第百二話 総統閣下と戦略会議
エルフジア艦隊出港。
その知らせを聞いたとき、ボクは理解しました。
戦争です、戦争が始まってしまったんです。
エルフの大国『神聖エルフジア共和国』とボクたち『大和帝国』の運命を掛けた戦争が始まってしまったんです。
はい、戦争が始まってしまえばすることは一つですよね。
そう言うわけで、いつものように……。
「それでは、エリュさん準備はよろしいですか? ……はい、大丈夫そうですね。では、第321回帝国御前会議を開始します」
アヤメさんの号令で始まりました。何度目かの御前会議のお時間です。
場所はボクの住んでいる王族専用寮の一室。今は使われていない空き部屋ですね。ここに、陸海軍のお偉いさんを集めたわけです。
時間がなかったので、そんなに大勢集められませんでしたが。
参加者は陸海軍それぞれ3名ずつに、親衛隊代表のアヤメさん、それとボクの8名ですね。
おそらく、それぞれの参謀長とか、軍令部総長とかが集まってきているのだと思うんですけど……。
「どうかしましたか、エリュさん? 何か不都合でも?」
「……ん、大丈夫です。気にしないでください」
会議室に集まった軍人さん顔をじろじろと見回してみますが、誰が誰やら。……何度見ても軍人さんの顔は覚えられません。
顔も雰囲気もどこかおかしい陸軍の辻参謀以外、見分けることができません。軍人さんって、どうしてみんな角刈りか坊主なのでしょうか?
顔を覚えるのは苦手なので困ります。
まあ、どれが誰だか分からなくても、その場の雰囲気さえ守れればなんとかなりますけど。今までもそうやって誤魔化してきましたし。
っと、それでは、さっそく本題に入りましょうか。
つい先日動き出したエルフジア艦隊についてです。
「それで海軍さん、出港した敵艦隊の戦力はどうなっていますか。新型の高速潜水艦で偵察を続けているはずですが」
「は、ご命令通り調査を続けています。現在のところ、エルフジア艦隊は超空母1、戦艦12、重巡12、空母8を主力とし、それに多数の補助艦艇、及び上陸部隊を乗せた輸送船を付属させています」
「閣下、敵艦隊はかなりの規模です。我が海軍の総兵力に匹敵するほどかと……」
ん、説明ありがとうです、海軍の角刈り君とその取り巻き君。
問題はこの艦隊にどう対応していくかですが……。
「敵艦隊の進路は?」
「真っ直ぐここロンデリア王国に向かってきています。閣下は、安全のために一度本国に……」
「帰りません」
却下です、却下。ここで、このボクがロンデリアから逃げ出すなんてありえません。
いいですか、我が大和帝国は各国を経済的に搾取する代わりに大東亜共栄圏――つまるところ、人間種族全員の国防に責任を負っているわけです。
そして。
その大和帝国の総統であるこのボクが、敵艦隊ごときが迫ってきたというだけでビビって逃げては帝国の威信にかかわります。
というわけで、逃げません。勝算がないわけではないですし。
……とはいえ。
「ロンデリアで正面から艦隊決戦……は、できませんよね?」
「総統閣下のおっしゃる通りです。我が海軍は、来年まで戦力不足が続きます。本土防衛のことを考えれば、ロンデリア方面で大規模な作戦は不可能でしょう」
どーん、と帝国海軍主力で敵海軍をぶん殴って、海の底に沈めて完全勝利、第六章完! とは、いかなさそうです。
実はいろいろあって今年の帝国海軍は、戦力不足なのです。
唯一のド級戦艦『富士型戦艦』は近代化改装のためにドック入りしていますし、旧式化した前ド級戦艦は新型戦艦建造の予算確保のために4隻を残して退役、そして、その期待の新型戦艦は来年まで就役しませんし……。
動かせる戦艦は前ド級戦艦の『敷島型』4隻だけですかね?
