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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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山茶花の咲く道で⑧

「帰る前に、よりたいところがあるんだ。」

そう言われ、アリシアは午後の散策へと出ていた。

ルシアスに肩を抱かれ、外套のなかにいれてもらいながら、ゆっくり歩む。

清々しいが大気は痺れるようにさむく、肺の中も凍りつきそうだ。


領主邸の回廊から裏庭へおり、植栽で目隠しがほどこされた隘路をすすむ。

道は明るく乾燥していて歩きやすい。

途中から脇道にはいり、ゆるやかな上り坂を歩くこと20分。小さな丘に出た。

ここはまだ領主城の敷地内。

周囲にはぐるりと堅牢な城壁がまわっているが、ふり返れば領主邸3階の窓が後方正面にみえた。

「けっこう上ったのですね。」

軽く額の汗をぬぐう。


周囲を見回し、アリシアは感嘆の声をあげた。

「わぁ…!」

丘を守るように囲む大人の背丈ほどの生け垣に、何万という淡紅色の可愛らしい花が、すき間なく咲き誇っていた。


「はじめてみる種類です。」


「『Sasanquaサザンカ』という。今はもう海に沈んでしまった海洋島から、はるか昔に伝わったものだ。…記録では500年ぐらい前かな…。我が国の木材は耐久性が高く建材として高値がつく。風の国の先祖が貿易の対価として譲りうけ、気候の似ているこの土地に植えたそうだ。」


「古いものなのですね…。」


「ああ。今はずいぶん殖やされて、領内の主要な通りの生け垣に使われている。明日の出発の際にみてごらん。城門通りも満開だろう。……おいで。」


手をひかれ、丘の上に続く石階段をのぼる。

古びているのに苔や雑草はほとんどなく、よく手入れされている。

ここが大切な場所なのだとわかり、身がひきしまった。

最上段にたったとき目に入ったのは、雪化粧をした四方の山と、わずかに黄色みをおびた空。そして、丘の中央に立つ、風格のある真っ白な石碑。


「歴代ヴァールブルク領主一族の墓だ。私の両親もこの下で眠っている。そなたの姿を見せたかった。」


「…ッ。」


両手で口元をおおって立ち尽くすアリシアを、優しい手がうながす。


「もう少し、ちかくに。」




「父上、母上、ご無沙汰しています。来ましたよ。約束どおり、一緒に。…この人が“僕”の選んだひとです。」


「…アリシアと申します…っ。」

感謝と、申し訳なさと、嬉しさと、ここに立つのが自分で良いのかという不安と。

ぐちゃまぜの感情のまま、墓前に跪き手をあわせる。


隣りに同じように膝をついたルシアスが苦笑した。

「“僕”も彼女も、まだ迷ってばかりです。でも二人で相談しながらゆっくりやっていこうと思います。だから見守っていてください。」


「…わたくし、本当に、いたらないところばかりで…っ。」


「…だそうです。まぁ、そのようなところが放っておけなくて、好きになってしまったのですが。」


「…っ!?」


「でもね、これでなかなか、いざとなると強いですよ、彼女は。…さぁアリシア、立ちなさい。」

時おりしゃくりあげるアリシアをひっぱりあげ、ルシアスがたちあがる。


「サザンカの花には、困難に打ち克つ力が宿るそうだ。…アリシア、そなたを愛している。

ともに、生きよう。」


「……陛下のご期待にそえるよう、努力します。」

万感の思いで、アリシアは頷いた。




「……よし、そろそろもどるか。」

もう一度ふりかえって丁寧に礼をしたあと、二人はゆっくりとその場をはなれた。


+++++++++++++++++


初冬の吉日。

領民の声援に見送られながら、国王夫妻は、サザンカの道を駆けぬけて王都へ出発した。

記念にもらった瑞々しい薄紅色の花は押し花にされ、アリシアの終生の宝物となる。



二人のすすむ道は、決して平坦なものではない。

帰途の途中、国王は急を知らせる風をうけとることになる。

サーシャ公国に出張していたイザベラ・バーナー公爵からであった。

“サーシャ・カシューナにおいて疫病発生の情報あり“

各国には成婚式と同時にルシアスの即位と結婚の報告を送った。

同盟国が交戦中。国境も一時封鎖という状況を考え、ひっそりと内輪のみで式をおこなった旨を綴り祝い品などは遠慮したいと書いたが、それでも国境水門の検品所にはすでに多くの祝電や様々な品が贈られてきていると報告がきている。

物品の移動とともに疫病が風の国に入ってくる可能性もある。

なにより場所によってはサーシャ・カシューナと水脈を共有する地域がある。


ルシアスは車の扉を開けてアレンス近衛隊長を呼びよせ、指示をだす。


「ただちに元老院を招集する。また軍部省本部に治癒を得意とする術師団の編成を通達。医政省には国境派遣できる医務官の数を、薬事省には放出できる薬草の種類と量を緊急会議までにまとめるよう、別途通達!」


「はっ。」


一瞬で一行の空気が引き締まる。

アリシアもマリアも居ずまいを正した。

ルシアスはドアを閉めたあと、正面に座る二人を見て静かに言った。


「緊張感をもって事にあたらねばならん。けれど民を動揺させぬためにも、王妃、そなたは、余裕をもったふるまいを心がけてほしい。もちろん、私空間では不安や恐怖を我慢する必要はない。マリアでも、ユナ夫人でも、私でもいいから、ためこまず、言いなさい。」


「はい、陛下。」


「マリア。王妃の護衛につく暗部の件だが、人数を増やす。4人、選定しておいてくれ。」


「かしこまりました。」


「さて、王都まで、いま少し時間がある。…おいで。」


ルシアスは自分の隣りの座面を、ぽんぽんと叩いた。


遠慮がちにルシアスの隣りに移ったアリシアは、小さく悲鳴を上げた。

グイっと引きよせられ、不意打ちでこめかみに口づけられたからだ。


「まったく、なんて顔をしている。…マリア、そこにある地形図と統計調査をとってくれ。」


「はい陛下。」


狼狽えているのはアリシアだけのようだ。マリアは純粋に仲の良い主夫婦をみてニコニコとしているし、ルシアスはアリシアの肩を抱いたまま平然と地図と調査書をうけとっている。


ああ、人前でも当たり前にこういう距離が許される、これが、夫婦となる、という事なのか、と彼女は驚きとともにその事実を受けいれた。


「さぁ、心配性の奥さんのために、勉強会といこう。」


アリシアの脳裏によみがえるのは、あの美しく凛としたサザンカの道。


統計を手に、東大陸の地形図を指し示して様々な事を説明するルシアスの穏やかな声に耳を傾けながら、ああ、この人となら、困難な事も、きっとのりこえていける、と、彼女は思った。

疫病編は、カシューナ・サーシャの内部事情にふれなければならず、

3章のエリン編とも関わるため、ここで一度完結済みにします。

エリン編は、登場人物設定のみしか決まっていない状況ですので、

また時間に余裕ができたら、はじめたいと思います。


なんとなくデータを捨てるのがもったいなくて投稿したのですが、

多くのブックマークを頂き、本当にうれしく、ありがたく思っています。

コロナ渦ではありますが、よい思い出となりました。

それではまた(*'▽')/

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