山茶花の咲く道で④
「ねぇ、マリア。わたくし、陛下に何か贈り物をしたいと思っているの。」
胸元で輝く虎目石をなでながら、アリシアがゆっくりと言う。
「良いお考えですわ。何を贈るかもうお決めに?」
「それが思いつかなくて…ハンカチに刺繍するのは、ありきたりな気がするし、お立場的にマフラーはつけないでしょうし。かといってマントやチョッキだと大がかりすぎて時間がかかりすぎるでしょう?できればご郷里の収穫祭の宴で渡したいの。」
マリアは、ポン、と手をたたく。
「では長衣の上からしめる細帯を作るのはいかがですか?お好きな生地でつくれますし、我が国特産の飾り紐を両端につければ華やかなアレンジもできますよ。私はよく弟妹たちにつくってあげていたので、お手伝いできます!」
帯!それはいい。身につけてもらえるし、人並みなアリシアの裁縫技術でもなんとかなるのではなかろうか。
「ありがとうマリア!ぜひ教えて頂戴!」
「では生地と紐を市場に買いに行きましょう!旦那様に外出許可とお金を頂いて…。次はジルベスター様の所ですから、賑やかですよ、きっと。」
「あ、費用はわたくしの私費からだすわ。旦那様へのプレゼントですもの。」
「わかりました。では外出の許しだけ取ってまいりますね。ついでに美味しそうな軽食や甘味があったら買ってまいりましょう。」
マリアは早速馬車を下り、10番目の視察先であるジルベスター男爵領ちかくの丘で休憩しながら今後の予定を話しあっている国王のもとへ向かっていった。
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「私も行こう。」
マリアと共に馬車へと戻ってきたルシアスの言葉に、アリシアは目を瞠る。
「わたくしは嬉しいですけれど…。人も多いでしょうし…その。」
ルシアスの精霊酔いは、精霊に突撃され、時にはありがた迷惑な大量の祝福にさらされ吐きそうになりながら、じょじょに治まりつつあった。
さすが禁軍府で厳しい鍛錬を積み、戦場で幾多の敵将の首をあげてきた戦神。胆力と風の盾で最近は余計な水気を体内にいれないように注意しているらしく、収穫祭も順調にこなしている。
でも水の眷属を無視しているわけではない。
折を見て何人かの護衛をともないどこかに行っては、幽鬼みたいな顔で帰ってくる。
人知れず精霊の頼みごとを聞いて動いているのだ。
土木工事まがいの事をやらされてひどい空腹で戻ってくることも多いので、アリシアは待っている間にマリアと街におりて串焼きやベーコンサンドイッチなどの軽食を買っておくことがふえた。
「不正取引で違法な売上げを得ていた疑いがあるから、両隣のホフマン伯爵領とヴァルザー侯爵領は、軍部省により封鎖されている。けれど“無関係な領民に罪はない”と、ジルベスター男爵が民の移住を受けいれたから、いまの男爵領はなにかと騒がしい。人とモノの出入りは軍が目を光らせているとはいえ治安が心配だ。何よりケヴィン殿のことがある。二人だけでは行かせられんよ。……なんだ?私についてこられたら困る事でもあるのか?」
最後の方は片眉をはねあげ、揶揄うような口調でアリシアの顔を覗きこむ。
もちろん本気ではない。アリシアも分かっているから別に怯えることもなくゆるく首をふる。
「いいえ、一緒にお買い物、はじめてなので、とても嬉しいです。…あの、ルシアス様に帯を贈りたくて。マリアに手伝ってもらって縫いたいのです。生地や飾り紐のお好みを教えて下さいますか…?」
ルシアスはその言葉に、はっと目を瞠り、厳しい表情で侍女頭のマリアを見る。
主の視線をうけ、マリアが焦ったような顔で、ぶんぶんぶんと顔をふって否定した。
ほんのり頬をそめて俯くアリシアは二人の無言のやり取りに気づいていない。
風の国に単身で嫁いできたアリシアはバーナー公爵家の養女としてルシアスに嫁いだ。
本来ならば女親から伝えられる風の国の婚姻について、あれやこれやを教えるのは、イザベラの役目。しかしルシアスは「すでに実の母親からうけているから不要」とそれを断った。
同時に妃教育を担当した女教師にもマリアを筆頭とする侍女にも閨の知識や初夜明けの風習について耳にいれぬように厳命した。
生真面目で責任感のつよいアリシアが知れば自分の気持ちに関係なく無理にそれらをこなすだろうと思ったから。
ルシアスはアリシアの心を真実、手に入れたい。だから距離をつめるきっかけが少なくて苦しくても、じっくり待つ方を選んだ。
―…マリアは何も言っていない。ならば、アリシアが自分の意思で私に贈りたいと…。
「とても嬉しいよ。楽しみに待っている。そなたは頑張りすぎるところがあるゆえ、根をつめすぎぬように…。」
今すぐ抱きしめて口づけたいという激情をなんとか抑えつけ、彼はアリシアの頭を優しくなでた。
それから約2か月。
表面上は穏やかな微笑をうかべ、よく見れば金の瞳に熱を秘めながら、向かいの座面で帯づくりに励むアリシアを見守るルシアスだった。




