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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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山茶花の咲く道で⑦

正午をすぎ、少しずつ日が傾いてきた。

今日は比較的天気が良いが、じつは2日前にいちど、裾野にちかい地域でひどい吹雪になった。

北限山脈からおりてくる寒気がとうとう平野部にも本格的な雪をもたらす時期にはいったのだ。

領主城の周囲の道も凍結しはじめ、街で遊ぶ子どもの声も、商業区の物売りの数も、ずいぶん少なくなった。

軒下に氷柱が下がる日も遠くないだろう。

ここから先は、みなそれぞれの家庭で備蓄食料を切り崩しつつ、手内職をしながら春を待つことになる。

男性陣は、廃坑を利用した地下の演習場で訓練を続けながら力のいる革製品の加工や精霊石の切り出しなどに。

女性陣は、組み紐や織布の製作に。

雪に閉ざされた半年間で丁寧に仕上げられるヴァールブルク産の品は、貴族である領主夫人やイザベラ公爵が夏期に競技会コンペや勉強会を主催して品質向上につとめているだけあって、非常に高値で取引される。



「いよいよ帰還ですか。」


「長々と世話になって…感謝する、ランディ。」


領主邸の前庭で竜にまたがりヴァールブルク公爵(従弟)と刃を交えながらルシアスは笑う。

これ以上遅くなると迂回路が降雪で埋まり、容易に帰れなくなる。


「晴れ晴れとした顔をして…ちょっと、イラッとしますね。」


「そうかい、それっ」


「わっ!」


ルシアスの槍がランディの剣を弾き飛ばした。


「くッ…怪我のあとでも五分五分ですか…精進せねば。」


竜からすべりおりたランディは、くるくると回転しながら少し離れた地面に飛んだ自分の長剣ロングソードを拾いあげて肩をすくめる。


近衛隊長が次に巡回してきたらまた稽古をつけてもらおう、と思いつつ、そういえば、と彼は、切りだした。


「イザベラお姉さんが商談から帰ってくる頃ですね。…まぁ、報告の内容は、あまり良いものではないでしょうけれど。」


「たぶんな。」

竜首を厩舎の方にむけながらルシアスは渋い表情で頷く。

イザベラは、今、国外へ出ている。カシューナとサーシャの官公庁設備で、不具合が見つかったためだ。

重要設備に対する精霊石供給や保守点検については、外交への影響や安全性を考え、申請があれば人とモノの行き来も許可している。


「…商部省は、まるっと粛清対象だし、陛下も、とにかく身辺には気をつけて下さいよ。あなたはヴァールブルクの希望の星なのですから。」


「ああ。王妃もユナ夫人を頼りにしているし、冬の間もこまめに手紙を出すよ。」


「アーシャ様の避難先が必要ならいつでも連絡をください。お預かりします。家族ですからね。」

ひらりと竜にまたがり後に続いてきたランディが、にかっと笑った。


「心から感謝する。」


拳を突き合わせ絆を確認し、公爵は執務室へ、ルシアスは近衛隊長の元へと向かったのだった。




さて、その頃アリシアは、滞在している客室の居間で侍女頭マリア・カーメラとむきあっていた。

二人の間にはお茶とケーキ。

頼れるものが少ないアリシアにとって、マリアは姉のような存在。夫であるルシアスが同席できない場合は、かわりにマリアと同じテーブルでともに食事やお茶休憩をとっていた。

これはルシアスからの要望だ。マリアが一緒だとアリシアの食事がすすむのである。

侍女の立場で…と当初は固辞していたマリアも、アリシアの性格を把握してからは積極的に同席し、あれこれと世話を焼いていた。


「お顔の色がすぐれませんね。…陛下に無体な事をされたりはしていませんか。」


「いいえ。とんでもない。陛下はいつもとても優しいわ。」


「でも大好きなショコラケーキに手をつけないでお茶だけなんて…まだ月の障りの時期ではないですし。やっぱり寝不足で体調をくずされているのでは。」


「本当に、ちがうのよ。だって、その、そういうことをしたのはあの夜だけで、またずっといつもどおりだし…。ルシアス様にぎゅってしてもらえるとよく眠れるから、昨日だって朝までぐっすり眠れたわ。」


「…それにしては浮かない顔をしていらっしゃいますよ。」


カップを手に持ち、紅茶の水面をじっと見つめていたアリシアは、しばらく迷った後、ゆっくりと顔をあげてマリアと目をあわせた。

「…マリア。あなたの口の堅さを信じて、話すわ。…わたくしがセレナ人だったことは聞いているわね。」


「はい。」


「…じつはね、加護をあたえてくれていた水の精霊は、世話焼きというか、ちょっとクセが強くてね…。わたくしたちの結婚をよろこんでルシアス様をいっぱい祝福してくれたのは良いのだけど…その、のろいめいたものも、くれてしまってね…。」


「呪い、ですか…。」


「そう…ルシアス様の浮気防止…みたいなものかしら。」


マリアが目を丸くした。

「それは、あれですか、例えば陛下が配膳係の女の子に可愛いねって言ったら、上から煉瓦が落っこちてくるとか、そういう…?」


「そうそう。…下手をしたらもっと命に関わるようなこともあるかも…。」


「ひぇぇぇ。アーシャ様、すごく精霊様に愛されてますねぇ。」


「…たのんではいないのだけどね…。」


アリシアは、ふぅっとため息をつく。


「だからね、マリア、あなたにお願いがあるの。王都に戻ったら、たぶん側妃候補の方とかが、たくさん接触してくるでしょう。あなたの知り合いの暗部で信用できそうな人を…女性がいいわね…一人雇いたいの。お給料ももちろんだすわ。ルシアス様には護衛のためという事でお願いするつもり。でも本当にやってほしいのは…。」


「陛下の素行調査ですか。」


すこし困ったような曖昧な表情でアリシアは笑う。

「あのね、報告だけよ。どう対処するかはわたくしが決める。わたくしは、陛下に恩返しがしたい。陛下を独占するために監視するわけじゃないわ。」


どうしてこの方はすぐに身をひこうとするのだろう、と内心歯がゆく思いながらも、マリアは分かりました、と頷いた。

「その件は責任をもってお引き受けいたします。…さぁ、おひと口。あまりお痩せになると陛下が心配されます。」

ケーキを切り分け、マリアは半ば強引にそれを主の口にいれこんだ。


「…ん、食べると、やっぱり美味しいわね。」


「そうでしょう!はい、食べてください。…お茶が冷めてしまいましたね、いれかえましょうか。」


マリアが立ちあがったタイミングで、ちょうどノックの音が聞こえた。


「たぶん陛下ですね。…ではアーシャ様、わたしはこのまま荷造りの最終チェックをしてまいります。のんびりできるのもあと少しですから、お茶の後はお二人で散策にいかれるのも良いかもしれませんよ。」


「…そうね。ありがとう、マリア。」




「もどったよ。やぁ、美味そうなケーキだ。」


ノックをしたのはやはりルシアスだった。

外の冷たい空気をはらみながら入ってきた彼は、ソファーに座りマリアに目配せする。

大きめに切ったケーキと熱々のお茶を手早くテーブルに配膳し、にっこりアリシアに笑いかけてマリアは退室していった。

二人がのんびりしたがって、ちっとも帰りません…

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