕されていってしまう。

 

 戦いは数時間に及び、ついに……。


「ネールスン提督、三等戦列艦『シュメール』撃沈されました。これで残る船は本艦のみです」


「そうか……」


 ロンデリア艦隊に最後に残った船『クイーンエリザベート』の甲板でうなだれるネールスン。


 もはや彼に希望は残っていない。彼は、全てを失ってしまったのだ。


 直後、クッサイナー艦隊合計8隻からの集中砲火を浴び爆沈する『クイーンエリザベート』。これにより、帆船40隻からなるロンデリア本国艦隊は消滅。


 スカルフロー沖海戦はクッサイナー艦隊の鮮やかな勝利で幕を閉じたのだった。




 そして、この海戦でロンデリア王国の洋上戦力を排除したエルフジア軍は誰にも邪魔されることなくロンデリア本土に対し上陸作戦を開始する。


 作戦名は『シヴーチ』。その意味は古代エルフ語でアシカ。


 1000隻を超える輸送船から総勢10万を超える兵士が一斉にロンデリア北部に上陸。ロンデリア史上最大級の地上戦を始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 103話ですでに104話の終わりを予想していたので、104話読んでいて違和感を感じたので少し面倒でした。
[一言] >結論から言えば、この直後ロンデリア艦隊はロンデリア南部を目指して撤退を開始した。尻尾を巻いて逃げ出した、と言うのが一番近い表現だろう。  わー、ひと当ても出来ず遁走かー……。  旧式船で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