一応、巡洋戦艦なら『伊吹型』『金剛型』がそれぞれ4隻ずつあるんですが……それでも、主力艦の合計数は12隻。
これに空母が追加されますが、戦力が不足していることに違いはないです。
しかも、この戦力を全てロンデリアに投入するわけにはいきません。
あくまで帝国の中枢は工業地帯である帝国本土と、資源地帯である満州大陸です。ここを攻撃されれば戦力の立て直しができません。
本土と満州大陸を防衛するのにそれ相応の戦力が必要になります。
主力艦はほとんどこっちに回す必要があるはずなので……。
「ロンデリアに展開できる戦力は、ボクの専用艦『秋津洲』と、トラック島配備だった装甲巡洋艦、防空巡洋艦をそれぞれ4隻ずつくらいですか?」
「そのほかにも一個駆逐隊と軽空母『鳳翔』を送ることができますが……」
「それ以上は厳しいですよね。あ、分かっていると思いますが、無理に派遣するのは止めてくださいね?」
何か言いたそうにしている角刈り君に、「いいですか、海軍は本土防衛が最優先です」と、先んじて釘を刺しておきます。
だって、この連中、放っておくと総統閣下を守るため! とか言って、無茶苦茶な艦隊運用始めますし。
海軍が無茶やってロンデリアに戦力を全投入した挙句、隙だらけになった本土が奇襲を受けて陥落しました、とかいうことになったら詰みですよ。
そう言うわけでロンデリア方面には、あと一年間はまともな艦隊を送れません。
少なくとも戦艦12隻を主力にしたロンデリア艦隊と真正面から喧嘩して勝てる艦隊は用意できません。
となると、敵が上陸してくること前提で作戦を考えないといけないわけですが……そうなると陸軍の出番ですね。
「陸軍さん、ロンデリアの防衛は可能ですか?」
と、問いかけると……。
「は、それに関しては陸軍参謀長であるこの辻が責任をもって保証いたします。閣下、我が無敵の陸軍をもってすればエルフなど脅威ではありません! 海軍に代わり、完全なロンデリア防衛戦をお見せしましょう」
なんて、辻さんが自信満々に応えてくれました。もう、それこそ胸をこれでもかと張って。
そんな彼を「胡散臭いですね」と、口にはしませんがそう言いたげに見つめます。
すると、辻さんはそんなボクの視線に気が付いたのか凄く小さな声で「……が、しかし、いくつか条件があります」と付け加えました。
「条件、ですか」
「あー、その、一つは補給ですな。海軍がロンデリア海峡の制海権を抑え、補給を維持してくれなければ戦えません」
あ、そう言うことですか。
補給は大切です。少数精鋭、機械化されたボクの陸軍は、油が無くなったら動けなくなって即死しますからね。
彼らが活動できるようにロンデリアに補給物資を送るには、東方大陸とロンデリア王国の間の狭い海――ロンデリア海峡の制海権を維持する必要があるわけですが……。
「海軍さん、守り切れますか?」
「は、ロンデリア海峡は狭く、防衛にそれほど多くの艦艇は必要ありません。陸軍、親衛隊の各航空隊が十分な支援をしてくださるなら防衛可能です」
ん、なら大丈夫ですね。ボクの命令次第で好きに動かせる親衛隊はもちろん、陸軍もボクがちょっとおねだりしたら何でも言うこと聞いてくれますし。
空の魔王も我が軍にはいますし……どうにでもなりそうですね。
「補給に関しては問題なさそうですね。それで、辻さん、他には問題はありませんか?」
「当初の防衛計画通り、ロンデリア北部も切り捨てます。あの地域はいまだにインフラが整っておりません。軍を動かすとなると……」
「自滅しに行くようなもの、ということですか」
ふむふむ。
いざエルフが攻めてきた場合の防壁として、帝国がいろいろテコ入れしてきたロンデリア王国。
