第百話 同志の一日
総統閣下がテームの戦いの報告を受けている同時刻……。
遥か西方大陸、神聖エルフジア共和国首都『ジリエーザグラード』。
その中心にある大宮殿では、一人の男が玉座に腰かけたまま、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。
もうお分かりだろう、この怒れる男性はエルフ人民の輝く太陽、みんな大好き同志ジリエーザだ。
そんな怒れる同志書記長の前には、頭を地面に擦り付けんばかりに下げる哀れな男。
彼の名前は同志マレンコフ。
立派な軍服を身に纏う高級軍人で、軍情報部の高官ではあるが……偉大なる同志書記長の前ではそんな肩書など無いも同然。
必死に命乞いをする哀れなおっさんとでも思えばいいだろう。
「同志マレンコフ、君は新大陸における諜報活動の責任を負っていたな?」
「はい、同志……しかし、今回の『スターリン』紛失は私の責任では……それに、スターリンはすでに1000機以上の大量生産が始まっており、僅か2機など……」
スターリンの紛失――これは、先の『テームの戦い』に関係するものだ。全くの異種族『人間』の領域を調査する。
この危険任務のために諜報員に預けていたはずのスターリンがどうも帰ってこない。
諜報員が裏切ったのか、あるいは、人間に見つかり撃破されてしまったのか、それは、エルフ達にはわからない。
問題は、人間との決戦前に貴重な兵器『スターリン』を2機だけとはいえ失ってしまったということだ。
「知ったことではない、君は党の財産であり、象徴的兵器である『スターリン』を無意味に消耗させたのだ。――粛清、そう、粛清の時間だっ!」
「ひぃ、ひい……お許しください、同志ジリエーザ! どうか、シベーリャ送りだけはっ!」
「シベーリャ送り? そんな生ぬるい罰で許されると思っているのか? 一族郎党、一人残らず極刑だ!」
「ひえぇぇっ!」
ジリエーザは宣告する。
それは、あまりに理不尽な極刑。ミスを犯した本人だけではなく、その一族を全員殺すという悪魔的刑罰。
そんな罰を流れるように下す同志ジリエーザに、恐怖し小便をまき散らすマレンコフ。
「失禁だと!? なんと醜い男だ! このような男、優等種族であるエルフには不要! 憲兵、連れていけ!」
「同志! 同志ジリエーザ、許してください! 私はただ、些細なミスをしただけなのです!」
憲兵に引きずられながらも、涙を流しながら最後の弁明をするマレンコフ。
彼の残りの命はどれくらいだろうか? 氷よりも冷たい心を持つジリエーザには命乞いなど意味がないのだ。
侍女たちが、マレンコフの排せつ物を片付けている間、ジリエーザは怒りを紛らわせるようにふんっと鼻を鳴らしつつ考える。
悪いニュースの後には、良いニュースが必要だと。
そして、思い出す。
そう言えば、つい先日また新しい軍艦が就役していたと……。
大きく立派で美しい軍艦を見れば、このいらだつ心も抑えられるだろう。そう考えたジリエーザは動き出す。
首都『ジリエーザグラード』から離れた海軍港『ウラジオザーパト』に向かったのだ。
――『ウラジオザーパト』。
その街は西方を征服する、と言う意味の名前を持つ。そう、この街は、エルフ達が新大陸と呼ぶ東方大陸征服のための新型氷結艦の生産拠点なのだ。
「同志ホルス君、これが新型氷結戦闘艦『バシレウス級』かね?」
「は、同志! 2万トン級の氷結戦闘艦であります」
その港では、満面の笑みを浮かべた同志ジリエーザが海軍大臣ホルスを引き連れて、新型艦を見上げていた。
全長200メートル近い純白の氷でできた船体、巡洋艦……いや、戦艦に匹敵するほどの巨大な砲塔。
その船の名は、『バシレウス級』。エルフが来るべき対人間戦争に投入するべく開発した2万トン級氷結戦闘艦だ。
その外観は、既存のエルフの船とは大きく異なる。
ただの氷山にしか見えない、と評された黒エルフ皇国が運用していたセルシウス級から大きく発展し、より船らしい、もっと言えば先進的な近代戦艦を思わせる。
速力を出すために流麗に成形された氷の船体。
