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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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山茶花の咲く道で②

山地以外の場所では、もっとも標高が高い段丘…風の国の王都エレミアス。

真珠色の石壁と紺青こんじょうの尖塔が印象的な風の国の王宮は、王都東部にある広大な湖の中に建っている。湖底に沈む自然岩盤の上に、高く高く石垣を積んで造られた王宮は、針葉樹の巨木に埋もれることなく、うららかな秋の陽ざしを浴びていつにもまして誇らしげだ。

岸辺と王宮城門をつなぐ石橋は高低差をうめるため、180段の階段となっている。

蜂蜜色のレンガで装飾された階段は幅広で、様々な式典の祭場として重要な役割を担っていた。


腕を組み真っ赤な絨毯がひかれた正面階段を静々とおりてくるのは、ローイエン第248代国王に即位したルシアスと、正妃アーシャ。

階段下に広々と広がるのは竜の第一放牧地。

王立図書館は万民に開放されている。だから身分を問わず王宮に用事がある者はここで竜を待たせることができる。そして世界の柱たる“龍王”が時おり飛来することでもわかるように、開けており、とにかく広い。

今日その広大な草原を埋め尽くすのは、戴冠式と成婚式をおえ紅潮した表情で降りてくる新たな国王夫妻の姿をいち早く見たいと駆けつけた、風の民たち。

歓呼と拍手で大地が震える。

国王夫妻は竜たちがひく綺麗な装飾がほどこされた四輪車にのりこみ、仲睦まじそうに寄りそいながら国内視察の旅へと出発した。


今回は地方視察と民へのお披露目がメインなので船列車はつかわない。

警備上の問題もあり、沿道の領民にずっと手をふり続けるのも無理があるので移動時に国王夫妻が乗るのは、居住性にすぐれた密閉性の高い車だ。

もちろん、要地ではパレードをする必要があるので、オープン車も幌をかけ荷物を積んで追従している。

御者は、新近衛副隊長アルベルト・バルツァーと、近衛第一師団長マレク・ミュラー。そしてルシアスの私兵100人が騎竜して周囲を護衛する。

彼らはルシアスの出身地であるヴァールブルクの出で、故スファル鬼隊長に鍛えられた精鋭だ。

ちなみに近衛副隊長だったアーサー・アレンス公爵は昇任し、禁軍府の長となった。彼は国王夫妻一行に先行する形で各地をまわり、警備状況の最終チェックに奔走している。追いつくのは最後の視察地であるヴァールブルクだ。


++++++++++++++++


「…陛下、本気ですか…?」

ルシアスの目の前には不満と驚愕を隠そうとしない侍女頭マリア・カーメラ。

戴冠式・成婚式を終え、王都の端で夕食を食べて略装に変え、次の目的地にむかうこと数時間。

本来ならば今夜は初夜。風の国は王位も爵位も跡継ぎに血のつながりを求めないから、跡継ぎを産ませるための閨指導は比較的ゆるい。

けれど初夜だけは別だ。

貴族であれば家と家の結びつきを確認する重要な意味があるし、平民にとっても恋の成就を祝い親戚ご近所を巻きこんだ盛大な宴がひらかれる。

相手に恥をかかせないために用意する贈り物やら、初夜明けに行われるそれなりのしきたりも。

それを承知のうえで、ルシアスはできる限り厳めしい顔をつくり応えた。

「ああ。まだ味方と断言できる者が少ないから、領主邸への逗留以外は、極力、車中泊にする。そなたは護衛もかねてアリシアとともに眠りなさい。」

この車の座席はサーシャ公国の家具屋が最近売りだした非常に緩衝機能の高い座面をつかっている。上流階級家族向けの車のため、奥行きもあり、女性ならば身体をのばして寝られる幅だ。

「陛下はどちらでお休みになられるのです?」

アリシアの問いに、意地の悪い笑みを返す。

「各地からの報告や指示をださねばならないから、野営連中と一緒でもいいのだが、警備がどうのと煩いから、間仕切りカーテンをひいてこちら側の座面で休む。…それとも私が添い寝するほうが良いか?言っておくが未婚のマリアの野営は認められん。領主邸につくまで着替えの手伝いも大丈夫だ。…どうする?」

アリシアが姉妹のようにマリアを慕っていることも、夫となったルシアスに対してどう接していいか戸惑っていることも知っている。

少し逡巡したあと、アリシアは、こくりと頷く。

「マリアがいるのなら、マリアと…。」

「いい子だ。…これを、そなたに。」

「…?」

何か言いたそうなマリアを視線で黙らせ、彼は懐から取りだしたものをアリシアの首にかける。

華奢な銀鎖につなげられた虎目石タイガーアイのペンダントトップ。

「そなたがこれから築く人間関係が豊かになるように…。これは精霊の加護を付与した霊具でもある。眠る時もかけておきなさい。」

ふわり、とアリシアが目を大きくし、そして、くしゃり、と顔をゆがめた。

「感謝いたします、陛下…。」

現在の彼女は精霊の加護から遠い“ただびと”だ。魂の輝きがつよく真っ直ぐな彼女なら、今後風の精霊と絆をむすぶことも可能だろう。

でもそれまで彼女を守れるのは夫であり、国王であるルシアスだけ。

アリシアを追いつめる原因になりそうなものはすべて排除する。

彼女の心が幼いうちは、後見としての立場を守ると決めたから。


「領主邸に着いたらまた忙しくなるから、しっかり休むぞ。」


アリシアの頭をなでながら耳元で囁き、ルシアスは艶やかな金の髪に指をからめた。

王都のモデルは、クロアチアのプリトヴィツェ湖群国立公園です。

ルシアスが安定期に入ったら「虹の王都エレミアス」になります(笑)

成婚式の意匠の参考にしたのはジョージア(旧;グルジア)の民族衣装チョハです。

先般、国際会議に出席する大使が着て某映画を思い出すと話題になったあの恰好です。



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