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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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あなたの心はまだ遠くて(R-15)

「王妃様…ほんとうに、こんなに思い悩んでいては体を壊してしまいますよ。陛下にお話ししたほうが…。」

侍女頭のマリアは、本気で諫めようとする時は彼女を“王妃様”とよぶ。

それでもアリシアは折れなかった。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだから。マリアお願いだから陛下には言わないでね。…本当に、あなたには手間をかけてしまって…。」





++++++


その日のアリシアは顔色がひどく悪かった。

結婚してからずっと寝所はともにしているが、たいがいはお互いの温もりを感じながらの添い寝にとどめることが多い。

疲れているようだからはやく眠ろうと彼女の肩を抱いて寝台に座り、

「どわっ」

次の瞬間、肩口に突撃されてバランスを崩し布団にうもれるはめになった。

ああ、これはあれだな。

またなにがしかの無限ループにおちいっている。

いや予想はついていたのだ。朝から侍女頭のマリアが自分に訴えかけるような視線をむけていたから。

自分の寝衣に顔をうめてぎゅぅっと縋りついているアリシアの頭をなでる。

根気強く慈しみ、彼女の存在を受けいれ続けることでしか、傷ついた心は癒せない。

「どうした。何がくるしい。」

「一緒にいてくださいますか、わたくしと。」

「私はどこにも行かないよ。ここにいるだろう?」

「陛下…っ」

珍しく彼女のほうから口づけられ、苦笑する。

そんなことをされたら、添い寝では満足できなくなるが、良いのだろうか。

「…名前で呼ばないと仕置きだと言ったはずだが?」

もっともらしい理由をつけ、勢いにまけるようにアリシアの衣の紐に手をのばす。

さらりと衣擦れの音がたち、華奢な肩が露わになった。


幾度も睦みあい、互いの肌がしっとりと汗ばんだ頃、アリシアが前触れもなく苦悶の表情をうかべて半身を起こした。

蒼白な顔をみて、ルシアスも身をおこす。

「どうした…」

「うぅ…」

アリシアが口元を手でおおう。

毎食、毒味はしている。酒を飲ませた覚えもない。

ルシアスは瞠目した。

「そなた、もしや……子が。」

普段は闊達に彼をとらえる鳶色の瞳は、そらされたまま。

夫であるルシアスの視線から逃れるように虚ろに虚空を見つめるその姿に、確信する。

「薬を、飲まなかった日があったな。…そなたが欲しいと思えるまでは欠かさず飲むようにいったろう。」

吐き気を逃しているのだろう。小さく身を震わせながら、幾度も彼女の細い喉が鳴る。

「…主治医をよぼう。」

寝台から立ちあがろうとしたルシアスの袖が、ぐいっと引き戻される。

ふり返れば、顔をふせたまま腕につかまるアリシア。

真っ白な指。それに気をとられ、一瞬の隙をつかれた。

「おい。」

気づけば、寝台に仰向けに倒れ込んでいた。

アリシアの金の髪とルシアスの銀の髪が乱れながら絡みあう。

「…ワーステル候爵が息子さんを連れて来られた時、とても嬉しそうでした。それに、すこし寂しそうでした。」

夫の胸元に乗りあげ、アリシアは瞳を不安げにゆらしている。それを下から見上げながら、ルシアスは静かに言った。

「…もちろん、子どもがいたらよいだろうとは思う。だが、私には、そなたの不安がわかる。もうすこし先でもよかろうよ。閨事や子どもを気にするあまり、そなたから笑顔が消えるほうが、私は辛い。」

「…あなたはそう言ってくださるけれど、わたくしは至らぬことばかり。」

眉を寄せる。

「誰かに何か、言われたのか。」

私が見初めた妃に手だしをするなら、それはすなわち謀反であり、内政干渉であり、宣戦布告。

「…いいえ。」


呟くように答え、ふぅと彼方に視線をなげたアリシアがひどく遠く感じ、焦燥がつのる。

…ああ、この距離は、浅ましい独占欲に負け「国賓」ではなく「妃」として手元にとめおこうとした罰なのだろう。

真実、彼女の心をつかんでみせる、そう心にきめ、契りを交わした夜を思う。

時期尚早だという自覚はあった。だが彼女以外のだれかを「正妃」にすえる気はなかったし、彼女の心が育つまで王妃の座を空位にしておけるほど余裕のある国情ではなかった。



いまだに血の気のもどらぬ華奢な肩に手をそえ、彼はするり、と体位をいれかえた。

「何をよそ見している。…ずいぶんと余裕がでてきたことだ。」

冷たい唇をとらえ、噛みつくように口づける。

そのまま執拗にアリシアの弱い所を責めぬいた。

「…我が妃どのは、殊のほか、ここがお好きなようだからな。」

「ぁあ…やぁっ」

さんざん焦らし、思うままに啼かせながら、

激情のままに抱くのはこれがはじめてかもしれないな、と思う。

子ができたか。そうか。

どこか遠慮しあうような関係をかえるには、良い機会かもしれない。



「そのうち養子をとっても良いと思っていたんだよ。…たとえばセレナやサーシャから。」

「…え。」

驚きに見開かれたアリシアを見下ろし、彼は笑った。

「産んでみよ。王命だ。」

子を育てることは、大変なことだ。

だが忙しければ、不安にとらわれる隙もなくなる。

「私にとってそなたが最初で最後の女。そなた以外の貴妃をむかえなくてはならぬ王座など、いらぬのだよ。」



その日からおよそ半年後。北極星が眩しく輝く夜半に、無事アリシアは第一子を出産した。


続編「不器用な風使いと西の魔女」完結しました。


風の国のルシアス王と王妃の婚姻から15年。

ルシアスのもとに、隣国セレナから使者がやってきた。ルシアスは祖国をもう一度見たいと言う王妃の懇願に負けて、ついに国境の封鎖をとくことを決断する。

いっぽう彼らの子どもは、水と相性が良いようで…?


アリシアが伝えられなかったもう一つの“代償”についても明らかになります。

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