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第十話 総統閣下と聖女様 前編

 時はエリュテイアが緊急報告を受けるほんの少し前に遡る。


 新大陸沖の洋上。


 陸地も見えない海の上、そこに一隻の木造船が浮かんでいた。


 小ぶりな船で排水量は100トン程度、大航海時代以前の中世ヨーロッパで交易のために用いられていたような船だ。


「聖女様、もはやここまでですじゃ。この船はもう航行できませぬ」


「じいや、何を諦めているのですか! まだ、マストが折れてしまっただけではないですか!」


 その船の甲板上では、聖女と呼ばれた女性と一人の老人が船のマストを……いや、正確にはマストが存在していた場所を見つめていた。

 ぽっきりと根元から折れたマスト。もう、残骸しか残っていないそれが機能を失ってしまっているのは誰の目にも明らかだった。


「まさか、こんなところで嵐に会うとは運がなかったですじゃ」


「賢者様、聖女様。もう出港から三週間近くになります。これ以上は食料も……」


 聖女、賢者、そして、彼らを守る衛兵。誰もが、疲れの見える顔でそこに立っていた。




 約三週間、彼らはそれだけの間この海を突き進んでいた。


 その目的は大陸を支配したエルフから逃れるため。


 元々小型で沿岸を航行するために作られた彼らの船、船の性能的には長期間の外洋航行など不可能に近い。


 強度不足で大きな波を受ければ船体が激しく軋み、狭く寝どこも限られ、食糧もわずかしか積み込めない。

 ちょっと海が荒れれば転覆してもおかしくない。そんな船なのだ。


 しかし、彼らはそれを行うほかなかった。

 

 エルフの魔の手から逃れるためには、大陸から離れひたすらに海を突き進んでいくしかなかったのだ。


「くぅ……王が命がけで逃がした私たちの命、こんなところで……」


 だが、やはり、無理をすればツケが返ってくる。


 彼らがいる場所は赤道付近。突然のモンスーンが多発する地帯だ。


 そんな場所を航行すれば嵐に飲まれるのは必然。


 嵐に耐えうるような性能を持たない彼らの船は大きく損傷し航行不能。祖国から遥か洋上で、前に進むことも後ろに下がることもできず、僅かな食料が尽きるのを待つばかりの存在に成り下がってしまった。


 もはや、ここまで。


 ここが死に場所と覚悟を決めたその時。


「……待ってください、聖女様、賢者様。船です、ほらあそこ!」


 一人の衛兵が海を指差す。


 水平線の先、そこには確かに一隻の船があった。遭難中の彼らにとってはこれ以上ないほどの僥倖。


 しかし……。


「確かに船ですじゃ! しかし、マストがない。ワシらと同じように遭難中かもしれませんぞ」


「ええ、黒煙まで吹いています、もしかして、火災が?」


 その船は彼らにとってはあまりに異様だった。


 帆を張るためのマストがなく、さらには黒煙を空高く吐き出している。

 一見すれば、マストを失い、さらには火災まで起こしているように見える遭難船だ。


 聖女たちが陥っている状況よりさらにひどい。


 しかし、よく見ればそうではないことが分かる。なぜなら、その船はまっすぐ聖女たちの乗っている船の方まで向かってきているから。

 マストがないにもかかわらず航行能力は失われていないのだ。




 恐怖と困惑、僅かな希望。


 複雑な感情で聖女たちが見つめる中、その異様な船――大和帝国の防護巡洋艦『和泉』は聖女たちの船の真横までやって来た。


「なんじゃあの船は……船体が鉄でできておる。帆もなく進むところといい、ワシらの知らぬ高度な魔法技術の塊のように思えますじゃ」


「高度な魔法技術、私たちの宿敵エルフジアの技術より上……?」


 聖女たちが乗る100トン程度の船より、はるかに大きい3300トンの鋼鉄製の船体。それを見上げながら、聖女たちは呟く。


 エルフジア、正式名称“神聖エルフジア共和国”。


 強大な魔法技術を持つエルフの悪魔的国家。しかし、そんな彼らでもこれほどの船は作り得まい。

もし、この船を有する存在が、エルフたちよりも技術が上なら、もしかしたらあのエルフ達を倒してくれるかもしれない。

 

 だが、まだ安心できない。この船に一体どんな人物が乗っているのか想像もできないからだ。


 もし、これを作ったのがエルフ種族だったら? 