その国土の南半分はすでに準備万端、鉄道、飛行場、各種幹線道路、なにもかも全て整っていて機械化した帝国陸軍を自由自在に動かすことができるだけの用意ができています。
敵が上陸しようとしても、帝国自慢の機甲部隊が急行しそれを阻止できるだけの準備が整っているというわけです。
けど、北部は駄目みたいです。
ロンデリア王国の北部はかなりの田舎地域でして……その、整備が間に合いませんでした。鉄道網も飛行場もないですし、道なんて中世レベルの泥んこ道。
あんなところではまともに軍を動かせません。
敵が上陸して来れば、素直に明け渡すほかないでしょう。
と、言うわけで……。
「つまり、北部は切り捨ててエルフジアに与え、南部はこちらが保持。ロンデリアを南北に分けて戦うことになる、と?」
「はい、その通りです」
朝鮮戦争みたいに国を真っ二つにして大乱闘ですか。
ロンデリア北部出身のリンさんが怒りそうですが……帝国としては悪くない案ですね。
エルフジアに西方大陸からロンデリア王国までの長大な補給線の維持を強いることができますし、何より、敵本土から遠いところで敵軍を消耗させることができます。
おまけに、ロンデリア市民を武装させて戦わせれば帝国の被害も減りますし……。
一度ロンデリアに上陸させ、こちらの反撃の準備が整うまで泥沼の戦いを仕掛けて敵兵力を削り、最後に思いっきり反撃。
第二次大戦時のアメリカみたいな戦争ができそうです。
基本方針はこんな感じで決定していいでしょう。
現在戦力不足の帝国は、戦力が整うまでロンデリア南部で受け身の防衛戦闘を実施。
戦力が整い次第、反撃。エルフジアをこちらの領域から追放、さらに疲弊した彼らに追い打ちをかける。って、感じですね。
どこまでうまくいくかはわかりませんが……負ければボクたちはおしまい、エルフの奴隷です。
張り切っていきましょう。
っと、そう言えば。
「ロンデリアと言えば、ご自慢の王立海軍がいましたよね? 彼らは、どうしているのでしょうか? できれば、帝国海軍と共同で動いて欲しいんですけど……」
ロンデリアご自慢の王立海軍のことを忘れていました。
彼らの船は旧式の帆走船ですが……腐っても3000トンオーバーの大型船なので、近代化改装すれば帆走仮装巡洋艦くらいにはなります。
ほら、ちょうど、退役した旧式艦から取り外した大砲とかが余っていますし、無益に失うのはもったいないです。
いろいろ使い道もありそうですし。
「ロンデリア艦隊についてですが、我々海軍の方で情報を収集しています。現在は北部のスカルフロー泊地に主力を停泊させているとか」
北部のスカルフロー泊地に停泊している、ですか。
それは、嫌ですね。北部――つまり、敵に明け渡すこと前提の場所です。
そんなところにいるとエルフジアの艦隊に轢き潰されますよ? 独自に迎撃でもするつもりなのかもしれませんが、ただの自殺行為です。
やめさせましょう。
「アヤメさん、ロンデリア王室を通じて、こちらの勢力圏……ロンデリア南部に退避するよう命令できますか?」
「はい、すぐに指示を出しておきます」
「ん、よろしくです」
……ロンデリアは大東亜共栄圏の一員。ボクの帝国の従属国みたいなものですし、たぶん言うこと聞いてくれますよね?
「ただ、エリュさん、ちょっとした問題があります」
「ちょっとした問題、ですか?」
「はい。これは、とある人物から聞いた話なのですが、ロンデリア本国艦隊のネールスン提督は話を聞かないことに定評があるようです」
「……本当ですか、アヤメさん」
「話を聞かないことを除けばとても優秀な男、とは言っていましたが……」
なんだか渋い顔をするアヤメさん。言うことを聞かせられる自信がないんですね。
ネールスン提督、不安要素です。
何事もなく、撤退してきてくれればいいのですが……。