その船体に鋼鉄で作られた火砲やマナ機関、艦橋などのバイタルパートを埋め込むという手法で作られたこの船は、これまでエルフが所有したいかなる船よりも優れているのだ。
「なんと大きい船だ。これほど巨大であればさぞ武装も優れているのだろう?」
「はっ、主砲として連装式20センチ級高濃度魔道弾発射機を連装で4基8門、さらに、小型の8センチ級の魔力弾発射機を連装4基8門装備しております」
「ふむ、しかし、武装配置が人間どもの船に似ている気がするな……」
そう言って、少しだけ不満げな顔を見せるジリエーザ。
実際、彼が不満を抱くように、バシレウス級の武装配置は大和帝国の船を模倣しているところがある。
船体中心線上に配置された連装主砲などがその一例だ。
何の見本も無しに、遅れたファンタジー世界の国家が近代的な軍艦を作れるはずがないから、この真似事は当然といえるのだが……。
優等種族であるエルフが人間の真似事と言うのは、同志的にはどうも気に入らないらしい。
だが……そんな同志ジリエーザの不満に対し、海軍大臣のホルスは全く臆しない。むしろ、自信満々だ。
「ご安心ください。連中の船より、我々の船の方が高性能です。こちらをご覧ください」
「これは……写真か?」
「よくご存じですね、同志。人間どもの特殊な技術のようです。奴らの国で一般に販売されている雑誌から切り抜きました」
そう言って彼が見せたのは、一枚の写真。写っているのは大和帝国の『伊吹型巡洋戦艦』だ。
大和帝国でも新しい艦に分類されるこの船は、雑誌などに良く取り上げられており、写真を入手するだけならそれほど難しくない。
「人間どもの船の武装は連装3基6門、我々の船はそれより一門、多い。つまり、より高性能です。さらに、この船には新開発の推進装置を搭載しています」
「推進装置?」
「はい、マナを消費し推力とすることで、旧来のマストを利用した帆走方式とは隔絶した性能を発揮可能です」
「道理で帆が見当たらないわけだ。それで、どのくらいの速度が出るのかね?」
「最高速度は旧来の船の二倍以上、20ノットです」
その速度に「おおっ」と感心する同志ジリエーザ。
優れた火砲、氷でできた強靭な船体、優れた速力。攻守走、いかなる性能も既存の軍艦を遥かに凌駕するエルフ史上最強の船。
さらに、この船は単体の性能が優れているだけではない。
「さらに、このバシレウス級は侵攻作戦開始時までに12隻を揃える予定です。そして、これより小型の『グラーフ級』も同じく12隻。おまけに2万トン級氷結空母『ブラック・クロウ級』も8隻建造します」
「これに例の200万トン級氷結航空母艦も追加か……よくやった同志ホルス君。人間領域制圧の暁には、君にはエルフ人民労働者勲章が送られるだろう」
「はっ、身に余る光栄です」
高性能な氷結艦だけで30隻を超える大艦隊。エルフ史上最強の海軍がここに誕生したと言っても過言ではない。
満足げな独裁者に、「ふう、これだけ上手くプレゼンすれば処刑はされまい」と安堵しながら頭を下げる同志ホルス。
しかし……。
この氷結艦、実のところ完璧な兵器ではない。察しのいい人は気が付くと思うが馬鹿みたいに燃費が悪いのだ。
巨大な氷の船体を維持し、さらに、それを20ノットで走らせる。おまけに大火力の火砲も搭載。
こんな超兵器をファンタジーの技術力で無理やり再現するのだ。並みのマナ消費力では持たない。
かつての「ただ、船体を凍らせるだけ」のセルシウス級氷結艦とだって比べ物にならないほどだろう。
一度出港し、戦闘し帰ってくれば……おそらく、一万人分くらいのマナ――生贄を消費するのではないだろうか?
それを数十隻作るとなると、どれほどの犠牲が必要なのだろうか?
西方大陸を丸々一つ支配するエルフの元には億単位の奴隷がいるので、多少の消耗は気にしないだろう。
だが、ここから先にあるのは人間対エルフの『国家総力戦』。
エルフ達は、どこまで戦えるのだろうか。
それはまだ、同志たちも知らない。
いつも読んで下さりありがとうございます。
皆様のおかげで、『大和帝国記』もついに100話に到達しました。ここまでで、わかりにくいところや、間違っているところなどはないでしょうか? もしあれば、ぜひ感想で教えてください。