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宰相は死にたがる姫君を愛する  作者: 雪形駒次郎
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君と再びまみえたら(番外編)

近衛隊長スファルと前国王トビアスの邂逅

目をあけたら真っ白な世界だった。自分以外、何もないけれど、陽の光を感じる。


心をみたすのは午睡の最中のあのなんとも言えない幸福感。


ふと身じろいで、感嘆する。


不思議なほど身が軽い。




「おそかったではないか。待ちくたびれたぞ」




彼は、声のした方をふりかえって口の端をもちあげた。忽然と現れたのは主君だった。


「…おやまぁ」


その姿をみて納得する。ここは“狭間”なのだろう。


やや顎のはった角ばった顔だちはあいかわらずだが、こちらに近づいてくるトビアスの姿は、16,7にみえる。ずいぶん、若返ったものだ。


「待っていてくれと頼んだ覚えはありませんよ」


「友をおいていけるものか」


金色の髪を風になびかせて笑うトビアスの言葉に、肩をすくめる。


「こなければ力づくでも連れて行こうと手ぐすね引いていた、の間違いではないのですか」


「まぁな。だけどお前…。ずいぶん、我が弟をいじめてくれたな。」


トビアスが、真面目な声で言った。


「あのくらいの荒療治をしなければ、いつまでも中途半端でおわっていたでしょうよ。」


「…感謝する。憎まれ役を負わせてしまった。だが、心残りはないのか。お前は残っていてもよかったんだぞ。」


首をふる。


「乱世をかじ取りするには、私も些か年を取りすぎました。いい加減疲れたのですよ」


「ふぅん」


「…ところであなた、人生経験はそのままなのに見た目だけそれって、どうなんですか」


指摘しながら、ためしに自らの髪を一房つかんで目の前にかざしてみた。


なんと。黒い。


「いや、そういうお前も、ずいぶん若いぞ…」


言うと思った。


「それにお前、腕が」


「ええ。現身からのがれられて、せいせいしました。本当に思い通りに動かない体にどれだけ歯がゆい思いをしてきたか。これでまた、思う存分、叩き切れます」


高揚感をにじませた喜色満面の顔で笑いかけてやる。


「まてまてまて。一体なにを斬るつもりだ。」


「いろいろ。」


「おい!!」


トビアスがおもしろいように狼狽えた。


スファルは試しに倒立してみた。


ああ、自由自在に動きまわれるこの爽快感!


「私には木陰で昼寝する赤子を子守する趣味はありません。そんなのは『緋燕』にまかせておけばよろしい。」


「わ、私は甥…か姪かはわからんが、興味はあるぞ。」


「では残りますか?…あの二人の子ですから、下手をすればすぐに『見つけられて』身動きが取れなくなるかもしれませんね。」


風は、誰かに知覚され、名づけられた瞬間、精霊としての個となる。


「うーん。……お前はどうするんだ。」


「せっかくですから、西大陸の方に行ってみようかと。」


「世界を見る、か。それも良いかもしれんな。しかし、お前ひとりにしておいたらどっかの国をすぐ滅ぼしそうだ。」


「で、一緒に来ますか?」


「わかったわかった。もうしばらく友と切磋琢磨しながら過ごすのも悪くない」






二つのつむじ風が、ときおり交差しながら高く高く空へのぼっていく。




…あとは、たのみましたよ。




ローイエンの民は、風と共に生き、風となり空へ還る。


ここは、風の国。龍のすまう国。


本質を見だした誰かに、ふたたび名をつけられるまで、彼らは大陸を翔けめぐりつづけるのだ。



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