 人間はより一層危機的な状況に陥るかもしれない。ただでさえ、エルフ達に技術的に劣っている現状、さらにこんな鋼の巨艦まで用意されてしまったら……。


 もっと恐ろしい何かを見つけてしまったのかもしれないという不安。しかし、その心配は杞憂だった。


 その鋼鉄の船の甲板上で忙しく走りまっている種族に長い耳はなかった。エルフではない、人間だ。


『こちら大和帝国海軍、防護巡洋艦『和泉』。不明船に告ぐ、貴船の所属を答えよ。繰り返す、こちら大和帝国海軍……』


 拡声器を用いた警告。


 聖女たちは両手を上げて助けを求めた。これが、大和帝国とこの世界の人間が出会った初めての瞬間だった。






 大和歴304年4月7日。


 あと一週間ほどで、ボクたちがこの世界に転移してきてから一か月になります。


 これまでの間、本土の問題を解決する手段はほとんど見つかっていませんでした。


 現状の我が国の問題は、食糧問題と市場問題。どこからか食糧を輸入し、そのどこかに工業製品を売りさばかないといけないんです。


 この問題が解決されなければ、近い将来我が国は貧困に喘ぐことになります。


 本国の方ではマスコミを活用して情報統制して、国民たちに「別に異世界転移なんてしてないんだからねっ! 帝国軍万歳っ!」みたいに思いこませていますが、それにも限界があるんです。


 一応、満州大陸の開拓を始めていますが、それが完成するのはいつになる事やら。大陸が見つかったからと言って即座に問題が解決するわけではないんです。


 しかし、ついにですよ?

 

 その問題が解決しそうなんです!

 

 新大陸――ボクが上陸早々「ここを我が国の満州国とする!」と言ったせいで“満州大陸”と命名されたこの大陸。


 その周辺を索敵していた防護巡洋艦『和泉』が何やら面白いものを発見したそうなんです。




 満州大陸の調査拠点――通称『新京』。まあ、洒落た名前を付けましたが、上陸地点とその周辺の事ですね。


 満州大陸北岸にあるいい感じの入り江の周囲に築かれたこの地に、その“面白いもの”――謎の木造船が和泉に曳航されながらやって来たんです。


「はぁ……これまた、ずいぶん古臭い船ですね。どう思います、エリュさん?」


「そうですね、技術力的には中世くらいでしょうか? 我が艦隊の脅威ではなさそうです」


 総統専用艦『富嶽』の船首甲板。


 そこでボクとアヤメさんは、巡洋艦『和泉』に曳航されてきた噂の木造船を観察します。


 木造、帆走、大きさは100トン程度? 武装らしい武装は付いていません。


 コグ船なんて呼ばれている船に設計上は近いような気がします。

 

 嵐にでもあったのか、一本しかないマストは根元からへし折れ、船そのものもズタボロになってしまっています。

 完全に航行不能ですね。


 しかし、この船の事なんて割とどうでもいいんですよ。


 大事なのはこの船に乗っている人間です。


 どこの国出身の人間かは知りませんが、話次第では我が国の問題を全部解決してくれるかもしれませんから。






 と、言うわけで場所は変わりまして『富嶽』の総統執務室。ボクはその執務室のご立派な机に着き、後ろにアヤメさんを控えさせて待機中です。


 何を待っているかって、それは当然例の船の乗員さんです。代表者一名を連れてくるように親衛隊に命令したんです。


 ……待つこと数分。


 こんこん、とその扉を二度、ノックする音が響きます。


「閣下、代表者殿がお見えです」


 扉の向こうから、親衛隊の声。「はいって、どうぞ」と伝えます。


 そして、開かれる扉。


 入って来たのは両脇を親衛隊に固められた……宗教家が着ていそうな白い服を着た巨乳さんです。

 金髪ロングでちょっとスケベそうなたれ目が特徴の女性です。


「初めまして、私はセレスティアル王国の聖女ロシャーナと申します。このたびは遭難していたところを助けていただき、本当にありがとうございます」


 そして、その巨乳さんは、執務室に入るとこう自己紹介をして深々と頭を下げました。凄く緊張しているのでしょうか、カチコチな動きです。


 えっと、聖女ですか? 


 これまたファンタジーな役職を持った人間がやってきましたね。ちょっと、予想外です。さて、どう対処していきましょうか。

 いつか本編でも説明するかもしれないちょっとした補足説明 『異世界の技術』編

 

 この世界には今のところ羅針盤などが未だ存在せず、外洋を航行する航海技術が存在しない。つまり、自分たちの居る大陸から離れることが基本的にできない。

 そういうわけで、大陸間の交易なんて当然無く、さらにいえば、海のど真ん中にある大和本土に攻めてくることができる国は存在しない。


 聖女様たちが自分たちの大陸から離れて、満州大陸付近で帝国海軍に拾ってもらえたのは完全に運が良かったからである。

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